映画『月と雷』 - エンタメレストラン -

2017/10/06

エンタメレストラン

Vol.146
月と雷
10月7日、テアトル新宿ほか全国ロードショー
http://tsukitokaminari.com/
© 2012 角田光代/中央公論新社 ©2017「月と雷」製作委員会
【イントロ&ストーリー】
直木賞作家・角田光代の同名小説を、『海を感じる時』(2014年)、『花芯』(2016年)の安藤尋監督が映画化。平穏な毎日を送る主人公のもとを、かつて半年間だけ同居した父の愛人の息子・智が20年ぶりに再訪。他人に関わることに積極的でなかった彼女の人生が、思いもかけない方向へ転がっていく。主演は映画『終戦のエンペラー』(2012年)でハリウッド・デビューも果たした初音映莉子。
★スーパーでレジ打ちの仕事をしている泰子(初音映莉子)。かつて彼女の家庭は、父の愛人(草刈民代)と息子・智が家に転がり込んできたことで崩壊。普通の家庭を知らずに育った泰子は、結婚を控え、真っ当な暮らしを重ねていこうと考えていた。そんな彼女の前に、20年ぶりに智(高良健吾)が現れる。相変わらず根無し草の智は、またしても泰子の人生を無邪気にかき回し始めて…。
【キャスト&スタッフ】
監督:安藤尋
原作:角田光代
脚本:本調有香
出演:初音映莉子、高良健吾、藤井武美、黒田大輔、市川由衣、村上淳、木場勝己、草刈民代
配給:スールキートス

母らしくない女が作ってくれた、おいしくないカレーライス
“理想の家族”でいつづけられない人間のどうしようもなさを描く

 マスコミは著名人の不貞を暴き、SNSでは夫婦関係を維持できなかった芸能人に対し、まったく接点のない赤の他人が容赦ない中傷や侮蔑の言葉を浴びせかける。ここ数年、まさに“不倫狩り”という空気が、週刊誌の暴露をきっかけにお茶の間にまで降りかかっている。

 家族が愛し合い、一点の陰りもなく健やかに過ごせれば、こんな素晴らしいことはない。けれどどんな家族にも、何かの瞬間に歯車が狂い、その後はどうやっても関係が軋んでしまうということは起き得る。「空中庭園」(2005年)、「八日目の蝉」(2011年)、「紙の月」(2014年)と角田光代の小説がよく映像化されるのは、理想の家族でいつづけられない人間のどうしようもなさを決して否定せず、幻想を鮮やかに崩してみせるからではないか。家族は素敵、家族は素晴らしい──そんな建前では語れない真実を突くので、彼女の小説は全方位からの共感を得る内容ではないのに、読者を救い、息をつかせる。

 安藤尋監督が映画化した『月と雷』も、家族への幻想を根底から揺るがす内容だ。ヒロインの泰子は父亡き後、1人で地方都市の一軒家に住んでいる。周囲は田畑が広がり、畦道を見ると、彼女は幼少期を思い出す。

 母が出て行って、入れ替わるように父の愛人の直子と、その息子の智が家にやってきた。そこからは毎日が夏休みのような生活となり、何をやっても許され、家の中はゴミダメのように汚れるが、その分、自由はどんどん増していく。まるで子犬同士のじゃれあいのように、智と絡みついていた日々。しかし突然、直子と智は家を出ていき、成長した泰子は自分があの時、2人から見捨てられたという感覚を捨てきれない。恋人と結婚話が出ているのに、喜びよりも不安が勝る。そんなある日、突然彼が戻ってくる。美しい青年となった智が「ずっと会いたかった」と、無邪気な笑顔とともに訪ねてきたのだ。

 泰子を演じる初音映莉子は、『ノルウェイの森』(2010年)のハツミさんをはじめ、『終戦のエンペラー』(2012年)や『ガッチャマン』(2013年)など、はかない美しさを象徴的に演じてきた。だが『月と雷』では、タイトルの月を思わすように、太陽の放つ温かさとは無縁に地味に暮らしてきた女性像を作り上げている。初音映莉子であることをまったく感じさせず、むしろ「顔立ちは地味だけど、素晴らしい才能を持った新人女優が登場した」と思わされるほど、どこにでもいるような、きちんと日常を歩んでいる人物像をていねいに紡いでいる。

 そんな彼女の人生に再び波風を立てる人たち。それが高良健吾演じる智と、草刈民代が演じる母の直子だ。智は「一晩だけ泊めてほしい」と懇願し、それを突破口にずるずる泰子の家に居座り、結婚しようとしていた泰子の人生観を根底から揺さぶってしまう。悪意はないけど、関わるととても厄介。でも、あまりにも親密で気取りがなく、手放したくなくなってしまう人。智は智で、男から男へと転々と渡り歩き、渡り鳥のような人生を送る母との生活の影響で、幼少期から「普通の日常を紡ぐ」という能力が欠如し、今になってそのことに戸惑っている。泰子と智が再び出会ったことで、泰子の本当の母親探しが始まり、その過程で、父親の違う妹がいることもわかる。さらに2人は直子の現状も知り、あるきっかけから妹も直子も泰子の家にやってくる──。

 突然の共同生活をとおして泰子は、1人で暮らしていた時には自覚していなかった(他者がいるからこそわかる)孤独や、愛を希求する気持ちに戸惑う。妹と智が仲良さげに食事の用意をしていると、思いがけない嫉妬の感情が沸き上がり、思わず醜い言葉が出てしまう。自分以外の誰かが家にいることに耐えられずパニックに陥り、怒ったりみんなを追い出したりする。だが、そういう軋轢こそが、家族から生まれ落ちるものでもある。

 そんな“家族のようなもの”を象徴するのが、それまで母らしいことを何ひとつしなかった直子が作るカレーライスだ。美貌が荒みきってしまったもののそれでも未だ現役の女で、行った先々で男を狂わせる直子を、草刈民代が凄まじい迫力で演じているのだが、その彼女が思い立ったようにカレーを作る。

 「でも、おいしくない」とこっそり笑う泰子と妹。

 おいしくないけど、でも、泰子にとってはおそらく、一生忘れられないカレーになる。そういうのが家族なんだよ。血がつながっていなくても、誰かと誰かが思い合っていれば──。そんな角田光代の開き直りのようなメッセージが、この映画の醍醐味となっている。

Text by 金原由佳(映画ジャーナリスト)
「キネマ旬報」「装苑」「ケトル」「母の友」「朝日新聞」など多くの媒体で執筆中。著書に映画における少女性と暴力性について考察した『ブロークン・ガール』(フィルムアート社)がある。取材・構成を担当した『アクターズ・ファイル 妻夫木聡』『アクターズ・ファイル 永瀬正敏』『鈴木亮平 FIRST PHOTO BOOK 鼓動』(すべてキネマ旬報社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワーブックス)が発売中。
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