タイ発 タイフードの新潮流はモダン・ローカル 後編

タイ・バンコクでは、タイ各地のローカル料理や家庭の味をスタイリッシュに楽しめるレストランが話題を呼んでいる。後編は、家庭の味を心地よい空間とともに提供する繁盛店を紹介する。

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Vol.72

タイの首都バンコクでは、北部・東部・東北部・南部といったタイ各地のローカル料理や家庭の味をスタイリッシュに楽しめるレストランやカフェが続々とオープンし、話題を呼んでいる。後編は、家庭の味を心地よい空間とともに提供して繁盛店となったレストラン2軒を例に、今、バンコクっ子をはじめ観光客までをも虜にさせる「タイの家庭料理」の魅力を紹介する。

即席麺を使った辛くて酸っぱいサラダ「ヤム・ママー」は、簡単に作れておいしい料理で、家庭でも屋台でもお馴染み
アジに似たプラートゥーという魚の揚げもの。素朴で味わい深いタイ東部の家庭料理は、日本人の口にもよく合う
家庭料理を売りとするレストランでは、一般家庭でよく使われるレトロ柄の皿を用いて、食卓の懐かしい雰囲気を表現

バンコクの「家ごはん」を味わえる人気レストラン

よく「タイ人は家であまり料理をしない」と言われる。とくに忙しいバンコクっ子にとっては、近所の屋台が食卓だ。屋台では1食30バーツ(約100円)前後で食べられるとあって、自炊よりも安くて楽と好まれている。そんなバンコクでも一昔前までは、家族が作る料理を皆で囲むのはごく普通の食卓風景だったという。例えば朝食には、お粥やガパオ(ホーリーバジルと肉炒めご飯)、昼食や夕食には、母や祖母が精を出して作る野菜炒めや肉料理が食卓を埋めた。しかし、ライフスタイルが変化していくにつれ、朝・昼・晩の食事は家族それぞれ好きな時間に済ますものに変わり、食卓の団らんも薄れてきている。そんな時代だからこそ、温かくて懐かしい家庭料理に関心が集まるのは不思議ではない。

「牛肉入り特製クイッティアオ」。クイッティアオとは米麺のタイ風ヌードルのこと。揚げた平麺にインド風カレーあんを絡めるのがブーイ家のオリジナルレシピ(150バーツ=約480円)

そんなタイの家ごはんを象徴するのが「トゥー・カップ・カーオ」、つまり日本語でいう「おかず棚」だ。タイの家庭に冷蔵庫がまだ普及していなかった頃は、棚の中に惣菜を入れるのが常だった。お腹が空いたら誰でも開けて食べられるように、いつも棚の中には食べ物がある。これが家族安泰のサインともいえ、祖母や母は欠かすことなく料理を作る習慣がタイにはあった。

そんな「おかず棚」をそのまま店名にした家庭料理レストランが、高級百貨店やオフィスビルが林立するスクンビット地区プロンポンにある「トゥー・カップ・カーオ」(Tuu Gub Kao)だ。3代前から同地区に居を置く地元っ子・ブーイ氏が、「トムヤムクンやグリーンカレーのようなオーソドックスなタイ料理なら、どこの店でも食べられる。しかし家庭料理は唯一無二。祖母直伝の我が家のレシピを味わってもらいたい」と、2014年春にオープンした。

メニューは、家ごはんの定番「目玉焼きのせご飯」や、即席麺で作るサラダ「ヤム・ママー」など、飾らない家庭料理をそろえる。化学調味料は加えず、油と塩分は少なめ、自家栽培の食材も使う点が、ヘルシー志向の高まるバンコクの人たちにとって魅力となっている。そして、各家庭に「家庭の味」があるように、「トゥー・カップ・カーオ」でもオリジナルレシピがあるのが人気を呼ぶ理由。例えば、普通はシンプルなタイ風クリアスープに、目玉焼きを加えてボリューム感をプラスするなど、「スープだけでも満腹感が出るように」という店の心遣いが感じられる。

屋台では40バーツ(約130円)前後のタイ風焼そば「パッタイ」が、同店では135バーツ(約430円)と3倍ほどの値段だが、「屋台に比べておいしくヘルシーで、オリジナリティもある。なにより家庭的な味がいい!」と、評判も上々だ。

「目玉焼きのせご飯 豚のノド肉炒め添え」(135バーツ=約430円)。そのほか、おかずはホーリーバジルと肉炒め、鶏のもも肉焼きなどもあり、添えるおかずは多種多様
店内の「おかず棚」は、ブーイ氏の実家で使用していたもの。毎朝食事を作ると、まずはお坊さんに捧げてから家族で朝食をとり、残りの料理を昼食用に棚で保管するという習慣があった
オーナーのブーイ氏。現在、母はドイツでタイ料理店を経営。ブーイ氏自身もスイスで西洋料理を学んだ生粋の料理好きだ
SHOP DATA
トゥー・カップ・カーオ(Tuu Gub Kao)
2nd floor, 39 Residence, Soi Phrom Chai, Sukhumvit Soi39, Bangkok
http://www.facebook.com/tuugubkao

タイ東部の家庭料理をワインとともに

一般的に、激辛なタイ料理はワインとの相性があまりよくないといわれている。しかし、マイルドで味わい深いタイ東部の家庭料理は、実はワインにピッタリとはまる。

タイ東部のナンプリック(野菜ディップ)「ナームプリック・カイ・プー」は、蟹肉と蟹卵を合わせたリッチな味わい(190バーツ=約610円)。軽めの白ワインと好相性だ。

東側をカンボジアに接し、タイランド湾に面したタイ東部は、美しい海と緑あふれる豊かな大地に恵まれた食材の宝庫だ。タイ東部の料理は、フレッシュなシーフードをふんだんに使う一方で、チリやココナッツミルクは多用せず、カピ(エビ味噌)やナンプラー(魚醤)が味の決め手となる。コクはあるが辛さは抑えめで優しい味付けに「えっ、これもタイ料理?」と誰もが驚くはずだ。観光資源が多く、地場産業も充実しているタイ東部では、東北部(イサーン)と比べて都市部への出稼ぎ労働者が少ないため、バンコクでは東部料理が広がらず馴染みの薄いものだった。

そのタイ東部の料理の知名度を上げたのが、美食の激戦区トンローに構える「スパンニガー・イーティング・ルーム」(Supanniga Eating Room)。前編で紹介した人気店「ソムタム・ドゥー」と同じオーナーのエー氏が展開するタイ東部とイサーンの家庭料理を提供する店で、2012年秋にオープンした。「東部のトラートに生まれ、イサーンに嫁いだ祖母の味を忠実に再現しています」と語るエー氏。「伝統的な家庭料理をおしゃれなビストロ風の空間で楽しんでほしい」と、店内のあちこちに工夫を凝らしている。店内では素焼きの瓦や古木など自然素材使い、古い民具をリメイクしたテーブルは手作りのぬくもりを感じさせ、アットホームな空気が漂う。壁にはシルクを用いた東部伝統模様のモダン・アートを飾り、レトロな食器でノスタルジーを誘い、女性客の心をとらえる工夫がちりばめられている。

また、ほかのタイ家庭料理店よりもワインが豊富にそろっているのも、この店の人気の理由だ。バーカウンターでは外国人客が前菜をつまみ、ワイン片手に談笑する姿も見られる。「ハーブの香りが高く、魚介系のコクが強いタイ東部の料理には、白ワインが合いますよ」と、ワイン好きのエー氏がすすめるのはソーヴィニヨン・ブランやシュナン・ブラン(どちらもブドウの品種)のワイン。特にニューワールド(オーストラリア、ニュージーランド、チリ、アルゼンチン、アメリカなど)のワインがタイの家庭料理にはしっくりくるそうだ。これまでオーストラリア産ワインとともに食事を楽しむワインディナー会も開催されており、祖母直伝の家庭料理と、ワインの意外なマリアージュを楽しみに訪れる美食家たちも少なくない。

バンコクでは今、タイのローカル料理や家庭の味が料理人のクリエイティブな発想と融合し、続々と生まれ変わっている。次はどんな店が現れるのだろうか。

「カラム・トーッ・ナームプラー」は、タイ東部・トラート特産の手作りナンプラーで味付けしたキャベツ炒め(120バーツ=約380円)。シンプルな野菜料理にはスパークリングワインもマッチ
オレンジの酸味と甘辛い挽き肉が人気の前菜「マーホー」(90バーツ=約290円)。取り皿には祖母が大好きだった花「スパンニガー」柄のデッドストックの絵皿を使用
オーナーのエー氏。前編で紹介した「ソムタム・ドゥー」のほか、東北部のコーンケーンにブティックホテル「スパンニガー・ホーム」も経営する
SHOP DATA
スパンニガー・イーティング・ルーム(Supanniga Eating Room)
160/11 Soi Sukhumvit 55, Between Thonglor Soi 6 & 8, Bangkok
http://www.facebook.com/SupannigaEatingRoom

取材・文/さとう葉

※通貨レート 1タイバーツ=約3.2円

※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。