グランプリ「RED EGG」受賞記念インタビュー - 特集 -

2017/01/31

「約束の日本一」グランプリ「RED EGG」受賞記念インタビュー

日本料理界の若きスターを発掘する「RED U-35」。4回目を迎えた2016年、「RED EGG」(グランプリ)の栄誉は、中国料理のシェフ・井上和豊氏に贈られた。16年前、秋田から上京し、陳 建一氏が率いる四川飯店に飛び込んだ19歳の青年は、末席からトップを見つめて挑み続け、ついに、大輪の花を咲かせた。そんな彼にこれまでの歩みや今後について聞いた。

100年後も愛される中国料理を
いつか、この手で作りたい

悔しさを糧に、再度の挑戦
際立った安定感と気配り

 国内外の若き日本人シェフ436人がエントリーした「RED U-352016」。6人のファイナリストが挑んだ決勝は、それぞれが架空のレストランのオーナーシェフとなり、“来店客”である審査員を1万円のコースでもてなす「レストラン審査」だった。調理技術はもちろん、スタッフとの連携、プレゼンテーション力など、料理人としての総合力が問われる審査方法だ。

 今回の「RED U-35」に、井上氏は並々ならぬ決意で挑んだ。「年齢的にラストチャンス。前回大会では、ファイナル進出を逃したうえに、同じ中華の篠原(裕幸)さんがグランプリを獲得したという悔しさもありました」と語る穏やかな口調からは、内に秘めた芯の強さがにじみ出る。

 最終審査でのコースの内容は、「ありのままの自分を出そう」と考えた。「全部で8品。最初の4品は、上海や北京の研修で習った料理をもとにしたオリジナル料理。後半の4品は四川飯店で学んできた料理という構成にしました」。仕事の合間に料理の試作を重ね、当日初めて顔を合わせる調理スタッフや料理を提供するサービススタッフとの連携もイメージして、通しのシミュレーションも2回行った。

 そして最終審査当日、8品のコースを味わった審査員団からは「献立の強弱のバランスが大変よい」「提供スピードもリズミカル」「食べる人のことをよく考えた組み立て」と、高い評価を得る。最後に、誕生日が近い審査員へ花束を用意する気配りも見せ、スタッフ全員と並んで審査員への挨拶も行った。「審査員の方の情報は、あらかじめできる限り収集しました。普段の営業でもお客様のことを事前に知っておくことは重要なので」と語る井上氏。最終審査を、いつもの仕事の延長と捉え、質の高いサービスを提供した。

 こうした気配りは、スタッフたちに対しても同様だった。井上氏は、調理スタッフに、楽しく料理をしてもらうために他愛のない冗談を交すなどして厨房が活気づくように意識。また、サービススタッフには提供する前にすべての料理を試食してもらい、料理を自分たちの言葉で紹介してほしいと伝えた。「スタッフ全員がこの場を楽しむ。それは必ず食べる人にも伝わる」。その強い信念が、栄冠をたぐりよせた。

成長をもたらしたのは、
あらゆることを楽しむ姿勢

 「楽しむ」。井上氏が幾度となく口にする言葉だ。「叱られることも楽しい。叱られるということは、そこに必ず原因がある。それをクリアすれば、また1つ上に行ける、成長できると考えれば楽しいと思えるはず。実際は、叱られることは辛いですけど」と、笑顔を見せる。このポジティブな姿勢が、料理人・井上和豊を成長させてきた。

 1981年、秋田県の酪農家の長男として生まれた。「牛の世話で忙しい両親に替わり、食事を作ってくれるのは祖母。子供心に祖母を手伝おうと、小さい頃から台所に立っていました。自分の料理を両親がおいしいと食べてくれるのがうれしく、『料理が楽しい』と思うようになりました」。その後、テレビ番組「料理の鉄人」や、漫画「将太の寿司」にも魅了され、料理人への憧れを徐々に強くしていった。

 中国料理を選んだのは、調理している姿に活気や豪快さを感じたから。高校卒業後、調理師学校を経て、陳 建一氏がオーナーを務める「四川飯店」の門を叩き、当時、出店準備中だった「szechwan restaurant 陳」(渋谷店)に配属。「同期の2人は僕より年上。一番下っ端からの出発でした」。

 以来、同店の料理長(当時)・菰田(こもだ)欣也氏の厳しい指導と薫陶を受けることになる。「最初の1年は忙しくて、記憶がありません。20代半ばにはミスが続き、菰田さんには口もきいてもらえず、何度も心が折れそうになりました」。

 それでも、どんなことでも、料理に関することは楽しんで受けとめることで、徐々に頭角を表す。様々な料理コンクールに挑戦し、審査員のきついダメ出しを真摯に聞き、様々な分野の料理人と交流を深め、知識や技術を貪欲に吸収。長靴姿で鍋を洗っていた青年は、1年後輩で「1番の戦友」と語る陳氏の息子・建太郎氏らと切磋琢磨しながら、いつしか副料理長に。店になくてはならない存在に成長した。

 今、井上氏は自分の立ち位置を見つめ、「今回、オーナーシェフでも料理長でもない、僕のような料理人が優勝できたことに誇りを持ちたい。伝統ある四川飯店のメンバーの1人として、組織に埋没せず、もっと“自分らしさ”を前に出していくつもりです」と話す。その言葉からは、自分を育ててくれた多くの叱咤や激励への感謝と、下積み時代を懸命に“楽しんだ”若き日の自分へのねぎらいが感じられた。

 では、今後の目標は何なのか。「料理の楽しさを後輩に伝え、目標とされる料理人を目指します。そしていつか、百年後にも愛される中国料理を創造したい」。眼差しはすでに、新たな未来へと向けられている。

井上和豊 シェフ
井上和豊 シェフ
Kazutoyo Inoue
1981年8月13日生まれ。秋田県出身。岩手・盛岡の調理師学校を卒業し、東京・赤坂の四川飯店に入社。出店間近の「szechwanrestaurant 陳」(東京・渋谷)に配属され、料理長に就任した菰田欣也氏の下で研鑽を積む。2014年、副料理長に就任、現在に至る。
審査員長の村田吉弘氏(菊乃井 主人)から、「RED EGG」の受賞を受ける井上和豊氏
審査員長の村田吉弘氏(菊乃井 主人)から、「RED EGG」の受賞を受ける井上和豊氏
「非常に安定し、群を抜いた実力を発揮した」と村田氏。限られた条件下で、質の高い料理とサービスを提供した井上氏を評価
「非常に安定し、群を抜いた実力を発揮した」と村田氏。限られた条件下で、質の高い料理とサービスを提供した井上氏を評価
入社時からの上司・菰田氏(右)と戦友と呼ぶ建太郎氏(左)。井上氏の受賞を自分のことのように喜んだ
入社時からの上司・菰田氏(右)と戦友と呼ぶ建太郎氏(左)。井上氏の受賞を自分のことのように喜んだ

szechwan restaurant 陳

szechwan restaurant 陳

東京都渋谷区桜丘町26-1
セルリアンタワー東急ホテル2F

https://r.gnavi.co.jp/gabe701/

陳 建一氏がオーナーシェフを務める「四川飯店」のグループ店として、2001年にオープン。四川料理店では珍しいオープンキッチンを備え、厨房のライブ感を料理とともに味わうことができ、多くの常連客を魅了している。

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