シンガポール発 「麹」で新料理を創造 前編

数年前に、日本でブームとなった「塩麹」。シンガポールでは今、様々な店が独自の発想で麹を使い、新たな料理を創造している。前編では、日本人シェフによる麹を使ったフレンチなどを取材。

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Vol.127

数年前、日本でブームを起こした「塩麹(しおこうじ)」。そもそも「麹」は、米などの穀物にコウジカビなどの微生物を繁殖させたもので、古くから醤油や味噌、日本酒、みりん、米酢などに使われ、和食に欠かせない存在。これに塩と水を加えて発酵させた調味料が塩麹で、整腸作用のある健康食品である上に、食材の旨味を引き出すと人気になった。日本で一時のブームが落ち着きを見せている一方、シンガポールでは現在、様々なジャンルのシェフたちが独自の発想で麹を使いこなし、その旨味や香り、食感を活かした新たな料理を創造している。

前編では、古くから麹に慣れ親しんできた日本人シェフならではの、麹を使ったフレンチを取材。さらに、自家製の小麦麹や蕎麦麹を用いるこだわりのレストランを紹介する。

漬物も麹を使った食品の1つ。自家製の「べったら漬け」を提供するフレンチレストランも登場し、食文化の新たな融合が進んでいる
麹と唐辛子で作られる日本発祥の辛味調味料にも注目が集まっている。「仔羊のグリル」に添えられるソースなどに利用
麹菌を使い、様々な穀物の麹を作るシェフも。写真はオーガニック小麦を使った小麦麹。噛むと香ばしく、もっちりとした食感に、ほのかな甘みが広がる

フレンチに「旨味」と「香り」を添える日本の麹

シンガポールの国会議事堂が近くにそびえるシティーホール駅。その近くを走るヒル・ストリートから一本入った裏通りに、一軒家レストラン「ルウィンテラス(Lewin Terrace)」が静かに佇む。築100年以上の建物を改装して2013年5月にオープンしたこの店が提供しているのは、フランスで修業した松本圭介エグゼクティブシェフによる、和食とフレンチのフュージョン料理だ。

べったら漬けでフォアグラのテリーヌを巻いた「フォワグラの月仕立て」。マンゴーソースが添えられている。甘い香りのある麹は南国のフルーツとも相性がいい

松本シェフは日本にいたころから麹を「隠し味」に使ってはいたが、今では肉料理のサイドに醤油麹そのものを添えるなど、麹の個性を前面に打ち出した料理を作っている。

なかでも特に人気なのが「フォワグラの月仕立て」(30ドル=約2,370円)だ。フォワグラのテリーヌに、レモンを使ってさっぱりと仕上げた自家製のべったら漬け(大根の麹漬け)の薄切りを巻き、自家製のポテトチップスを乗せて、マンゴーのソースを添えた一品。ヨーグルトを思わせるすっきりとした麹の旨味とレモンの酸味がフォワグラと驚くほどマッチしており、常夏のシンガポールにぴったりのメニューに仕上がっている。

また、麹と塩漬けの唐辛子から作った香辛料を、赤ピーマンと合わせたソースで仕上げる「仔羊のグリル」(48ドル=約3,792円)も人気メニューの1つ。麹の香りと熟成されたマイルドな旨味が赤ピーマンソースに加わり、仔羊の肉の甘味を一層引き立てている。

日本でもまだあまり知られていない、鮎を使った 「鮎魚醤」と、みりんを使った「和牛朴葉(ほうば)焼」(68ドル=約5,372円)も秀逸。朴葉(ホオノキの葉)で包むことにより、肉の表面に塗った鮎魚醤の香りを閉じ込め、同時に季節感も表現した繊細な一品だ。トッピングでのせたウニのオレンジ色と牛肉のピンクとのコントラストも鮮やか。

客層は8割以上が現地のシンガポール人や在住のヨーロッパ人。ロマンチックな店の雰囲気も相まって、カップルの利用も多くプロポーズに使われることも少なくない。伝統的なフレンチと日本の麹を融合させて、さらに香りや旨味を追求した料理の数々が注目を集めている。

鮎魚醤を塗った牛肉を朴葉に包んで焼き上げた「和牛の朴葉焼」。鮎魚醤とみりんが生むまろやかな味わいが、ウニの香りとマッチして、和牛の旨味を引き出している
「日本各地には豊かな発酵文化がまだまだ多く眠っている。それらを世界に伝えたい」という松本シェフ。酒蔵でしか売っていない貴重な本みりんを、知人に頼んで買いつけるこだわりぶり
ルウィンテラス(Lewin Terrace)
21 Lewin Terrace Singapore, Singapore 179290
http://lewinterrace.com.sg/

自家製の「小麦麹」や「蕎麦麹」を用いるレストランも続々登場

1904年に建てられた白いチャペルがシンボルの商業施設「チャイムス」内に2016年1月オープンしたのが、モダンオーストラリア料理店「ホワイトグラス(Whitegrass)」。提供しているのはコースのみで、ディナーのコースは108ドル(約8,532円)~255ドル(2万145円)という高級店だ。

オーガニック小麦麹をチップス状にしたものやうずらの肉などで作った一皿。サクサク、かりかり、もっちり、様々な食感と旨味が融合

日本では、麹というと米麹が一般的だが、この店ではオーガニック小麦から麹を自作している。その小麦麹を用いたメニューが、「バターに浸したウズラの胸肉、黒にんにく、にんにく、ピータン、麹、焦がしたミルクスキン」だ。

小麦麹をクッキングシートにはさんで乾燥させてから油で揚げてチップス状にする。また、熱した牛乳の表面にできる膜を冷やしてからヒートランプを使って乾燥させてチップス状にし、ナッツとともにバターで低温調理したウズラの肉にふりかけ、ピータンと合わせた手の込んだ料理だ。柔らかいウズラ肉とゼラチン質のピータン、もっちりとした小麦麹と、カリカリのナッツ。「様々な食感が重なり、とても奥行きがあり、食べたことのない新しいおいしさ」「麹の甘味がナチュラルでヘルシーな印象」と、話題を呼んでいる。

主な客層は、美食家の富裕層や食通たち。また、先進的なスタイルに興味を持つシェフやレストラン関係者の来店も多い。

麹の香りや味だけでなく、食感にも注目して生み出された「麹チップス」は、先入観にとらわれない外国人だからこその斬新な発想。そこには新たなヒントが隠されているのかもしれない。

米以外の穀物を使って麹を作り、オリジナルのメニューにしている店はほかにもある。ノルウェーのミシュラン三ツ星レストラン「マーエモ(Maaemo)」が、シンガポールで期間限定オープンしたレストランがその1つ。自家製の蕎麦麹をバターに漬け込んで香ばしさを出したソースを、昆布のソースとともにパンケーキに塗り、タラバガニの身を乗せた「キング・クラブ・ロンぺ(King crab lompe)」(480ドル=約3万7,920円のコースで提供)を提供し、評判となった。

米麹のみならず、小麦麹や蕎麦麹までが作られ、日本で生まれた発酵の技法が、シンガポールの食文化をさらに進化させている。

シェフのサム・アイスベット氏。オーストラリアで経営していた店では「大麦麹」や「蕎麦麹」も自作していたという。手に持っているのは料理に愛用している20年熟成させた醤油
ノルウェーの「マーエモ」が期間限定でシンガポールに出店した店では、蕎麦麹バターを塗ったパンケーキの上にタラバガニの身を乗せた「キング・クラブ・ロンぺ」。バターに麹の香りが加わり、味わいにも深みが出て、“海の旨味”である昆布のソースともよく合う
ホワイトグラス(Whitegrass)
30 Victoria Street, #01-26/27, Chijmes, Singapore 187996
http://whitegrass.com.sg/

取材・文/仲山今日子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1シンガポールドル=約79円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。