タイ発 郊外型レストラン繁盛記 後編

タイ北部の古都チェンマイでは、郊外立地というデメリットを差別化のポイントとしたレストランが成功を収めている。後編では、小規模店ながら古民家建築とタイ北部の料理で人気の店を紹介。

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Vol.118

タイ北部の古都チェンマイでは、豊かな自然と美しい景観を活かし、郊外立地というデメリットを逆に差別化のポイントとしたレストランが成功を収めている。その人気の理由は、素朴でヘルシーなタイ北部の料理を提供していることはもちろん、地形や植生といった自然環境を利用して、大都会では真似のできない店づくりをしていることにもある。

後編では、個人経営の小規模店ながら、情緒あふれる古民家建築とタイ北部の昔ながらの家庭料理で人気急上昇中のレストランを紹介する。

チェンマイでは古い建物を利用したレストランがブーム。市街地の古民家を譲り受けて郊外に移築した店も存在する
格調あるチーク材が癒やしと安らぎを与えてくれる古民家レストラン。温かみのあるランプの灯がやさしい空間を演出
古民家レストランで出されるのは、決して華やかではないが、深い滋味が味わえるタイ北部の郷土料理。タイ北部の主食であるもち米とともに、土地の野菜やハーブを存分に楽しめる

郷愁を誘う「古民家レストラン」でタイ北部の家庭料理が評判

チェンマイ市街地から車で30分ほど東に向かったサンカムペーン郡に、ミャンマーからタイに移住してきたヨーン族が住むブアックカーン地区がある。この地区の国道沿いにひっそりと立つ「フアン・ジャイ・ヨーン(Huen Jai Yong)」は、2003年にヨーン族出身のデーン・プーミーシャノン氏がオープンした小さな食堂だったが、今やタイの北部料理といえばこの店といわれる人気レストランに成長した。

高床式家屋の2階部分では、昔からの習慣で木の床に座って食事をする。長く使われてきた生活道具などが並び、かつての暮らしぶりを垣間見ることができる

古めかしくも温かみを感じさせる木造建築は、市街地にあった築100年の古民家を元の姿のまま移築したもの。伝統的な高床式家屋の床下スペースには田園を吹き抜ける自然の風が流れ、古きよきタイ北部を彷彿とさせる空間となっている。一階は現代風のテーブル席だが、二階は木の床に直に座って食事をする昔ながらのスタイルを取り入れた。日本同様にタイでも、特に都市部で洋式の住宅が増えている今、「おばあちゃんの家に行ったように懐かしくて、ほっこりする」と評判だ。

アットホームな雰囲気で食べる料理は、デーン氏が母親から受け継いだヨーン族伝来のもの。ほとんどのメニューが100バーツ(約300円)以下で、地元の小さな食堂並みの安さだ。

この店のおすすめメニューのひとつが、「ゲーン・プリー」(50バーツ=約150円)というバナナのつぼみを使ったスープ。タイではバナナのつぼみは麺類に添えられることはあるが、主役として扱われることは珍しい。生のままだと強烈な渋みと苦みがある食材だが、じっくり柔らかくなるまで煮込むことで滋味豊かな味わいとなり、まるで身体に沁みわたるよう。トッピングのケープ・ムー(豚皮の素揚げ)のカリカリ感が、絶妙のアクセントとなっている。

同じく人気の料理「チェンダー・パット・カイ」(45バーツ=約135円)は、チェンダーというタイ北部固有の葉野菜を卵とともに炒めたもの。この野菜は店の裏庭で自生しているもので、素朴な味わいながら、主食のもち米が進む親しみやすい味に仕上がっている。

来店客には在住外国人や旅行客も多いが、大多数が地元タイ人だ。近代化すればするほど、深まるのが郷愁。それが古民家と郷土料理の組み合わせがトレンドになる理由なのかもしれない。

人気のスープ「ゲーン・プリー」。一般には脇役の食材「バナナのつぼみ」を主役として使っているのは、素材の持ち味を知り尽くしているシェフならではの技量
「チェンダー・パット・カイ」に使われるチェンダーという葉野菜をはじめ、店の周りに自生している植物のほとんどを料理に使っている。タイ北部に伝わる民衆の知恵だ
フアン・ジャイ・ヨーン(Huen Jai Yong)
65 Moo 4, Buak Khang, San Kamphaeng, Chiang Mai 50130
https://web.facebook.com/Hueangjaiyoung

町はずれの情緒あふれる古民家が人気の「隠れ家レストラン」に!

チェンマイ旧市街の北西にあるサンティタムは、中心部からやや離れていて人通りも少なく、まったりした空気が漂う静かな町。日本の昭和30~40年代を思わせる景観の中に、ひときわ趣き深い木造建築がある。2011年11月にオープンした、タイ北部の料理を専門に提供している「フアン・ムアン・ジャイ(Huen Muan Jai)」だ。

凛とした空気が漂う古民家は、オーナーシェフのチャラン・ティプン氏の自宅を増築したもの。高床式家屋は風通しがよくて涼しく、虫などの侵入を防ぐ利点もあって南国の気候風土に最適

風格ある門をくぐって中庭を抜けると、情緒あふれる高床式の古民家がレストランになっている。穏やかな時間が流れる町はずれにあることで、隠れ家のような風情が感じられる。まるで旧家の邸宅に招かれて食事をしているようだ。濃くくすんだ古材の色合いは、温かみとともに凛とした格調の高さをも感じさせる。店内はオープンエアなので、周囲の木々を通ってくる風とともに葉ずれの音が心地よい。

ノスタルジックな雰囲気のなかで出されるのは、まったく飾りのないタイ北部の家庭料理。オーナーシェフのチャラン・ティプン氏が母親から教わった家伝来のレシピだそうだ。

なかでも人気なのが、「ナムプリック・ナムプー」(65バーツ=約195円)。唐辛子を石臼で叩いたナムプリック(唐辛子のディップ)と、潰したサワガニをハーブとともに煮出したナムプーという調味料と和えたもの。つけあわせのタケノコに乗せて味わうと、その微かな甘みと酸味との組み合わせが絶妙だ。

「チョー・パッカート」(80バーツ=約240円)は菜の花と豚肉のサワースープ煮。時間をかけて干し魚の出汁を吸い込んだ菜の花は意外なほどの味わい深さ。やわらかな豚肉との相性も抜群で、添えられたパクチー(香菜)のさわやかさが効いて、洗練された仕上がりだ。

激辛と甘みを融合したタイ中部の料理とは異なり、北部の料理はあっさりした出汁をベースに素材そのものの味と食感を楽しむものが多い。チャラン氏によると、「素材ごとに丁寧に下ごしらえをして、じっくりと時間をかけて調理することがおいしさの秘訣」だという。

チャラン氏はタイ版「料理の鉄人(Iron Chef Thailand)」にも出演した人気シェフであるため、首都バンコクや海外からわざわざ店を訪れる人もいるが、主な客は地元の人たちだ。

都会にある「地方料理店」でも、味や内装は再現できる。だが店に入るまでの佇まいや景色にまでこだわれるのは、空間的に恵まれた郊外店ならでは。田舎には「都会にあるものがない」のではない。「都会にないものがある」のだ。

つけあわせのタケノコとともに食べるサワガニの唐辛子ディップ「ナムプリック・ナムプー」。生のままでは強烈な臭みのサワガニが、じっくり時間をかけて調理し、唐辛子とハーブと合わせることで芳醇な旨みだけが浮かび上がる
菜の花と豚肉のスープ煮「チョー・パッカート」(80バーツ=約240円)をはじめ、 ほとんどが一品100バーツ(300円)以下。土地代の安い地方の郊外店なら、人気シェフの味も大衆食堂並みの値段で提供が可能
フアン・ムアン・ジャイ(Huen Muan Jai)
36/1 Tanin Road, Chang Puek, Muang Chiang Mai, Chiang Mai 50300
http://www.huenmuanjai.com/

取材・文/横山忠道(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1タイバーツ=約3円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。