北欧発 ニューノルディック・キュイジーヌ 前編

「世界のベストレストラン50」で連続1位を獲得したデンマークのレストラン「ノーマ」から「ニューノルディック・キュイジーヌ」という料理の新潮流が誕生。北欧全体に広がるこの流れをリポート

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Vol.33

世界中の食通約800人が選ぶ「世界のベストレストラン50」で3年連続1位を獲得したデンマークのレストラン「ノーマ」。このわずか12卓のレストランから、北欧全体に広がる「ニューノルディック・キュイジーヌ」という料理の新潮流が生まれた。北欧の新鮮な野菜や魚介を使い、新世代のシェフたちがユニークなアイデアで表現する料理だ。デンマーク、スウェーデンを中心に広がる、このムーブメントを2回にわたってリポートする。

食の活動家であるクラウス・メイヤー氏は留学先のパリで食の素晴らしさを体験。故郷デンマークの食文化を変えることを使命と考えた
ニューノルディック・キュイジーヌでは、洗練された調理に、驚きの演出を加える。写真は「ノーマ」で出される料理で、エイブルスキーバというデンマークのドーナツ菓子にニシンを串刺ししたもの
運河に係留した船の中にある「ノーマ」のラボでは、採集した食材を研究し、料理の試作を行っている

郷土愛と地元食材への思いが、ユニークな料理の数々を生む

イギリスの飲食専門誌「レストラン・マガジン」が毎年発表する「世界のベストレストラン50」で、2010年から3年連続で1位に選ばれているデンマーク・コペンハーゲンの北欧料理店「ノーマ」。デンマークで食のプロデューサーとして知られるクラウス・メイヤー氏と、分子料理(素材を分子単位まで、物理的・化学的に解析し、結合させる料理)で料理革命を起こしたスペインの「エル・ブリ」で働いたこともあるシェフ、ルネ・レセッピ氏の出会いから生まれたレストランだ。

「ノーマ」のシェフ、ルネ・レセッピ氏。全米一予約が取れないレストラン「フレンチ・ランドリー」、世界一予約が取れない「エル・ブリ」で学び、「ノーマ」をオープンさせた

「ノーマ」の料理は、北欧の伝統料理と各国料理から得たインスピレーションを融合し、シンプルかつユニークに表現したものだ。そのコンセプトは「北欧の食材と生産者に光を当て、その文化を伝えること」。メイヤー氏はそれを、10カ条におよぶ「ニューノルディック・キュイジーヌのマニフェスト」としてまとめ、2004年に発表。そこには、「北欧の純粋さ、新鮮さ、シンプルさ、倫理観を表現すること」などが記され、郷土愛と郷土の自然や食材に対する畏敬の念が盛り込まれている。

「ノーマ」で出されるメニューは、とにかく驚きの連続である。「干し草とウズラの卵」という料理では、巨大な卵型の器に敷き詰めた干し草の上に、まるで孵化を待つかのようにウズラ卵のスモークが入っている。アカザエビ(テナガエビ)の料理では氷の上に生きたままのエビが載っており、これを焦がしバター入りのマヨネーズで食べる。ほかにも地元の果実をまるでチューインガムのような形と食感に加工したものなど、すべてのメニューに楽しいサプライズが仕組まれている。しかもそれらの食材の多くは、シェフのレセッピ氏とスタッフたちが、近くの公園や森、海岸などから集めてくるという。

地元の食材を研究して、自ら採集し、できるだけその食材の味が生きるように考えて生み出される料理だが、決して発想が奇抜というだけではない。「エル・ブリ」のような超人気店で先進的な調理を学び、確かな技術を駆使し、レセッピ氏自らが「北欧料理の再発見と洗練」と表現するように、完成度の高い料理に仕上がっているのだ。

新しいユニークな料理の数々や、「世界のベストレストラン50」で連続1位の評判は世界中に伝播し、「ノーマ」は現在3カ月先まで予約でいっぱいだ。だが、レセッピ氏は「世界中に店舗を展開して、“料理帝国”を築くことに興味はない。私はここコペンハーゲンの店に集中したい」と言う。マニフェストにもある郷土への想いが、この店を形づくっているのだ。

土の中で“成長する”ニンジンとハツカダイコンの前菜。炭化させたへーゼルナッツを土に見立てている
地元の食材を採集してはラボで試行錯誤を繰り返す。食材から調理法を学ぶのが「ノーマ」の流儀
ノーマ(Noma)
http://noma.dk/
コペンハーゲンの古い倉庫を改装した12卓のレストランは3カ月先まで予約で埋まっている。ランチ、ディナーとも20品のコース料理で1,500DKK(デンマーククローネ。約22,050円)。料理に合わせたワインセットが1000DKK(時価/約14,700円)

「ノーマ」に続くデンマークの新鋭レストラン

「ノーマ」の誕生で、デンマークでは、身近な北欧産の食材を使って新しいアイデアを加えた「ニューノルディック・キュイジーヌ」に共感したシェフたちが、次々にレストランをオープンさせている。「ノーマ」で副料理長として働いていたラスムス・コフォード氏が、2007年に友人とコペンハーゲンにオープンした「ゲラニウム」も、地域の自然を素材に活かす「ニューノルディック・キュイジーヌのマニフェスト」に共感したレストランだ。

「ゲラニウム」のアートのような一皿、「トマトウォーターと生ハムのリキッド。野生の花を添えて」

同店では、肉よりも野菜や魚を多く使い、野菜は農薬や化学肥料を使わないバイオダイナミック農法で育てられたものを近郊農家から取り寄せている。料理は工夫に満ちており、例えばデンマーク産の生ハムから旨味を抽出して作ったゼリーにトマトウォーター(トマトを潰して漉してできた液体)を流し、野生の花を散らした「トマトウォーターと生ハムのリキッド」は、見た目もまさにアート。

スペインの「エル・ブリ」や「ノーマ」で経験を積んだクリスチャン・F・プリージ氏も、マニフェストに共感するシェフだ。彼が2010年にコペンハーゲンにオープンした「レレ」は、「ノーマ」や「ゲラニウム」がワインを合わせれば客単価が日本円で30,000円を超える高級店なのに対し、客単価10,000円ほどのカジュアルなレストラン。

「レレ」では、「誰もがよく知っている地元食材で発見のある料理」を目指し、「ねぎとピュレ」「カブとサンフィア(海草の一種)とラム」など、デンマークの旬の野菜の味を引き立たせるビストロ料理を提供。北欧の上質な食材のみを使うことは厳格に守り、インテリアや装飾などはシンプルにしたり、人員の無駄を徹底して省いたりと、努力を重ねて価格を抑えており、そういった「より多くの層に来店してもらいたい」という姿勢が支持され、オープンから2年で、老若男女が来店し、常に満席となる人気店に成長した。

北欧料理に革命をもたらす“マニフェスト”に、これまで新しいものを求めていた新世代のシェフたちが共感して広がりを見せる「ニューノルディック・キュイジーヌ」。そして今、このムーブメントは世界的に注目を浴びており、コペンハーゲンから、スウェーデンをはじめ北欧一帯へと広まっている。

次回はスウェーデンを中心に、「ニューノルディック・キュイジーヌ」を進化させるレストランをリポートする。

クリスチャン・F・プリージ氏は店をカジュアルにすることで、ニューノルディック・キュイジーヌをさらに幅広い層に伝えようとする
Photo by Per-Anders Jörgensen
「レレ」のメニューより 「カブとサンフィアとラム」。食材の持ち味がしっかりと印象に残ることを心掛け、ポーションは大きめにしている
Photo by Per-Anders Jörgensen
ゲラニウム(Geranium)
http://geranium.dk/
コース料理は1,298DKK(約19,080円)でアミューズ7品、メイン6品、口直し、デザート、お茶菓子がつく。コースに合わせたワインセットは1,198DKK(約17,610円)
レレ(Relæ)
http://restaurant-relae.dk/
コース料理は4品で375DKK(約5,512円)。普通コースとベジタリアンコースがある。料理に合わせるワイン4種は375DKK(約5,512円)。
Photo by Per-Anders Jörgensen

取材・文/栗原伸介

※通貨レート 1DKK=約14.7円

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