株式会社 ローカルダイニング 代表取締役 榊原 浩二 氏 - 挑戦者たち -

2017/03/15

ミッションはコミュニティ作り。
出店戦略は“人ありき”です

株式会社 ローカルダイニング 代表取締役 榊原 浩二

2009年9月の起業以来、積極的に出店を進める株式会社ローカルダイニング。現在、3業態8店舗。今年も複数店舗の新規オープンを予定している。代表取締役の榊原浩二氏は、「人」に合わせて業態を決め、さらに、分社化を進めてフラットでフレキシブルな組織を目指す。これまでの歩み、経営観、経営者として見つめる未来を聞いた。

――営業職からの転身ですが、何がきっかけだったのですか?

 実家が静岡の清水市で日本料理店を営んでいて、飲食業が身近な存在だったことは確かです。でも、大変な仕事だなあと思っていただけで、自分でやろうとはまったく考えていませんでした。ただ、「社長になろう」とは思っていましたね、漠然とですが。

 実は、高校から大学にかけては、どうしようもなく無気力な学生だったのです。やりたいことも見つからず、他人と接するのも苦手。授業にも出ず、朝からパチンコに行く毎日でした。そんな自分を変えたくて、就職では一番苦手だと思う営業職を選びました。

 入社後は、3年の間に最優秀賞を取ることを目標に、がむしゃらに働きました。そして、目標を達成して思ったのは、「やっぱりサラリーマンではなく、社長になろう」ということ。このとき、気づいたのです。自分が前向きになれる原動力が、同僚との飲み会など、“コミュニティ”だったことに。

 振り返ってみれば、無気力なときは人との関係を遮断して、1人で過ごしていました。人間は人と関わってこそ前向きに生きる力が生まれ、社会はそれがないと成り立ちません。そうであるなら、人が集う“コミュニティ”を提供する飲食店には、大きな価値があるはず。「よし、飲食店を通したコミュニティ作りを、自分のミッションにしよう!」と決め、退職することにしました。26歳のときのことです。

――その後の就職は、将来の起業への準備だったのですね。

 まず、飲食店の現場で経験を積むか、経営を学ぶかで迷った末、経営を学ぶことに決め、株式会社ベンチャー・リンクに就職。主に、外食チェーンのスーパーバイザーとして働きました。

 この会社からは、本当に多くのことを学びました。ビジョンの大切さや組織風土の作り方、目標設定の仕方などなど。特に、たくさんの社長とお仕事をご一緒させていただくことで感じた経営者のスタンスと、「気合と手法があれば何でもできる」という成功体験を積ませていただいたことが、大きな収穫だったと思います。

 30歳までに起業しようと思っていたので、この会社も29歳で退職。飲食店はアルバイトの経験すらなかったので、株式会社グローバルダイニングで半年間、現場を体験しました。サービスも料理も、高いレベルを支える仕組みがしっかりあり、ここでの経験は今の店作りにも活きていますね。

――そして、いよいよ起業を果たします。1店舗目オープンの経緯は?

 2009年、最初に出店したのが神奈川・川崎の「えんがわ 溝の口店」です。ちょうど、株式会社subLimeさんから、業務委託での開業支援を始めるとお話をいただきました。私からの物件に関する条件は、家賃が坪1万5000円以内で、駅から徒歩3分以内、そして、路面店であることの3つ。そこで紹介されたのが、溝の口の物件。実は、それまで降りたこともない駅でした。

 当時の私にはお金もコネクションも、業態のコンセプトもありません。サポートしてくれる仲間は、兄に紹介してもらった料理長だけ。それなのに9月1日に物件を契約し、14日にはオープンでしたから、宣伝もメニューもオペーレーションも、何もできていない状況。日本料理で修業した料理長に頼り、魚介の店に決めたのですが、最初は刺身も出せないありさまでした。

 そこから少しずつ改善し、生産者との結びつきなども強めて、食材へのこだわりを打ち出すなど、店の特徴を出していきました。ゆるやかですが、売上も右肩上がりに伸び、料理長には感謝の言葉しかありませんね。

――以後、出店を加速させています。どんな狙いがあるのでしょうか。

 1店舗目が爆発的に成功したわけでもないのに、翌2010年には2店舗目をオープン。すぐ出店したのは、早く会社の基盤を固めたかったから。私は現場のことは何もできませんから、料理長が倒れたら、閉店するしかありません。店を安定させるには人が必要。人を雇うためには店が必要です。人が増えれば組織になり、風土が生まれ、文化が育つ。早くそこまで行きたかった。

 もちろん、利益がどんどん出たわけではないので、財政的には楽ではありません。でも、赤字にならない見通しはありました。居抜きで施工を節約し、初期投資を抑えました。これはsubLimeさんのやり方を参考にさせてもらいました。

 出店のスタイルは、「やりたい人がやりたい店を作る」。爆発的にヒットするようなコンテンツ(店)なんて、簡単にはできません。ですから、“コンテンツ”ではなく、“人ありき”。つまり、私と一緒に仕事をしたいという人が、作りたいと思った店を一緒に作りましょう、ということですね。

 イタリアンをやりたいという知人と意気投合し、「FISH HOUSEMARIO」が生まれましたし、タイ料理の「BAKASOUL ASIA」もしかり。もちろん、和食、タイ料理、イタリアンのそれぞれの業態ごとに、特性を考えた出店戦略は考えます。同時に、業態は違っても「生産者の想いを伝える店」というベースは貫いています。トレンドは廃れますが、「生産者の想い」に流行りはありません。これが、飲食店が長く続くカギの1つではないかと考えています。

――分社化を進めているそうですが、どんな未来を描いているのでしょう?

 現在は株式会社ローカルダイニングのほか、和食、イタリアン、アジアンと業態別に分社化し、全4社という体制です。組織が大きくなり、業態が増えると、自分の想いがみんなに伝わりにくくなってしまいますし、専門性も薄くなってしまいます。そもそも私は、会社の理念を実現することさえできればいいので、共通の理念のもと、業態、エリアで分社化し、地域に根付いた想いのある会社、お店をつくろうと考えています。そこで働くメンバーも地元の人間を中心にして、飲食業を長く楽しみながら、打ち込める環境を整えていきたいと思っています。

 もともと、「人が集う場=コミュニティを作る」ことが私のミッションで、その最小単位が飲食店。そして流れの先には、「地域再生」があります。さらに、今はまだビジネスとして考えるまでには達していないのですが、「古民家再生」という魅力的なテーマへのアプローチも始めています。

 飲食業というのは、行動の結果がすぐにわかるところがおもしろい。毎日、お客様から直接「ありがとう」と言われる仕事は、珍しいと思います。

 直近の目標は、2019年に年商10億ですが、これは、あくまで地域に根付くお店を残していくために必要な規模。4月には荻窪にカツオの藁焼きの大衆店、5月には渋谷に無化調の産直タイ料理の出店が決まっています。単なる膨張ではなく、地域に根付いたお店、会社になるため、地元の人や社員がおもしろいと思えることに、どんどんチャレンジしていきたいですね。

榊原 浩二 氏
榊原 浩二 氏
 
えんがわ 荻窪店(東京・荻窪)
えんがわ 荻窪店(東京・荻窪)
http://r.gnavi.co.jp/gu3d7xgf0000/
古民家で使われていた格子戸などを再利用し、情緒が漂う和食店。生産者の顔が見える食材と、ビオワインが売りの大人の隠れ家。
魚介イタリアン Fish House Mario 新宿新南口(東京・新宿)
魚介イタリアン Fish House Mario 新宿新南口(東京・新宿)
http://r.gnavi.co.jp/b808550/
1階は立ち飲み、2階はテーブル席の一軒家イタリアン。魚介料理が人気で、ちょい飲みから宴会まで、幅広いシーンで利用されている。
バーベキューなどスタッフとのイベントには時間と手間をかける。彼ら“人ありき”が社の基盤となっている
バーベキューなどスタッフとのイベントには時間と手間をかける。彼ら“人ありき”が社の基盤となっている
榊原 浩二 氏
Profile
Koji Sakakibara
1978年、静岡県清水市生まれ。実家は老舗の日本料理店。大学卒業後、営業職を経て、飲食業での独立を決意。経営を学ぶため、コンサルティング会社へ。そこでスーパーバイザーなどを務めた後、株式会社グローバルダイニングで飲食店の現場を経験。2009年9月に起業・開店を果たす。
Company Data
会 社 名
株式会社 ローカルダイニング
所 在 地
神奈川県川崎市高津区溝口 1-13-18 セキグチビル5F
Company History
2009年
「えんがわ 溝の口店」オープン
株式会社ローカルダイニングを設立
2011年
「えんがわ 阿佐ヶ谷店」オープン
2012年
「魚介イタリアン Fish House Mario 新宿新南口」オープン
2014年
「スパイス居酒屋 BAKASOUL ASIA 武蔵小杉」オープン
2016年
「えんがわ 荻窪店」オープン
2017年
新規2店舗の出店を予定
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