モンテステリース有限会社 代表取締役 星山 真也 氏 - 挑戦者たち -

2017/07/20

働く人すべてが幸せになること
それこそ会社が存在する意義

モンテステリース有限会社 代表取締役 星山 真也

プロのドラマーになるという夢を諦めて22歳で開業した、モンテステリース有限会社・代表取締役の星山真也氏。若さと勢いで「花たぬき」ブランドを立て続けに出店。2015年には新たにバル業態もスタートさせた。「失敗がいい教訓になった」と語る星山氏に、これまでの紆余曲折や、今後の展望を聞いた。

――ミュージシャンの夢を断念して飲食業界に進んだそうですね。

 兄の影響もあってドラムをやっていたのですが、プロのミュージシャンを目指す先輩に誘われ、高校時代からライブハウスなどでバンド活動をしていました。高校卒業後は、京都の中央市場やお好み焼き店でアルバイトをしながらバンドを続けましたが、真剣にやればやるほど、その厳しさを実感。20歳で結果が出なければ辞めようと決め、タイムリミットが来たので、音楽の道はスパッと諦めました。

 それからは、これといってやりたいこともなく、アルバイト先のお好み焼き店に社員として就職しました。信頼され、仕事も任されましたが、働いているうちに、自分で店を運営できるのではと思うようになり、22歳で独立。ところが、もともと独立に向けて準備をしていた訳ではなく、勢いだけの見切り発車だったので、資金の面では苦労しました。しかし、すでに物件を押さえてしまっていたので、なんとか銀行からお金を借り、周囲の助けもあって開業にこぎ着けました。このときは、自分の甘さを痛感しましたね。

――最初の店のコンセプトはどのように決めたのですか?

 1号店の「花たぬき」は1998年、京都市の中心地から西へ少し外れた壬生にオープンしました。看板に据えたのは、京都で昔から食べられている「べた焼き」がベースの「特製たぬき焼き」。鉄板で薄く焼いた生地の上に、キャベツや干しエビなどを乗せて焼く「べた焼き」は、年々提供する店が少なくなっていました。そこで、この素朴で懐かしい味を受け継いでいこうと、「べた焼き」にそばかうどんを入れてモダン焼きにし、自家製の油かすを上に乗せて香ばしく焼きあげる「特製たぬき焼き」を開発しました。

 1号店は、幹線道路の四条通に面した13坪・25席の小さな店。四条通の東端には歓楽街の祇園もあるため、そこから車で帰る人が手土産にお好み焼きを買いに立ち寄ることも想定し、売上を見込んでいました。ところが、いざオープンしてみると客足はさっぱり。客の大半は地元の友人たちという状況が、1~2年続きました。その後、テレビで「たぬき焼き」が取り上げられたこともあり、店が徐々に認知され、じわじわ売上が上向いていきました。

――2号店以降、順調に店舗数が増えていきましたね。

 2004年にオープンした2号店「花たぬき 千中店」は、昔からの住人の多い地域に立地しています。交通機関はバスしかないなど、交通の便が悪く、周囲からは出店を反対する声もありましたが、交差点に面した物件で、人の目に留まりやすいと考え、決断。後から考えるとこの地域は、近隣の大学へ通う学生も多く、エリアのニーズとお好み焼きという業態がマッチしていたのだと思います。2号店はオープン直後から繁盛店になりました。そして、これを機に会社を設立し、それ以降は経営に専念。2006年に3号店「花たぬき 御池店」、翌年に4号店「花たぬき 高野店」、2009年に5号店「花たぬき 河原町店」、また翌年に6号店「花たぬき 京都駅前店」、翌々年に7号店「花たぬき 梅津店」と、次々にオープンしました。立て続けに出店しましたが、当時は綿密な事業計画を立てておらず、商圏の調査などもきっちりとはしていませんでした。それでもうまくいっていたので、疑問は持っていませんでしたね。ところが、そんなやり方を見直さなければいけなくなるような大きな失敗を、2012年に国道沿いにオープンした8号店「花たぬき 伏見店」で経験することになったのです。

 失敗の原因は、すでに近隣に資本の大きい競合のお好み焼き店が数店舗あったこと。加えて、駐車場の問題です。車道に面した駐車場は、入出庫が同時に行えないほど間口が狭く、駐車スペースも奥にあって不便でした。なかなか売上が上がらず、店長や副店長は辞め、スタッフの士気は下がり、店のムードは最悪。他店舗のスタッフを応援にまわしたり、資金を投入しても立て直すことができす、わずか1年2カ月で閉店することに。この苦い経験をきっかけに、経営を抜本的に見直し、きちんとした事業計画を立て、出店の際は商圏の調査をしっかりするようになりました。そして、もっとも大きかったのは、「会社はそこで働く人々が幸せになるために存在する」と、経営の目的を新たにしたことです。

 ただ、「花たぬき 伏見店」の失敗は、思わぬ益をもたらしました。2013年オープンの9号店「花たぬき 烏丸店」では、伏見店で不要になった什器などを使用したため、出店のコストを削減することができたのです。

――新業態のバルはどのような経緯で生まれたのですか?

 2014年の時点で「花たぬき」は京都市内に7店舗ありましたが、会社として売上3億円の壁がなかなか越えられず、足踏み状態になっていました。単一業態では厳しいかなと考えているなか、面談で「将来はバルをやりたい」と、夢を語った社員がいました。それを聞いて「これだ!」と思ったのです。社員の夢を実現しつつ、会社として新店を出すことは、社員の幸せを願う経営方針にも合致します。一緒にやっていこうと決め、そのスタッフを中心に「京都にない店をつくろう」と、業態開発に取り組みました。

 その際、役に立ったのは「居酒屋甲子園」の理事として活動するなかで、日本各地で培った人脈。それらを活かしてカキの業者と出会い、これをメインにしようと決めました。物件は趣味にもなっている街歩きで見つけ、2015年に「貝と白ワインのバル KAKIMARU 七条店」をオープン。その2カ月後には、2号店「貝と白ワインのバル KAKIMARU綾小路店」を、今年3月には3号店「貝と白ワインのバル KAKIMARU 山科駅前店」を出しました。山科駅前店の隣には、「花たぬき」の11号店も同時にオープンしています。さらに今年は、5月に「貝と白ワインのバル KAKIMARU 西院店」と続き、8月には滋賀県草津市に、「花たぬき」と「KAKIMARU」の両業態を出店予定です。

――会社として力を入れていること、今後の目標は何ですか?

 失敗を経験し、経営理念や行動目標を共有する大切さを痛感しました。それ以来、社史から未来のビジョンまでを記した「経営計画手帳」を、アルバイトを含む全スタッフに配布しています。また、各店舗で感謝したいスタッフを推薦し、もっとも評価の高かった人を月間MVPとして表彰する「ありがとう通信」という制度を導入。スタッフ同士が感謝の気持ちを持ちながら、やりがいを持って働ける環境づくりを目指しています。

 さらに、社内独立支援も進めており、すでに「花たぬき」梅津店と御池店は、社内独立した人間がFC店として運営しています。そうやって会社として足場を固め、今後は東京進出も視野に、展開していきたいと思っています。

星山 真也 氏
星山 真也 氏
 
貝と白ワインのバル KAKIMARU 西院店(京都・西院)
貝と白ワインのバル KAKIMARU 西院店(京都・西院)
https://r.gnavi.co.jp/780xux6k0000/
今年5月にオープンした、カキをはじめとする貝と白ワインが売りのバル。「冷製牡蠣のヴァポーレ」が名物で、女性を中心に人気。
花たぬき 京都駅西店(京都・京都駅)
花たぬき 京都駅西店(京都・京都駅)
https://r.gnavi.co.jp/fww4b92b0000/
「花たぬき」全店舗中最大規模の108席で、個室や座敷席もあり、宴会に最適。京都駅周辺には、「花たぬき 京都駅前店」もある。
「経営計画手帳」(右)にはスタッフの誕生日も記載。「ありがとう通信」全エントリーシートに、星山氏が目を通す
「経営計画手帳」(右)にはスタッフの誕生日も記載。「ありがとう通信」全エントリーシートに、星山氏が目を通す
星山 真也 氏
Profile
Shinya Hoshiyama
1975年、京都市生まれ。プロのドラマーを目指し、高校時代から本格的に活動していたが、20歳で夢を断念。その後、アルバイト先のお好み焼き店に就職し、2年後に独立・開業。現在は鉄板業態「花たぬき」と、「貝と白ワインのバル KAKIMARU」の2ブランドを展開。
Company Data
会 社 名
モンテステリース有限会社
所 在 地
京都市右京区西京極南大入町29-4
Company History
1998年
京都・壬生に「花たぬき」オープン
2004年
「花たぬき 千中店」オープン。モンテステリース有限会社を設立
2011年
「花たぬき 梅津店」オープン。
2013年
「花たぬき 烏丸店」オープン
2015年
「貝と白ワインのバル KAKIMARU 七条店」オープン
2017年
「花たぬき 山科駅前店」「貝と白ワインのバル KAKIMARU 山科駅前店」「貝と白ワインのバル KAKIMARU西院店」オープン
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