株式会社 オーゼットカンパニー 代表取締役 岡本 匡洋 氏 - 挑戦者たち -

2018/12/20

店づくりはスタッフに任せる。
失敗して見えることがあるから

株式会社 オーゼットカンパニー 代表取締役 岡本 匡洋

2001年、19歳でオープンした鶏料理店が大成功。その後、鳥インフルエンザで打撃を受けるも、持ち前の接客力と洞察力で危機を乗り越えた、株式会社オーゼットカンパニーの岡本匡洋氏。以降、「社内独立制」を実施し、海外にも進出。新業態での全国展開を見据える岡本氏の店づくりの秘訣と、今後の戦略について聞いた。

――お笑い芸人の経験もあるとか。飲食業界に入った経緯は?

 16歳からサービス業で働き、19歳で叔父とともに焼鳥チェーンのフランチャイズに加盟して、大阪・福島に焼鳥店を出店しました。ところが、スーパーマーケットで売っているものより高い鶏肉を仕入れなければならず、2カ月で脱退。店名を「とり藤」に変え、再出発しました。今でこそ福島エリアは多くの飲食店で賑わっていますが、オープンした2001年当時は店が少なく、すぐに、ビジネス層で連日満席になる繁盛店になりました。

 店は順調で、昼間は時間があったことと、子どもの頃から人を笑わせることが大好きだったので、20歳のとき、ふとお笑い芸人を目指してみました。ただ、「ちょっとやってみようかな」くらいの気持ちだったので、人生をかけて夢を追いかけている仲間たちとは温度差がありすぎました。自分には無理だと感じ、1年ほどで諦めました。

 ちょうどその頃、鳥インフルエンザの影響で売上が80%も落ちてしまったのです。このときからですね、飲食業に真剣に向き合い始めたのは。それから、繁盛する店は何が違うのか知ろうと、いろいろな店を回りました。魚介の店が流行っていることや、鶏肉もきちんと火入れをすればお客様もそこまで気にしないとわかったのと同時に、焼酎ブームの兆しも感じました。そこで、「とり藤」も魚介料理を増やし、さらに100種類の焼酎をそろえたことで売上が復活。その間は人を雇えず、家族や親戚に手伝ってもらいましたが、母と姉の接客が抜群で助けられましたね。彼女たちにお客様がつくので、ちょっと嫉妬したくらいです。

――2店舗目はワイン&肉バル。その後もすべて業態が違いますね。

 「とり藤」は売上も利益も十分に出ていましたが、店を増やそうとは思っていませんでした。でも、「ワインが飲める店がほしい」というお客様の声があり、現在、取締役のスタッフもバルをやりたいというので、2007年、「ワイン&肉バル nukumi」を同じ福島エリアに出しました。すると、この店の隣にあった居酒屋が、いい人材がいるのに活かせていないことに気づき、この店を買い取りました。それが、魚介料理をメインにした3店舗目の「季楽酒場 おっきゃがり」です。

 この頃から、周りにいい人材というか、“色気のある人”が集まってきたのです。言葉でうまく説明するのは難しいのですが、特別美人とか男前というわけではないのに、テレビに出ると映える、視聴率が上がる芸能人っていますよね。その人たちと同じような“色気”。人を喜ばせることが上手で、よく気が付き、かゆいところに手が届く、まさに飲食業向きな人。彼らが活躍できる場を作ってあげたいと考えるようになり、株式会社オーゼットカンパニーを設立したというわけです。

 以来、2~3年に1店舗程度のペースで出店してきました。基本的に2店舗目の「nukumi」と同じで、新しい店を作りたいスタッフ全員が、それぞれの構想をプレゼンし、多数決で勝ったスタッフが作りたい店を作るという流れ。だから、業態がすべて違うのは当然。外食チェーンなどでは、同業態を多店舗展開してスケールメリットを狙うというのが定説ですが、実際にはデメリットの方が大きいと思っています。使いたくない食材も使わなくてはいけないですし、何より、自分の目で見て仕入れ、売りたいものを売るほうが、絶対に楽しいはずです。

――「社内独立制」を敷いていますが、具体的にどんな仕組みなのですか?

 手を挙げて新店を任された店長は、実質「店主」であり、基本給+経常利益の15%が給与となる仕組みです。店の利益が増えれば、収入も増えますし、もともと自分が作りたい店なので、やる気が違います。一方、開業資金は会社持ちなのでノーリスク。思い切った店づくりができるはずです。

 大切なのは、店づくりを彼らに任せること。私が関わるのは3割ぐらいのイメージですから、ほぼ自分が考えた通りの店になります。でも大体、最初は失敗します。「これでは勝負できないと思うよ」とは言いますが、こう変えろとは言いません。なぜなら、自分の思う通りにやって失敗することが、実はもっとも大切だからです。自分も鳥インフルエンザでつまずいたとき、すごく学びました。失敗しなければ見えないことがたくさんあるのです。

 そもそも、他人が考えた店を作ってもおもしろくないし、その店が失敗しても、何も残りません。でも、自分で考えた店がうまくいかなければ、何とかしようと真剣になります。そのときに初めて、人の意見の重要性にも気がつく。そうなったら、会社の方からもしっかりテコ入れをします。

――もしスタッフが失敗しても、立て直す自信があるのですね。

 そうですね。来店してくれたお客様の本音を発言や仕草などから読み取れるよう、誰よりもアンテナを張っているという自負があるからこそ、やっぱり、そこには自信があります。

 お客様が店や料理を褒めてくれるとき、その言葉を本気で言っているとは限りません。店に気を遣って褒めていることも少なくない。だから、その褒め言葉を鵜呑みにして安心してはいけないと、常に思っています。

 振り返ると、1号店の「とり藤」でも、多くのお客様がおいしいと褒めてくれました。でも、当時はそんなに褒められる料理ばかりではなかったはずです。それに気が付かずに、いい気になってしまった面もあったと思います。もちろん、本音を言ってくれる人もたくさんいますから、大事なのはそれを見極めることだと思います。

 そのために、自店だけでなく他店にも足を運び、よく観察しています。一つひとつの料理やサービスを、お客様がどう受け止めているのか、表面ではなく本音を見ようとします。同時に、「この人の人生に、この店がどのように入り込めるのか」という視点を持って、店のストーリーを組み立てています。そこまで考えているからこそ、たいていの失敗は挽回できるのです。

――新しい事業展開の構想も含め、今後の戦略を教えてください。

 店づくりが得意な人間は、社内独立制で「店主」となって活躍できますが、なかにはそうでない人間もいます。そういう人も含め、誰でもできる新しい業態を作って、フランチャイズで全国展開する構想を立て、2~3年前から実現に向けて取り組んでいます。

 念頭にあるのは、大衆酒場。「この店、どんぶり勘定っぽいのにちゃんと回っているなあ」と思うような店を作りたい。本当はきっちり計算されているのに、それを感じさせない店です。

 その1号店は大阪の一等地と決めています。失敗は許されないので、立地選びは慎重になりますが、2019年にはスタートし、東京にも出店したい。そのほか、今後は社内独立で洋食、鉄板焼、高級和食業態も出店予定です。この3店は、新事業とはライバル関係。負けるわけにはいかないですね。

岡本 匡洋 氏
岡本 匡洋 氏
地鶏料理 とり藤 福島店(大阪・福島)
地鶏料理 とり藤 福島店(大阪・福島)
https://r.gnavi.co.jp/c769800/
JR福島駅前高架下の好立地で、近隣のビジネス層に人気。カウンター、テーブル席、掘りごたつの半個室があり、宴会の利用も多い。
 
季楽酒場 おっきゃがり(大阪・福島)
季楽酒場 おっきゃがり(大阪・福島)
https://r.gnavi.co.jp/kbke300/
47都道府県の地酒を常備し、新鮮な海鮮料理とともにリーズナブルに提供。梅酒や果実酒も豊富で、女性にも人気を博している。
社内の運動会での1コマ。各店舗の運営を担い、岡本氏とともにオーゼットカンパニーを支えるスタッフと
社内の運動会での1コマ。各店舗の運営を担い、岡本氏とともにオーゼットカンパニーを支えるスタッフと
岡本 匡洋 氏
Profile
Masahiro Okamoto
1982年、大阪府出身。19 歳のとき、焼き鳥チェーンのフランチャイズに加盟して1号店をオープンしたが、2カ月で脱退。その後、大阪・福島エリアで、居酒屋、バル、ラーメン、寿司店など様々な業態を出店し、東京やベトナムにも進出。現在、国内10店舗、海外1店舗を展開する。
Company Data
会 社 名
株式会社 オーゼットカンパニー
所 在 地
大阪市福島区福島5-1-26MF
西梅田ビル3D
Company History
2001年
大阪・福島に焼鳥店をフランチャイズで出店。2カ月後に「地鶏料理 とり藤 福島店」へリニューアル
2007年
「ワイン&肉バル nukumi」オープン
2009年
株式会社オーゼットカンパニーを設立。
「季楽酒場 おっきゃがり」をオープン
2014年
ラーメン店「福島壱庵」をオープン
2015年
「うたげどころ うぉっしゅ」オープン。以後、ベトナム、東京にも出店し、現在、国内10店舗、海外1店舗を展開中

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