ドイツ発 新しいおいしさでブームのビーガン料理 前編

ドイツで人気を呼んでいるのが、卵やバターなどすべての動物性食品を使わない「ビーガン料理」だ。ビーガンだけでなく、一般の人たちからも注目を浴びており、ビーガンレストランも増加中だ。

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Vol.65

ドイツ料理と聞き、まず思い浮かべるものは肉、ソーセージ、ジャガイモなどだろう。そんなドイツで、人気を呼んでいるのが「ビーガン料理」だ。「ビーガン」とは、「ベジタリアン」のように肉や魚を避けることに加え、卵やバターなどを含むすべての動物性食品も食べない菜食主義者のこと。ドイツ国内で、ビーガンは全人口の1%程度(総人口約8,100万人に対し約80万人。ベジタリアンは8~9%を占め、約688万人。2013年ドイツベジタリアン連盟調べ)を占める。ところが、今、ビーガン料理を出すレストランが非ビーガン、つまり動物性食品を食べ、普通の食事を楽しむ人たちからも注目を浴びている。このブームの秘密を探ってみたい。

ドイツ国内には、植物性食品を購入できる自然食品店が増加中。ビーガン用の棚を用意している店もあったり、価格のタグにはわかりやすくビーガンのマークがついている
豆腐は高タンパクなため、多くのビーガン料理に用いられる。ドイツ産の豆腐は日本のように絹ごし・木綿の違いがなく、硬め。オリーブやバジル味の変わり豆腐も登場している
ビーガンの食材で作るスイーツも登場。お菓子に卵やバターを使わないなんて難しいように思われるが、独自のお菓子が人気を呼ぶ

ドイツの定番メニューを、オリジナルのビーガン料理に

「私は10年前からビーガン、さらに20年前からベジタリアンです」と、ほほ笑みながら話すのは、ミュンヘン(ドイツ南部にある国内第3の都市)の代表的なビーガンレストラン「マックス・ペット」(Max Pett)でシェフを務めるペーター・ルディック氏。「マックス・ペット」のメニューを開くと、「カルパッチョ」「ロール巻き」「グヤーシュ」(ハンガリーのシチュー料理)など、ドイツで一般的な肉を使った料理が並ぶ(ドイツでは、「カルパッチョ」は一般的に「牛のカルパッチョ」を意味する)。しかし、これらの原材料はすべて植物性。味は、本物の肉料理を「再現」するのではなく、独自のおいしさを目指しており、ビーガンのみならず一般の人々の間でも人気を得ている。

牛肉ではなく、テーブルビートを使ったカルパッチョ(10.5ユーロ=約1,490円)。ルディック氏は多種の野菜を用いて、肉料理をビーガン料理に変えるのが得意

評判の「カルパッチョ」は薄切りの牛肉の代わりに、きれいなワインレッド色のテーブルビート(赤カブに似た野菜)を使用。グリルしたアンズタケ(ヨーロッパを代表する食用キノコの1つ)とノヂシャ(ヨーロッパでは主にサラダに使われる若葉)で盛り付ける。テーブルビートは生野菜ならではのサクッとした歯ごたえとほんのりした甘みが特徴で、表面はカリッと仕上げ、中はジューシーなアンズタケが、そこに絶妙な風味を添える。柔らかい生の牛肉をイメージとしながらも、本来のカルパッチョとはまったく違う逸品に仕上がっている。

「ロール巻き」は伝統的なドイツ料理のひとつで、ピクルスやベーコンを牛肉で巻いて煮込んだもの。一方、同店ではルピナスという小さな豆をチリメンキャベツでくるむ。ルピナス、チリメンキャベツは共に味は少し薄いが、その分、一緒に煮込むマッシュルームのクリームソースをスパイシーに仕上げており、ロール巻きにさらなるうま味を与えている。野菜ばかりだとお腹が満たされないように思われがちだが、ロール巻きの皿にはパンを利用したクネーデル(パンやジャガイモ、小麦粉を練って作るゆで団子)が添えられているので、炭水化物もしっかり摂取でき、十分満足感を得られる。

「マックス・ペット」のもう1つの特徴は、アルコール入りの飲み物を提供しないこと。このモットーは、ビーガンの間に広まっていることではないものの、経営パートナーのアンナ・レーナ・フューニング氏の意志だ。ワインは元々、製造過程でゼラチンなどの動物性成分を用いるため、それを避けたいと考え、ノンアルコールのワインを用意している。ちなみにビールはアルコールの有無を問わず、麦芽、ホップ、水、酵母のみを原料とするドイツのビール純粋令(16世紀に制定されたビールに関する法律。ビールに不純物を添加させないように定められた)に基づいたビーガン製品があるが、この店ではやはりノンアルコールに徹している。

客層も幅広い。「2010年末にオープンして以来、経営は順調です。ビーガンに限らず、子ども連れの家族や大学生など、様々な人が来てくれます」とルディック氏は語る。中心街の雑踏から少し離れたペッテンコーファー通りは落ち着いてはいるが、飲食店やホテルが並び、人通りは少なくない。そのため、たまたま店の前を通りがかって存在を知り、気に入って通い続ける非ビーガンの客もいる。「今ではいろんな雑誌に当店のビーガン料理が取り上げられています。健康的なだけでなく、オリジナルのおいしい料理だと認められ、一般の方も来店してくれるのです」(ルディック氏)。

ルディック氏の言うとおり、メディアが大衆に与える影響は計り知れない。ドイツには雑誌以外にもビーガン料理の人気の火付け役になった「ビーガン・フォア・フィット」(Vegan for fit)という料理本がある。ビーガン料理の魅力を健康面から解説しており、30日間の献立とダイエットプログラムを紹介。2012年9月にドイツの有名ニュース誌「フォークス」が発表する書籍ランキングの暮らしのジャンルで3位に入り、著者で料理人のアティラ・ヒルドマン氏はテレビに引っ張りだこになったほどである。「マックス・ペット」の繁盛といい、料理本の大ヒットといい、ここ3、4年でドイツではビーガン料理の需要が大きく上がったといえる。

チリメンキャベツのロール巻き(17.8ユーロ=約2,520円)。具のルピナスはタンパク質、ビタミンA、B1のほか、ミネラル成分も豊富に含んでいるため、健康的な食材として知られる
「マックス・ペット」の料理長、ペーター・ルディック氏。以前は肉中心のオーストリア・ドイツ料理を作っていたが、ビーガンレストランを開くことは、かねてからの夢だったという
SHOP DATA
マックス・ペット(Max Pett)
Pettenkoferstrasse 8 80336 München
http://www.max-pett.de/

スイーツだって、ビーガン向けにアレンジ!

ビーガン料理の人気は、前菜やメインディッシュにとどまらない。なんと、ビーガンのスイーツも人気だ。「カフェ・イグナツ」(Café Ignaz)は、ミュンヘンのおしゃれ地区ともいえるシュヴァービングの住宅街にあるカフェ。30年前のオープン当時はベジタリアン向けの喫茶店だったが、2004年から取り入れるようになったビーガンのケーキやスイーツが、一般の人からも人気となっている。

一見すると普通のタルトだが、クリームはバナナと豆腐のペーストが使われるなど、個性的なアイデアが込められているビーガンのフルーツタルト(一切れ3ユーロ=約430円)

通常のケーキは、動物性のバターや生クリームを使うが、「カフェ・イグナツ」のケーキやスイーツには、植物性のものばかりが使われている。植物性の食品は、油分とコレステロールの摂取量が少なく、ミネラル成分や食物繊維が多いため、ヘルシーかつ低カロリー。例えば、人気商品のひとつである「フルーツタルト」は、通常であれば、タルトの中にカスタードクリームを流しこむが、同店ではバナナと豆腐をペースト状にしたものを用いる。豆腐の味と香りはまったくせず、ペーストの食感だけが木綿豆腐に似ている。土台のタルト生地には、普通の小麦粉ではなく、スペルト小麦とカムット小麦を使用。スペルト小麦はもともとドイツパンに使われることが多い小麦粉で、ナッツに近い味がし、通常の小麦粉よりも風味が豊か。カムット小麦は、ほかの穀物よりも栄養素を多く含み、スペルト小麦と味が似ているため、相性がよい。材料のこだわりによって、普通のケーキとは違ったおいしさが表現されている。

そのほか、「ラズベリーのクリームケーキ」も好評。こちらには生クリームではなく豆乳を含んだソイホイップを使用している。ソイホイップは、通常の生クリームとほぼ同じ味。それなのに油分は生クリーム(約30%)より11%ほど少ない。油分が少ない分、ラズベリーが持つ甘酸っぱさが強調され、おいしさとヘルシーさを持ち合わせた、一石二鳥なデザートである。

顧客は35~50歳の女性が多く、若い層のビーガンたちが食事会を開いたり、ベジタリアンのカップルが結婚式パーティを催したりもする。そこに招待された一般の人が実際にビーガン料理やスイーツを食べて、そのおいしさに驚くことも少なくない。百聞は一見にしかずというが、「百聞は一食にしかず」といったところか。こうしてビーガン料理の魅力が、口コミで広がっているのだ。

入口のショーケースにはビーガン用の焼き菓子も並ぶ。クッキーを二枚重ねにし、ジャムを挟んだお菓子はドイツの名物
菜食主義の老舗喫茶「カフェ・イグナツ」の経営者、イグナツ・シュミッド氏。ビーガンケーキを学びたいという日本人のパティシエを雇ったこともあるそうだ
SHOP DATA
カフェ・イグナツ(Café Ignaz)
Georgenstrasse 67 80799 München
http://www.ignaz-cafe.de/

取材・文/町田文

※通貨レート 1ユーロ=約141.6円

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