株式会社 若竹 代表取締役社長 田口 優英氏 - 挑戦者たち -

2014/06/18

「お店はお客様のために」。その信念を胸に、
長く愛される店を作り続けていきたい

株式会社 若竹 代表取締役社長 田口 優英

お好み焼・もんじゃ焼業態を中心に、神奈川県内で飲食店14店舗を展開する株式会社 若竹。同社を率いる代表取締役社長の田口優英氏は、「1年1店舗」の目標を掲げ、着実な戦略で店舗数を拡大。これを実現させた背景には、「お店はお客様のためにある」というぶれない企業理念があった。

――十代のときに、飲食店の店長に抜擢されたとお聞きしました。

 16歳のとき、JR川崎駅の駅ビルの中にあった中華の惣菜店でアルバイトを始めました。惣菜店は通りがかりの人に声をかけ、立ち止まってもらうことから始まります。積極的に声をかけ、ギョウザを5個買おうとしている人に、どうしたら10個買ってもらえるのか、そんなことを考えながら働いていましたね。そうしているうち、その惣菜店を経営する会社から声がかかり、17歳で入社。ステーキやラーメンなど幅広く飲食店を展開する会社で、すぐに、鶴見(神奈川県)にあるお好み焼店の店長を任されました。

 17歳で店長になった苦労は…やはりありましたね。店長を任されたお好み焼店は当時、売上が思うように伸びておらず、まずは数字を上げることを求められました。従業員はみんな年上ですから、自分からコミュニケーションを取るように心がけましたし、まずは何事も自分が先頭に立って動き、背中を見てもらい、ついてきてもらう努力をしました。その結果、38カ月連続で前年同月比超えの売上を達成することができました。それが認められて、その後、19歳で3店舗を統括する本部のマネージャーに昇格したんです。

――具体的には、どのように店舗の売上をアップさせたのですか?

  ここでは、惣菜店でのアルバイト経験が活きました。お客様は飲食店には「○○を食べよう」など、意思を持って訪れますが、惣菜店は、通りすがりのお客様に対しても声をかけ、興味を持ってもらうことが必要です。それをお好み焼店でも実践。店頭に立って声を出したり、様々な販促物を作ってアピールしたりと、できることはすべてやりましたね。並行して、接客サービスの見直しも行いました。当時、スタッフの活気がなく、「いらっしゃいませ」のあいさつ一つにもまったく気持ちがこもっていませんでした。これでは何も伝わらないと思い、「もっとお客様の立場になって考えよう」と声をかけるように。自ら先頭に立って元気を出し、積極的にお客様とコミュニケーションを取るよう、心がけました。そうすると、だんだんとスタッフの意識も変わり、自分で考えて行動できる店に変わっていったのです。

――その後、どのような経緯で自分の店のオープンに至るのですか?

 22歳でお好み焼店22店舗を統括するマネージャーに就任。24歳の時には、札幌に新店を2店舗オープンさせることになり、店舗設計の段階から携わりました。ちょうど同じ頃、店づくりにおいて、「自分だったらこうするのに」と感じることがあり、頭の中に「独立」の2文字が浮かび始めていたのです。結局、その思いが消えず、27歳で独立。自分の店を始めることにしました。

 場所はなじみのある鶴見、業態はお好み焼店と決めていました。札幌で店舗の立ち上げに携わっていたので、オープンまでの道のりもスムーズでしたね。そうして出店したお好み焼・もんじゃ焼の「若竹」のコンセプトは、アットホームな店。お客様がわが家に帰ってくるような店を目指しました。

――「若竹」ブランド構築にあたり、どのような特色を打ち出したのですか?

 ズバリ、食べ放題です。お好み焼店の食べ放題といえば、お好み焼やもんじゃなど、粉ものに限った場合が多いですが、「若竹」ではステーキなどの肉料理や、海鮮類などの鉄板焼も含め、全メニューを食べ放題にしています。これは、オープン当初から変わっていません。現在、全店舗合わせて約70%のお客様が食べ放題をオーダーしています。そして、もう一つが立地です。3店舗目となる「若竹 鶴見東口店」のオープン以来、出店は駅前と決め、今年4月にオープンした藤沢店まで、一貫して駅前立地にこだわっています。

――「炙り家」など、お好み焼以外の業態も出店していますね。

 鶴見東口店をオープンする際、2名の社員を採用。「社員も『若竹』と同じく、スクスクと成長していくことが必要。そのためには会社組織にして、店舗も増やして活躍の場を広げよう」と、そのとき思い立ちました。

 「炙り家」は、バーベキューを店内で楽しんでもらう業態。一方、「てんやもんや」は「若竹」と同じお好み焼業態ですが、ターゲットをより若い10~20代に設定。もっとカジュアル&リーズナブルに楽しんでもらえるよう、380円均一のメニュー展開にしました。

 すべての業態に共通するのは“火”。お好み焼も炙り焼も、また、今年8月に出店予定の新業態の焼肉ホルモン店も、お客様の目の前に鉄板と火がある。これは私の持論ですが、料理に使う火は、本能的な欲求を刺激し、胃袋を突き動かす。だから、焼鳥や焼肉などに人はひかれるのだと思うんです。

――外食企業の社長として、どのような会社を目指しているのですか。

 弊社の企業理念は、「お店はお客様のためにある」ということ。どんなシチュエーションで来店されたお客様でも、帰る際には「今日は楽しかった」と感じてもらえる店にすることが、我々の使命だと思っています。「若竹」で提供している鉄板で焼くパスタやたこ焼など、自分で作る楽しさを感じてもらうメニューも、その一つですね。

 社員には数字を追うより、「どうしたらお客様に喜んでもらえるか」を考えるよう言っています。月に一度の会議でも、売上など数字の話はほとんどせず、お客様を獲得するためのアイデアについて、時間を割いて話し合います。数字はすでに出てしまった結果。過去を振り返るより、明日につながることを考えるべきだと思っています。

――出店が続く御社の、今後のビジョンについて教えてください。

 今後は、より食材にこだわり、産地から直接仕入れるルートを開拓していきたいですね。お好み焼の要であるキャベツも、契約農家からの直接仕入れにして、食材ひとつをとっても、こだわった店にしていきたいです。

 そして、会社として今後3年間で20店舗に拡大する予定です。「若竹」は、これまで集中して出店していた川崎や横浜から離れ、今年、7店舗目を藤沢にオープンしました。これは、「若竹」という名前が知られている地域を離れ、原点に戻って今、どこまで通用するのかやってみようという気持ちからです。藤沢店が軌道に乗れば、藤沢~川崎間で出店を続け、さらなる「若竹」の知名度アップを図りたいと考えています。逆に、居酒屋の「炙り家」と「魚鶏屋」は、東京進出を計画しています。さらに、FC展開も進めており、モデル店である「横濱 若竹」を立ち上げ、FC本部の構築を行っています。

 トータルとしてわが社が発信していく場を広げる予定ですが、出店を続けるだけでは意味がありません。どの店も長く愛される店になる努力を怠ることなく、邁進していきたいと思います。

田口 優英 氏
田口 優英 氏
炙り家 川崎モアーズ店(神奈川・川崎駅)
炙り家 川崎モアーズ店(神奈川・川崎駅)
http://r.gnavi.co.jp/a119804/
串焼や海鮮焼などのメニューが売り。今年5月から6月にかけて会社設立15周年を記念し、月~水曜日限定で、通常1,200円の飲み放題を15円で提供。
若竹 川崎モアーズ店(神奈川・川崎駅東口)
若竹 川崎モアーズ店(神奈川・川崎駅東口)
http://r.gnavi.co.jp/a119803/
JR川崎駅至近の商業ビル7階に立地。平日はビジネス層、週末は家族連れで賑わう。テーブル上の鉄板に設置されたタコ焼器は、特許申請中。
毎年夏は、東京湾に浮かぶ横須賀の猿島でバーベキュー大会を開催。年末の忘年会を含め、社員・アルバイトとの交流を大事にしている
毎年夏は、東京湾に浮かぶ横須賀の猿島でバーベキュー大会を開催。年末の忘年会を含め、社員・アルバイトとの交流を大事にしている
田口 優英 氏
Profile
Masahide Taguchi
1972年、神奈川県川崎市出身。高校生のとき惣菜店でアルバイトを始め、17歳で外食企業に入社。すぐに店長に抜擢され、19歳でマネージャーに就任。27歳で独立し、お好み焼店「若竹」を出店。その後も着実に店舗を増やし、現在、神奈川県内に14店舗を展開中。
Company Data
会 社 名
株式会社 若竹
所 在 地
横浜市鶴見区駒岡3-37-13
Company History
2000年
「若竹 鶴見西口店」オープン
2002年
「若竹 鶴見東口店」オープン
2003年
「若竹 日吉駅前店」オープン
2004年
「若竹 新横浜駅前店」オープン
2008年
株式会社若竹を設立
2009年
「炙り家 新横浜駅前店」など、3店舗オープン
2011年
「てんやもんや 小田急本厚木ミロード店」など、2店舗オープン
2013年
「魚鶏屋 新横浜駅前店」オープン
2014年
「若竹 藤沢駅前店」オープン。8月に焼肉ホルモンの店を開店予定
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