ペルー発 日本×ペルー料理 コミーダ・ニッケイ 後編

ペルーで広がりを見せる、ペルー料理と日本料理を組み合わせた「コミーダ・ニッケイ」。後編では世界中の食通をもうならせる有名店と、地道な努力でリーズナブルに提供するレストランを紹介。

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Vol.62

ペルー料理のジャンルのひとつである、ペルー料理と日本料理を組み合わせた「コミーダ・ニッケイ」(ニッケイ料理)。日本人移民やその子孫たちが確立したその料理は、今では日系家庭の台所から一般市民の日常にまで広がっており、ペルーのグルメブームの一端を担うまでに成長した。旅行業界のアカデミー賞といわれる「ワールド・トラベル・アワーズ(WTA)」で、ペルーは2012年から2年連続「世界最優秀グルメ観光地賞」に輝いており、その中でコミーダ・ニッケイが果たした役割は大きい。後編では、世界中の食通をもうならせる有名店と、地道な努力でリーズナブルに提供するニッケイ料理レストランを紹介する。

リマ市のメルカド(市場)にて。大根やサトイモ、豆腐など、日本料理に欠かせない和の食材がずらりと並んでいる
カリッと揚げたアンデスの食用ネズミ「クイ」と春雨サラダを合わせた「クイ-サン」(「サン」は日本語の敬称「○○さん」から)。日系人シェフならではの大胆なフュージョンだ
photo by Maido
シンプルな味付けにこだわったコミーダ・ニッケイも人気。ネギの風味とペルーの唐辛子ロコトがアクセントとなり、脂ののったマグロのうま味を引き立てる

「ラテンアメリカ・ベストレストラン50」に選ばれたコミーダ・ニッケイ

リマ新市街における観光の中心地で、外国人観光客も多いミラフローレス区は、リマでもっとも華やかなエリア。そこにある「マイド」は、「サンペレグリノ 2013年ラテンアメリカ・ベストレストラン50」において初登場11位という快挙を成し遂げた。オーナーシェフはアメリカで調理の基本を学び、大阪でも修業を積んだ経験のある日系人シェフのミツハル・ツムラ氏。真摯な姿勢と料理に対する探究心を持ち、手間を惜しまず一流の素材で感動の一品を提供することで話題を呼んでいる。

「ニギリ・ア・ロ・ポブレ」(牛肉ニギリ)。ウズラ卵の卵白を注射器で吸い出し、代わりに熱々のポン酢を注入することで味を加えつつ卵黄を微妙な硬さに仕上げている
Photo by Maido

「マイド」のおすすめ料理は、「お任せニギリ」(20貫160ソレス=約5,760円)。豚肉の燻製セシーナ(薄切りの豚肉を燻製したもの)やユカ(芋の一種であるキャッサバのこと)、ヤシの芯であるチョンタなど、アマゾン伝統の食材を合わせたニギリや、ぷりぷりのホタテにアンデス高地で栽培されるマカ(アブラナ科の植物)やクシュロ(念珠藻)を添えたニギリなど、一つひとつ食べ進んでいくうちに、まるでニギリを通じてペルー中を旅しているような感覚に陥る。

また、分子料理(素材を分子単位まで物理的・化学的に解析し、結合させる料理)の研究にも余念がない。例えば、ニギリに添えるソースを液体窒素で凍らせることで液体を自由な形に加工。客はニギリと冷たく凍ったソースとの温度差を楽しみながら味わえる。加えて、ニギリにソースをのせた瞬間に白い煙をふわりと上げながら溶けていくさまも興味深く、視覚的効果も生んでいる。

そんな「マイド」の最大の特徴は、手間を惜しまない調理の過程だ。例えば「ニギリ・ア・ロ・ポブレ」(牛肉のニギリ)では、たった一貫のニギリに対し、シャリを握る職人、薄切りにした和牛を手早く調理する職人、ウズラの卵に熱々のポン酢を注入し味を浸み込ませながら絶妙な硬さに仕上げる職人と、都合3人の板前が必要になる。そのためこの店では、日本料理専門チームとニッケイ料理チームの2チーム体制で動いており、客席数78席に対し、なんと常時18人の板前が働いている。複雑な創作料理を効率よく仕上げ、できたての料理をサーブできる秘訣は、統制の取れたグループワークにあるといえる。

人件費をかけ、品質にこだわるその経営方針は、結果として単価を押し上げることになる。しかし、グルメブームの噂を聞きつけ、世界一の美食を堪能しようと「マイド」を訪れる外国人観光客は後を絶たない。平均客単価50ドル(約5,100円)と、一般のペルー人には高嶺の花ともいえるが、欧米や近隣のラテン諸国、また日本からやってくる観光客にとっては十分支払うに値する料理であり、ペルーの富裕層も足繁く通っている。

ツムラ氏は今年の5月、リマ市南部のベストウエスタンホテルに新しいコンセプトの店「イクゾ」をオープンさせるという(「イクゾ」は日本語の「行くぞ」に由来)。メニューはお好み焼きや串焼き、アンティクーチョ(牛ハツの串焼き)など、いわゆるストリート・フード。また新たなムーブメントが起こるかもしれない。

蒸しパンに、しょうゆや生姜、オイスターソースでマリネした魚「ペヘサポ」のフライを挟んだ「パン・コン・ペスカード」(フライドフィッシュ・サンド)。ほとんどの客が注文するという人気の品
Photo by Maido
特製餡かけソースを使ってオコゲを作り、その上にウニやサーモン入りのふわふわのオムレツをのせた「カンサイ・ヤキメシ」
Photo by Maido
オーナーのミツハル・ツムラ氏。ツムラ氏が率いるスタッフは、平均年齢30歳。週に1回は料理の勉強会を開き、常に世界の最新情報を集めている Photo by Maido
SHOP DATA
マイド(Maido)
Calle San Martin 399, Miraflores – Lima
http://www.maido.pe/

日本料理とペルー料理の基本を忠実に活かしたコミーダ・ニッケイ

「マイド」のような華やかさはないものの、地道な努力でファンを獲得し続けている店が、リマ市サン・イシドロ区の「ゼン・スシ・バー」だ。オーナーはアメリカの日本料理店で長年修業してきた日系人ロベルト・ヤマモト氏。

唐辛子の辛味がほんのり効いた「ゼン・スシ・バー」の「ワンカイーナ・マキ」。フレッシュチーズを使ったペルーの定番ソース「サルサ・ワンカイーナ」をかけて上品に仕上げており、寿司飯との相性もよい

ペルーの大学を卒業後、マイアミへ渡ったロベルト氏は、8店舗の日本料理店で和食を学んだ。そして2008年、22年間暮らしたアメリカを離れペルーに帰国したロベルト氏は、日本料理とニッケイ料理を提供する「ゼン・スシ・バー」をオープンした。コンセプトは「バランスとハーモニーの融合」。たとえフュージョンであっても、それぞれ料理の基本に忠実に、かつできる限りシンプルな組み合わせを心がけている。

例えば、巻き寿司料理のひとつ、「ワンカイーナ・マキ」(30ソレス=約1,080円)に用いられるサルサ・ワンカイーナ(フレッシュチーズを使ったワンカイーナ地方のソース)は、本格的な味でソースの完成度が高いため、マキ(巻き寿司)としての仕上がりも上品だ。むやみやたらと調味料を加えたり、ソースまみれにして素材の味をごまかしたりはしない。こうしたシンプルさが、「フュージョン過ぎないフュージョン」として注目を集めている。

そんなロベルト氏の悩みは店の立地だった。オフィス街にあるため昼間はランチ目当てのビジネス層が訪れるが、夜はどうしても客足が落ちてしまう。そこで人件費を抑えるためロベルト氏は自ら仕入れをし、魚の下処理も行なって無駄な経費を削減していった。その結果、平均客単価は45ソレス(約1,620円)と、スシ・バーとしては非常にリーズナブルとなっており、そのお得感がリピーターを生む原動力になっている。「成功の秘訣は?」との問いに「根気と一生懸命働くことですね」と答えたロベルト氏。このまじめで誠実な人柄も、「ゼン・スシ・バー」が支持されている理由のひとつに違いない。

セビーチェ(生の魚介を使ったペルーの伝統料理)やマキを中心に、広く一般に認知されたコミーダ・ニッケイ。富裕層をターゲットに最高の一品を追求し続けるか、気負わずに通える価格設定で幅広い層にアプローチしていくかはその店次第だが、彼らの手によるニッケイ料理が今後もペルーの美食ブームを支えていくことは間違いないだろう。

トマトベースのペルー風ブイヤベース「スダード」。同店ではトウモロコシから作るペルーの伝統的発酵飲料チチャ・デ・ホラとピスコ酒にみそを加え、まろやかさを演出
タジャリン(ペルーの麺)の代わりに日本のうどんを使った「ヤキウドン・デ・ロモ・フィーノ」(牛ヒレ肉入り焼きうどん)。味付けはオイスターソースを用いる
ロベルト・ヤマモト氏。ペルーでの商売を軌道に乗せた今、「せっかくならいつかアメリカにも店を出したいね」と意気込みを語る
SHOP DATA
Zen Sushi Bar
Av. Dos de mayo 621, San Isidro – Lima
http://www.zensushibarperu.com/

※通貨レート 1ソル=約36円、1ドル=102円

※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。