Vol.145
アメリカでは、「クラフトビール」をはじめとする「クラフトアルコールドリンク」(小規模生産アルコール)がトレンドとなって久しい。大量生産品よりも値は張るが、「おいしいものなら、多少高くても飲んでみたい」と考える人が増えているということだろう。
なかでも最近の注目株は、「クラフトハードサイダー」。ハードサイダーとは、日本ではフランス語の「シードル(cidre)」という呼び名で親しまれている、リンゴなどから造る発泡性果実酒のことで、ソフトドリンクのサイダー(cider) と区別するために“ハード”を付けて呼ばれている。
前編では、クラフトハードサイダーを中心に据えた「クラフトハードサイダー・バー」の取り組みを紹介する。
シアトル初のクラフトハードサイダー・バー
アメリカ・シアトルの中心部から徒歩圏内のキャピトルヒルは、若者向けの飲食店が並ぶ繁華街。新しい駅の竣工など、周辺エリアが再開発されるのに合わせて、2013年6月にオープンしたクラフトハードサイダー・バーが「キャピトル・サイダー(Capitol Cider)」だ。ビールやワインも提供するが、ドリンクのメインは店名が示す通り、200種類を超えるクラフトハードサイダー。ブーム到来前からこの品ぞろえだという。
「『ワインやビールもいいけど、ちょっと目先を変えて新しいものを』という時代が来る。そんな予感からハードサイダーに注目しました」と、バー・マネージャーでサイダー専門家であるジョナサン・チャンバーズ氏。ハードサイダーは一般的にはリンゴを使うことが多く、アルコール度数も大体6~9度台とワインより低く、ビールのような苦みもないため幅広い層に飲みやすい。
人気商品のひとつ、地元フィンリバー・ファーム&サイダリー社の「ファームステッド」(9ドル=約981円/約355mlグラス)は、ミディアムドライでほのかな酸味を感じる大人の味。オレゴン州ワンダリング・アンガス社の「ワンダーラスト」(10ドル=約1,090円/500mlボトル)は、甘さ控えめのセミドライで、肉料理にぴったり。年配者や日頃はワインを飲む人などに好まれている。
また、リンゴ以外で造ったハードサイダーもある。地元スノードリフト・サイダー・カンパニー社の「セッケル・ペリー」(8ドル=約872円/約177mlグラス、22ドル=約2,398円/750mlボトル)は梨から造られた変わり種で、ソフトな口当たりが搾りたてのジュースを思わせる。
そのほか、チーズやデザートと好相性の「アイス・サイダー」と呼ばれる糖度の高いハードサイダーもラインナップ。なかでも、バーモント州エデン・アイス・サイダー社の「ハニークリスプ・シングル・バラエタル」(11ドル=約1,199円/約59mlグラス、44ドル=約4,796円/375mlボトル)は、甘みを凝縮した濃厚な味わいのなかに清々しさを感じる逸品だ。
200種類以上も品ぞろえがあると何を頼んでよいものか迷ってしまうところだが、若者が集う同店では、クラフトハードサイダー初心者向けに、店のおすすめ3種類を少しずつ試飲できるセット(12~16ドル=約1,308~1,744円)も用意。こうしたファン拡大策も実って、今ではもともとビール派、ワイン派だった人にもハードサイダーが受け入れられている。
818 East Pike Street, Seattle, WA 98122
http://capitolcider.com
ボトルも缶も、そして「生」も! 全米最大規模の品ぞろえ
世界的なデザイン・ソフトウェア企業やゲーム会社の本社があるフリーモントは、シアトルのなかでも、アーティスティックな雰囲気が漂うユニークな街。ナチュラル志向の人が多いことでも知られている。ここに州最大規模のハードサイダー醸造所直営のバー「シリング・サイダー・ハウス(Schilling Cider House)」が2014年9月オープンした。
クラフトハードサイダーの普及を目指し、自社製造のレギュラー商品6種類や季節限定品のほか、世界中から約300種を品ぞろえ。また、ほとんどのハードサイダー・バーが、ビールやワインも用意しているのに対して、同店はハードサイダーのみに特化している。料理は一切提供していないため、来店する人が食べものを近所のレストランで調達したり、自分の家から持参したりするのもユニーク。「ハードサイダーはどんな料理にも合うので、自分の食べたいものを持ってきてほしい」という思いから、このスタイルにしたという。
ボトルや缶ではなく、「生ビール」と同じように樽につないだサーバーから注ぐ「生ハードサイダー」の品ぞろえも充実している。その数、圧巻の32種類。1杯2ドル(約218円)均一で試飲も可能だ。自社製造のハードサイダーで人気なのが、「パイナップル・パッションフルーツ」(7ドル=約763円/約473mlグラス)。搾りたてのリンゴにパイナップルとパッションフルーツで甘みを加え、オレンジジュース入りのシャンパン・カクテル「ミモザ」のような女性好みの1杯に。梨とルバーブ(ジャムやパイに使われる、セロリに似た酸味の強い夏野菜)が入った「ランバージャック:ルバーブ・ペア」(価格は「パイナップル・パッションフルーツ」と同じ)は、薄いピンク色と酸味が特徴的で、ロゼワインを思わせるさわやかさが魅力だ。ともにリンゴ以外の果汁を加えて造られており、従来のハードサイダーとは一線を画す商品。こうしたバリエーションの増加も、現在のクラフトハードサイダー人気を支える要因となっている。
20~40代が仕事帰りや週末に立ち寄ることが多く、客層は6割が女性。こうした専門店の影響もあり、今や周辺のバーやレストランも次々とクラフトハードサイダーを取り扱うようになったシアトル。今後、全米、そして世界各地でクラフトハードサイダーがブームを起こす日も近いかもしれない。
708 North 34th Street, Seattle, WA 98103
http://www.schillingciderhouse.com
取材・文/ハントシンガー典子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ドル=約109円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。