2015/08/28 繁盛の黄金律

「お通し」が許される時代は終わった

市場は縮み、新しい競争相手が激増している-昔は通用したけれども、今は通用しなくなったもの。居酒屋の「お通し」がその1つでしょう。しかしお客にとってこれほど理不尽に感じるものはありません。

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Vol.48

市場は縮み、新しい競争相手が激増している

昔は通用したけれども、今は通用しなくなったもの。いろいろとありますが、居酒屋の「お通し」がその1つでしょう。居酒屋に限らず、アルコールを提供する店は、たいていこの「お通し」代をちょうだいします。「席料」として取る店もあります。

しかしお客にとってこれほど理不尽に感じるものはありません。480円の生ビール1杯注文しただけなのに、「なんで980円になるんだよ」という怒りは、地に満ち満ちているのです。テーブルには、昨日の残り物でつくった、食べたくもない小皿(小鉢)料理が置かれています。

居酒屋チェーングループは、どこも客数の長期的な減少で苦しんでいます。その最大の原因は、団塊の世代の高齢化と人口減です。ビールの消費量は1996年にピークに達し、その後は一貫して減少していますが、居酒屋市場もこの減少傾向とまったく軌を一にして、小さくなっているのです。最大の顧客が高齢化して、飲み盛りの若者の数が減っているのですから、当然のことですよね。

しかし、そればかりではありません。ファミリーレストランや牛丼チェーンや、回転寿しチェーンが「ちょい呑み」市場を狙って、様々な戦術を繰り出し、ちょい呑みニーズが取れるメニューを提供しはじめています。対する居酒屋グループですが、「『お通し』がなければウチは生きていけません」と悲痛な声を上げる経営者がいます。もうそんなものが通用する時代は終わったのです。

ひとつ経験だと思って、サイゼリヤで酒盛りをしてみてください。生ビールはさして安くはありませんが、ハウスワインは赤も白も1杯100円、ワイン2本分のマグナムが1,080円。お酒に合うサイドメニューが豊富で、その大部分が199円や299円で提供されています。4人で行って、5,000円でたっぷり飲み食べ、かつ楽しめます。周りの席を見回してご覧なさい。老若男女問わず、酒盛りグループが、あそこにもここにもと存在しています。料理もワインも質が高いですよ。そこらのワイン居酒屋を凌駕するレベルのものが提供されています。

財布の中味を心配しないで、好きなだけ飲み、かつ食べられる店。こういう店を「アフォーダブル(手が届く範囲の/手頃な)プライスを実現している店」と言うのですが、まさにサイゼリヤはそれを具現化しています。

業界の常識が世間の非常識になっている

アルコールを軸に商売している店主は、近くの同業者の動向には注意を向けていますが、もっと広い視野で俯瞰的に外食業全体を見ようとしません。近所の店とお客の争奪戦をやっているうちに、お客がよそへ大移動してしまったのです。ファミリーレストランや牛丼チェーンや回転寿しが「ちょい呑み」に手を出すのは、私はよいこととは思いません。深入りすると客層は変わり、フォーマットは変質し、彼ら自身が「何屋か」わからなくなっていく危険性があるからです。

いちばん大事なことは、「何屋か」を明確にして、自店の専門性を高めることです。しかし、アルコール市場が彼らの店に流れ込んでいる、という事実は直視しなければなりません。それは、居酒屋をはじめとするアルコール商売全体に「ノー」が突きつけられていることなのです。品ぞろえしかり、価格しかり、品質しかり、です。市場が求めるニーズとのズレが生じてしまっているのです。その象徴的な存在が「お通し」なのだと思います。さらに言えば、「お通し」に象徴される業界全体の甘えの体質に指弾の矢が放たれているのです。業界の常識が、世間の非常識になっているということです。

アルコールの消費量は、これからも小さくなっていくでしょう。胃袋が少なくなり(人口減少)、胃袋が小さくなっている(高齢化)のですから、この流れは止めようがありません。そして、外食のアルコール市場は、さらに拡散化が進みます。

こういう情勢の激変の中で、これまでと同じような商売のやり方をやっていたのでは、もはや生きていくことも不可能になっていきます。「お通し」の問題だけではありません。アルコール商売で今まで通用していた、常識や慣行を1つひとつ検証して、時代に合わなくなったものは棄てるべきです。

「身を棄ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」と言いますね。「世間の非常識」を棄てきったチェーンや個人的だけが、生き残り可能になると言っていいでしょう。

株式会社エフビー 代表取締役 神山 泉 氏
早稲田大学卒業後、株式会社 柴田書店に入社。「月刊食堂」編集長、同社取締役編集部長を経て、2002年に株式会社エフビーを発足。翌年、食のオピニオン誌「フードビズ」を発刊。35年以上もの間、飲食業界を見続けてきた、業界ウオッチャーの第一人者として知られる。