英国発 キッズフレンドリー店 最前線 後編

子育て世代の多いイギリス・カンタベリーでは、最近キッズメニューに力を入れて新たな層の獲得に成功している店が増えている。後編では、“男の聖地”だったパブのキッズメニューを紹介する。

URLコピー

Vol.164

最近イギリスでは、子ども連れの女性を狙って、キッズメニューを用意したり、小さな子どもと一緒でも気兼ねなく食事ができる工夫をする飲食店が増えている。前編では、ロンドン近郊に位置し子育て世代が多い都市・カンタベリーで、安心・安全な食材を使ったり、アレルギーにも気を配ったキッズメニューを提供している店を紹介した。

後編では、同じくカンタベリーで、子ども連れの女性の集客に力を入れている「パブ」を取材。子ども向けのドリンクや、ボードゲーム、アクティビティーシートを用意するなど子どもが楽しめる工夫をすることで、新たなニーズの獲得に成功している例を紹介する。

イギリス料理の代表格「フィッシュ&チップス」を子供向けにアレンジ。近年は、コーンミールや米粉を使ったグルテンフリーのものを用意する店もイギリス料理の代表格「フィッシュ&チップス」を子供向けにアレンジ。
「シーザーサラダ」など、従来にはなかったキッズメニューを提供するパブも登場。大人と同じようなメニューを食べられることも、子どもにとっては喜びになる
店の庭に卓球台やサッカーゲームを置くパブも。店内にも、子ども向けの塗り絵や本、ボードゲームなどを用意し、子ども連れのニーズに対応している

子どもの好物をさらにおいしく健康的に

ロンドンから南東へ電車で1時間。国内最大の大聖堂があり、観光都市として有名な都市・カンタベリーの旧市街で、人通りが多い繁華街に店舗を構える「オスカー アンド ベントリーズ(Oscar and Bentleys)」。従来、パブと言えばビールなどのアルコールがメインで、料理は簡単なおつまみ程度というのが一般的だったが、同店は料理にもこだわる“ビストロパブ”という業態として、2013年7月にオープンした。

栄養のバランスを考慮し、「フィッシュ&チップス」には見た目にも鮮やかなフレッシュのキュウリとトマトを添えている

シックな内装から受けるイメージとは裏腹に、キッズメニューが充実しており、子どもを連れて来店しやすいことでも知られている。キッズメニューのなかでも、もっとも人気が高いのは「フィッシュ&チップス」(6.25ポンド=約911円)だ。通常の「フィッシュ&チップス」(12.75ポンド=約1,862円)と比べて、量も価格もおよそ半分。タラは塩・コショウで軽めに下味を付け、炭酸水を混ぜた衣でカリッと仕上げる。通常はグリーンピースを付け合わせとして添えるが、子どもの好みなどを考慮して生のキュウリとトマトに変えている。

その他のキッズメニューは、「チキンフィンガー&チップス」(5.5ポンド=約804円)と「バーガー&チップス」(5.25ポンド=約768円)。イギリスでチップスとはいわゆる「フライドポテト」のことで、ジャガイモは茹でてから植物性オイルで軽めに揚げることで、中はホクホク、表面はカリッとした仕上がりに。どちらのメニューもファストフードの定番で、子どもが好きなメニューだが、健康面に配慮した味付けなども意識している。

食後にはコーヒーの代わりに、ホットミルクに泡立てたミルクをのせ、ココアパウダーをふりかけた「ベビチーノ」(1.25ポンド=約183円)を用意。見た目はカプチーノにそっくりで、子どもが大人の仲間入りしたような気分になれる一品。大人向けの「カプチーノ」(2.45ポンド=約356円)のおよそ半額の価格設定だ。

同店はキャサリン・デュリア氏とサラ・ウェレン氏の姉妹が共同で経営しており、キャサリン氏は子どもを持つ母親。子ども向けの紙製ランチョンマットには、迷路や塗り絵、クイズを載せ、内容も定期的に変えるなど、子どもが楽しめるよう工夫している。

客層は、10~70代と幅広く、学生からファミリー、年配の夫婦にいたるまで様々。親はアルコールを楽しみつつ、子どもも満足できる工夫がちりばめられており、子どもを連れた女性が連日来店し、賑わいを見せている。

イギリスでも、食物アレルギーを持つ子は年々増えており、「ベビチーノ」の牛乳は、豆乳にかえることも可能
キッズメニューを注文した子どもには、クイズや迷路をデザインしたシートを渡す。オーナーのキャサリン氏が娘と外食をするとき、子どもが飽きないように塗り絵や迷路を持ち歩いていた経験が活きている。子どもが一人で遊ぶのではなく、家族で一緒に考えられるような内容にしている
Oscar & Bentleys
10 Guildhall Street, Canterbury CT1 2JQ
http://www.oscar-bentleys.co.uk/

禁煙法をきっかけに、伝統あるパブがファミリーの呼び込みへ

カンタベリーの郊外、かつてラベンダーファームだった広い敷地のなかに建ち、脇にはグレート・ストア川が流れる緑豊かな場所にある「ザ グローブ フェリー パブ アンド イン(The Grove Ferry Pub & Inn)」。1831年にオープンした伝統あるパブで、ケント州の「ベストパブ2016/2017」を受賞した名店だ。

「チックピーとパプリカのバーガー」。フライドポテトを添えてあり、ボリューム感もある人気メニュー

重厚な建物が200年近くの伝統を感じさせる一方で、「リトル ピープル」というオリジナルのキッズメニューを用意しており、赤ちゃんや子ども連れの女性に人気が高い。「リトル ピープル」のなかで一番人気は、「フィッシュ&チップス」(6.4ポンド=約936円)。同店でも大人用のおよそ半額、半分の量で提供している。

また、「チックピーとパプリカのバーガー」(6ポンド=約876円)は、食感が残るように粗めにつぶしたチックピー(ひよこ豆)に、ローストした赤パプリカを加えてパテにした、肉を使わないハンバーガー。増加しているベジタリアンの子どもをターゲットにしたメニューだ。豆のまったり感と、ディルの葉と和えたキュウリのシャキシャキ感との相性が絶妙で、パンはしっとりした食感の「チャパタ」を使っている。

さらに、子ども向けの「シーザーサラダ」(6ポンド=約876円)は、ドレッシングを辛さ控えめにするなど工夫。「大人と同じメニューを食べる」という喜びを感じてもらいつつ、味付けを子ども好みに調整している。

近年、同店をはじめ、イギリスのパブがキッズメニューに力を入れるようになったのには理由がある。一つは節約志向から酒販店などで酒を購入して家で飲む人が増えたことで、「パブで一杯飲む」という習慣が廃れはじめたため、メインの客層だった成人男性以外の集客にも力を入れる必要性が出てきたこと。さらに、2007年にパブなどでの喫煙を禁止する「禁煙法」が施行されたこと。これにより、たばこの煙が充満していた店内の雰囲気がガラリと変わったことで、子ども連れのニーズを狙ってキッズメニューをそろえる店が増え始めたというわけだ。

イギリスでは外食に子どもを連れていかないことがマナーとされてきたが、かつて“男の聖域”だったパブに、子どもを連れた女性が数多く来店するようになっている。若年層のアルコール離れ、社会的な禁煙化の流れなど、イギリスと似たような状況にある日本の飲食業界でも、キッズメニューの充実は一つのヒントとなるかもしれない。

牛ひき肉がジューシーな「ジェイソンズ ダイノスチック バーガー」(6.5ポンド=約940円)も人気のキッズメニュー。トマト、紫玉ネギといったシャキシャキの生野菜をサンドしており、別添えでピクルスやコールスローが付く
エビのすり身を丸め、パン粉をつけて揚げた「ホールテイル スキャンピ」(6ポンド=約868円)。定番のタルタルソースを好まない子どもが多いため、ソースはかけず、エビのすり身に味つけをしている
The Grove Ferry Pub &Inn
Grove Ferry Road, Upstreet, Canterbury CT3 4BP
http://www.thegroveferry.co.uk/

取材・文/ボッティング大田朋子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ポンド=約146円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。