株式会社 奴ダイニング 代表取締役 松本 丈志 氏 - 挑戦者たち -

2016/11/29

時代に合った新しいサービスの
創出こそが、目指す道です

株式会社 奴ダイニング 代表取締役 松本 丈志

今年の夏、1件のツイートをきっかけに話題になった店がある。7月に東京・秋葉原に登場した「BEEF KITCHEN STAND」だ。SNSで情報が拡散し、行列までできた理由は、50gのビフテキが290円という破格の値段設定。同店を手がける株式会社 奴ダイニング・代表取締役の松本丈志氏に話を聞いた。

――実家が飲食店とか。幼い頃から継ぐ意思をお持ちだったのですか?

 実家は地元ではわりと名の通った寿司・和食店で、祖父も横浜で別の飲食店を経営していました。ただ、弟が跡を継ぐだろうと思っていたので、僕は飲食業にまったく興味を持っていませんでした。でも、高校を卒業するときに、親から「店を継いでくれないか」と頼まれまして。そうやって頼ってもらえることがうれしく、一念発起してやることを決意したんです。

 最終的に経営に携わるにしても、まずは料理人たちと対等に話ができる腕を身につけようと、東京の寿司店に修業に出ました。最初から5年間と決め、住み込みで身を粉にして人一倍働きました。職人の世界ですから、上下関係を含めて非常に厳しかったですね。理不尽と感じることもたくさんあって、人間不信に陥り、しばらく人と話すのがイヤになってしまったぐらいです。そんなとき、本屋で偶然、偉人の名言集や哲学書を手に取り、そこに書かれた言葉と出合ったことで、乗り越えることができました。今では、そのときに本に触れる経験があったからこそ、成長できた気がします。

 もうひとつ、修業の辛さを乗り越えられたのは、ボクシングの存在が大きいですね。実は寿司店で働くかたわら、休憩時間などにボクシングジムに通っていたんです。そして、最初に決めたとおり、5年の修業が終わった後は、本気でプロを目指し始めました。ただ、食べていかなくてはいけないので、夜は水商売の仕事を始めたのですが、これがまずかった。ここでも頑張りが功を奏し、すぐに結果を出すことができたものの、同時に体も壊してしまい、ボクシングも諦めざるを得なくなりました。結局、実家を本格的に継ぐべく、25歳で横浜に戻ったのです。

――実家に戻られてから、まずは何から着手されたのでしょうか?

 その頃、不景気のあおりを受け、実家の店は業績不振にあえいでいました。父からは利益を出すことを求められ、まず、仕入れの見直しに着手して、経費削減に取り組みました。

 合わせて深夜営業も始めたところ、周りに遅くまで開いている店がなかったこともあり、好調に推移。みるみる成果が出て、4年で赤字は着実に改善されました。頭の中には次の手もいろいろありましたが、ここで社長である父と意見が対立。「現状維持でいい」と考える父に対して、私は成長・拡大を目指したかった。そうであれば自分でやろうと、独立することにしました。

――家業を継ぐのではなく、独立して自ら店をオープンされたのですね。

 そのとき29歳。30歳までに店を出したいという気持ちを持っていたので、その願いが叶った形です。

 それまでに貯めていたお金を注ぎ込み、横浜・磯子の京急杉田駅に「奴ダイニングProgress」を出しました。業態は当時流行っていた創作和食。ノウハウがないので出店するまで大変でしたが、オープンしてからも苦労の連続。というのも、店は連日満席と繁盛していたものの、とにかく赤字続き。振り返ってみると、新しいメニューやサービスに関する仕かけなどを考える力はあったのですが、数字や人材の重要性についてまったくわかっていなかった。経営者として甘かったのだと思います。結局、1年半で資金ショートを起こしてしまいました。その後、とりあえず資金を調達し、人員も整理して再スタート。なんとか売上を持ち直すことができました。

 そのときの失敗を踏まえて次に考えたのが、手間暇のかかる創作和食や魚を扱う店ではなく、腕のある料理人やさほど知識がなくてもできる肉業態であれば、サービスや仕組みで“価値”を生み出せるのではないかということ。そうして新たにオープンしたのが、「もつ焼き牛舎 新杉田店」。狙いは当たり、すぐに利益が出て、半年後には3店舗目となる「もつ鍋牛舎 上大岡店」を出店することができました。

――そこから数年で、一気に店舗を展開していかれましたね。

 「もつ鍋牛舎 上大岡店」までは狙いどおりうまく行きましたが、横浜・関内に4、5店舗目を出店した頃、多店舗経営の難しさに直面しました。3店舗まではオーナーのパワーで引っ張っていけますが、4店舗以上になると、人材育成や数字の管理などで、組織がより重要になります。そこで視野を広げたいと考え、経営に関する勉強会に参加するように。これによって、経営を多角的に見ることができるようになりました。経営上の数字を分解して考え、戦略的に組み立てることができるようなったのが、いちばんの収穫。スタッフに指示を出すときも、明確に伝え、その根拠を論理的に説明できるようになったのは大きいですね。ただ、経営については今も学んでいる最中です。店舗数が増えれば増えるほど、様々な問題に直面すると思うので、まだまだこれからも勉強です。

――「BEEF KITCHEN STAND」で、都内進出も果たされました。

 肉バル「BEEF KITCHEN STAND」は、経営勉強会のMG(マネジメントゲーム)を100期やったあとに考え出した業態です。最初に出店した新杉田店は9坪と狭い物件だったので、立ち飲みにしました。同業態2店舗目となる秋葉原店は、都内初進出店。こちらはオープンしてすぐツイートされたのをきっかけに、SNSで評判となり、開店前からお客様が行列をつくるほどで、都心エリア、特に秋葉原という街の力を感じましたね。

 この店の特徴は、なんといってもコストパフォーマス。とにかく、来店していただいたお客様に、「損した」と思われないような価格を設定しています。肉料理を中心に小皿で提供し、いろいろな種類・味を味わってもらうスタイルにもこだわっています。「名物ビフテキ」や、「牛ハツのレアロースト」「手ごねハンバーグ」などは、いずれも290円(税別)。そのほか、100円台のメニューも豊富に揃えているうえ、ドリンクもハイボール、チューハイが200円台~、ビールも300円台~用意しています。つまり、ドリンクと料理を1品ずつ頼んで、ワンコイン(500円)でお釣りがくるくらいの、リーズナブルな設定です。正直、オペレーションとしては大変な面もありますが、他店でやらないことをやればお客様は喜びますし、“毎日通える店”というイメージにもつながるはず。この業態で15店舗の出店を目指し、今年12月には都内2号店となる西新宿店をオープンする予定です。

 会社としては、2018年に年商10億円という目標を掲げています。同時に、経営の効率化や組織づくりも大きな課題です。出店を加速させながら、業績の悪い店舗を見極め、しっかり利益が上がるようにしたいと思います。

 企業理念は、「三方良し あって良かったサービスの創出」。売り手の私たち、買い手であるお客様、そして、店がある街や世の中、すべてが良くなるよう、上場も視野に入れつつ、常に新しいことに挑戦していきたいですね。

松本 丈志 氏
松本 丈志 氏
 
BEEF KITCHEN STAND(神奈川・新杉田)
BEEF KITCHEN STAND(神奈川・新杉田)
http://r.gnavi.co.jp/k56n45bj0000/
立ち飲みで肉をリーズナブルに楽しめる店として地元住民に人気。9坪で最大40人を収容する。2 軒目としての需要も高い。
BEEF KITCHEN STAND アパホテル秋葉原店(東京・秋葉原)
BEEF KITCHEN STAND アパホテル秋葉原店(東京・秋葉原)
http://r.gnavi.co.jp/hv49kp670000/
13.5坪で全37席の肉バル。小皿料理は100円~と、圧倒的なコストパフォーマンスが売り。ホテル1階のため、朝はビュッフェを提供。
アルバイトとの飲み会で。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の実現には、スタッフの力が必要だ
アルバイトとの飲み会で。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の実現には、スタッフの力が必要だ
松本 丈志 氏
Profile
Takeshi Matsumoto
1978年、神奈川県横浜市生まれ。祖父の代から寿司・和食など飲食店を営む家で育つ。高校卒業後、東京・西荻窪の寿司店での5年間の修業を経て、25歳で実家の店を継ぐ。その後、29歳で独立し、株式会社奴ダイニングを設立。現在、東京と横浜で全7店舗を展開している。
Company Data
会 社 名
株式会社 奴ダイニング
所 在 地
神奈川県横浜市磯子区 汐見台1-5-3 パークサイドヒルズ107号室
Company History
2008年
「奴ダイニングProgress」オープン
2010年
株式会社 奴ダイニング設立
「もつ焼き牛舎 新杉田店」オープン
2011年
「もつ鍋牛舎 上大岡店」オープン
2012年
「漁平の鍋 関内北口店」オープン
2014年
「もつ焼き牛舎 新杉田店」を拡大リニューアル
2016年
「BEEF KITCHEN STAND」新杉田店に続き、秋葉原店をオープン
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