2018/08/28 特集

外食企業がカギを握る! 6次産業化への道

6次産業化とは、農業などの1次生産者が、2次産業(食品加工など)や3次産業(飲食業など)に参入する取り組みのこと。飲食企業が1次や2次に参入するケースもあり、今回はその現場と専門家に話を聞いた。

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6次産業化とは、農業などに従事する1次生産者が所得向上などを目的に、2次産業(食品加工など)や3次産業(飲食業など)に参入する取り組みのこと。一方で近年では、3次産業の飲食企業が1次や2次に参入する新しいかたちの6次産業化も出てきている。そこで、後継者不足に悩む漁村で漁業に挑む外食企業や、6次産業化実現のために外食企業を立ち上げた畜産グループの取り組みを紹介。合わせて、専門家にも6次産業化について話を聞いた。

【CASE 1】株式会社ゲイト
代表に聞く!
外食企業による漁業参入の狙いと、三重・尾鷲での漁開始までの歩み

1999年、有限会社ゲイトとして創業し、経営コンサルタントやヘルスケア事業などを展開。2010年から外食事業に参入し、都内を中心に居酒屋10店舗、カフェ2店舗を展開。その後、1次産業への参入に向けて、山梨県内に実験的な自社農園を設立。2018年からは、三重県尾鷲市須賀利町の漁場で定置網漁を開始した。
代表取締役
五月女(そうとめ) 圭一 氏20代半ばで、父親の不動産業を苦境から立て直し、その管理部門を独立させて有限会社ゲイトを起業。飲食業参入直後に東日本大震災が起こり、これを機に食材の仕入れの仕組みや1次産業の現状に危機感を抱くように。現在、月の3分の1は三重県に滞在し、自ら漁にも出ている。

東日本大震災後に感じた、従来の仕入れの問題点

今年3月、東京で居酒屋を展開する株式会社ゲイトが、三重県尾鷲(おわせ)市で定置網漁を開始。自社で獲った魚の一部を自社の加工場で干物などにし、自店で提供することで、後継者不足などに悩む生産地の活性化を図るのが目的だ。生産者が販売や飲食業に取り組む一般的な6次産業化とは逆に、3次産業から1次産業に参入する珍しいケースとして、今注目を集めている。

同社が1次産業に目を向けたのは、東日本大震災の後に中間流通コストが高騰し、卸を介した従来の仕入れ方法に疑問を感じたことだと、代表取締役の五月女圭一氏は明かす。「この先も様々なコストの上昇により、仕入れ価格が上がれば、安全な食材を適正な価格で手に入れにくくなり、ゆくゆくは外食業界が行き詰まる可能性もあると感じたんです。そこで、事態を打開するヒントを求めて、日本各地の生産地を訪ね歩くことから始めました」。

その過程で、五月女氏は1次産業の現状を理解するには、現場に本気で入る必要があると感じ、2015年、山梨県内に住居と畑を借りてスタッフ数名と自社農園を始めた。周辺の農家にやり方を教わりながらトライ&エラーを重ねるなかで知ったのは、農業にマニュアルはなく、農家ごとにやり方も違うということ。そして、収穫までの時間や労力、安定供給の難しさも学んだ。「最初、地元の方にとって僕らはよそ者だったはずですが、本気で農業に取り組み、コミュニケーションを深めるなかで、徐々に仲間として受け入れていただけた。この経験が、後に漁業でも役立ちました」と、五月女氏は振り返る。現在も農園は続けているが、店の食材を自給するためではなく、農業がどんなものかを体験するための場所と位置付けている。

年間を通して比較的温暖な三重・尾鷲の海は魚種が豊富。ムツやサバ、アジ、イサキ、ヒラメ、トビウオ、イカなど季節ごとに多種多様な魚が獲れる。現在、出漁の回数は月に20~25日ほど

漁村来訪を機に漁業参入へ。漁船や網は中古で安く調達

そんななか、2016年夏、五月女氏は知人から、「苦境に立つ三重の漁師の力になってほしい」と乞われて三重県熊野市二木島(にぎしま)町に来訪。そこで、後継者不足に直面する漁村の現状を目にする。かつて周辺に5つあった漁港が1つに集約され、その港に魚を水揚げする漁船の数もわずか8艘(そう)。「同じ現象が全国の漁村で起きていると聞き、いずれ日本の魚は食べられなくなるのでは、と事態の深刻さを実感しました」。外食企業として他人事ではない問題と捉えた五月女氏。生産地の衰退を少しでも食い止めるべく、漁業への参入を即断した。漁法は、漁師からの提案もあり、定置網漁(沿岸に迷路のように網を張り、回遊する魚群を誘い込んで捕獲する漁法)に決定。「陸から数キロの漁場で行うので船の燃料費を抑えられます。また、魚を必要以上に獲りすぎることなく、環境にやさしいのも利点です」(五月女氏)。

まず、漁業参入への第1歩として、2016年9月、後継者不在で廃業予定だった二木島町の水産加工場を譲り受け、魚を保管・加工する場所を確保した。続いて、熊野漁協の市場で競りに参加する権利(買参権)を取得。売れ筋ではない小さいアジなどを買い、加工場で天日干しにして干物に。これを、自社の車で東京に運び、自店で提供し始めた。「地域の小売店や飲食店によい魚を買ってほしいので、市場ではサイズが小さい魚や傷の付いたB級品しか買いません」と、五月女氏は語る。

並行して、漁業参入への準備も進めるなか、立ちはだかったのが費用の問題だ。漁に必要な船や網を新調するとなると、それぞれ1億円はかかる。そこで、コストを抑えるために、それまで全国を回って築いた人脈を活かし、使われなくなった漁船など必要な機材を中古で調達した。「居酒屋の出店時に居抜き物件を活用したのと同じ発想です。獲れた魚を水揚げするクレーン車なども含め、初期投資は5000万円ほどに抑えました」と、五月女氏。また、尾鷲の漁業協同組合に加盟して漁業権も獲得。加工場がある二木島町から車で約1時間の尾鷲市須賀利(すがり)町で、漁協が管理する空き漁場を借りて漁を行うことになった。「設備投資から漁協への加盟や漁業権のことまで、何が必要で、どう取得するかなど何でも聞き、一つひとつクリアするなかで、地元の方との関係も深まっていきました」と、五月女氏は振り返る。

乗組員は、定置網漁の経験を持つ三重の若手漁師5名とフリーランス契約を結んで操業を委託し、今年3月から本格的に定置網漁をスタート。獲れた魚は尾鷲の市場に卸し、買い手がつかない魚は二木島町の加工場で干物などにして、自店で提供している。獲れた魚をすべて自店で使わず市場に卸すのも、“生産地の活性化”が目的だからだ。

自社の水産加工場。獲れたての新鮮な魚を開いて海洋深層水に漬け、天日に当てて干して干物に加工する

全社員が交代で漁を経験。現場での体験を店で伝える

飲食企業が6次産業化に取り組むうえで五月女氏が大切だと感じたのは、生産現場を深く知り、問題意識を持つことだという。「市場に流通する魚は、誰もが知っているような魚種で、ほぼ同サイズのものばかり。都会の人が名前も知らない魚や、規格のサイズから外れた魚が、価値のないものとして大量に廃棄されている現状がある。そういうことは、現場を見ないと実感がわきません」(五月女氏)。同社では約140名の社員が交代で、定置網漁や加工場を訪れて作業を体験。そこで感じたことを接客などで活かし、来店客に食材の価値や魅力を知ってもらえるように努めている。

「今年の春に漁を開始し、ようやくスタートラインに立ったばかり。試行錯誤の連続ですが、伝統の漁法を次世代に伝える役割も担っているという意識も持って、一歩ずつ前進していきたい」と、五月女氏。現在、運営する「くろきん神田本店」では、提供する魚を100%自社から仕入れており、将来的には、系列10店舗全体で同様の体制を築きたいと考えている。「実現すれば、店の仕入れコストはほぼゼロになります。ただ、食材を安く手に入れたくて1次産業に参入したわけではありません。食材の仕入れを卸に依存してきたこれまでのやり方から脱却して、できるだけ生産者の収入を増やすようにするのが目的です」と、五月女氏は語る。現在、より深く生産地に根を張るために、本社を三重県内に移すことも計画中。また、同じように後継者不足に悩む各地の漁村にも活動の場を広げて、水産業の振興と地方創生に尽力したいと考えている。

同社が運営する居酒屋「くろきん神田本店」では、三重の魚介を集めたコースと自社の取り組みを紹介するリーフレットを用意

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