2019/01/15 特集

正しく扱えば、もっとおいしい&売りになる。ジビエ再考

フレンチから居酒屋まで、さまざまな業態で提供され、注目を集める「ジビエ」。ジビエ料理をおいしく仕上げ、店の売りにするには? ジビエを扱う際のポイントや、ジビエ料理で人気を集める繁盛店の事例から考える。

URLコピー

なぜ今、ジビエなのか

一般社団法人日本ジビエ振興協会 代表理事 オーベルジュ・エスポワール オーナーシェフ 藤木徳彦氏
1971年、東京生まれ。駒場学園高校食物科を卒業し、長野・蓼科高原のオーベルジュで修業。フランスでの研修で本格的なオーベルジュに触れ、1998年、長野県茅野市に「オーベルジュ・エスポワール」をオープン。同年の冬、旬の食材の1つとして「信州ジビエ」に注目し、ブランド化を目指して精力的に活動を開始する。現在は、全国の「国産ジビエ」の振興と地域活性化に尽力している。

国産ジビエの魅力に着目。高い栄養価とストーリー性

 ジビエとは「狩猟の対象となり、食用とする野生の鳥獣、またはその肉」を指すフランス語。ヨーロッパ、特にフランスでは定番の食材で、日常食として身近な存在だ。日本でも、フランス料理やイタリア料理の高級店などで、かねてよりジビエ料理が提供されてきた。一方、山間部では、ハンターたちが捕獲したジビエを、地元で分け合って消費してきた歴史があり、郷土料理として旅館や民宿、飲食店で提供されている地域もある。日本で獲れるジビエは、シカやイノシシ、野鳥や野ウサギのほか、ツキノワグマなど約50種。これらの国内で捕獲された「国産ジビエ」が、ここ数年、大きな脚光を浴びている。

 その背景について、国産ジビエの普及に20年前から取り組んでいる藤木徳彦氏は、まず食材としての優位性を指摘する。「20年前、私が長野にオーベルジュをオープンした年の冬に、地元の人から、山で獲れたシカの肉をいただいたんです。『硬くておいしくないけど、たくさんあって困るからもらってください』ということだったのですが、フランス料理の技法で調理したところ、それがとてもおいしかった。以前からジビエを扱うことはありましたが、多くはニュージーランドからの輸入品で、国産は北海道産のエゾシカが少しある程度。長野でシカが手に入るとは想像もしていなかったのですが、この味なら、輸入ジビエに頼らず、“信州ジビエ”として発信できると考えました」と藤木氏は振り返る。その狙いは的中し、通行止めが発生するほど大雪が降る冬期でも、信州ジビエを求める人たちが遠方から来店するように。地元産のジビエ料理が、冬場の一大看板となったのだ。

 地元の山で生まれ育った野生鳥獣と、その食料である山の草花や木の実などと合わせて一皿に表現することで、山の幸と風土を語る料理が誕生する。ジビエならではの野生味とともに、自然の命を伝える高いストーリー性もまた、国産ジビエの魅力だと藤木氏はいう。

 またジビエの良さについて、藤木氏は「牛や豚、鶏などの家畜の肉は、餌や生育環境も管理されているため、肉質が均一です。一方でジビエは、餌も、生まれた季節や育ち方も千差万別で、1つとして同じ肉はありません。また、いつ捕獲(補食)されるかわからないという野生の緊張感の中で生きている。そうした環境の違いから、ジビエからは強い生命力が感じられ、独特の味わいがあります」とも話す。

 さらに、ジビエは栄養面でも優秀だ。上の表を見ると、ニホンジカやイノシシの肉は、牛や豚と比べて低カロリーで高タンパク。ビタミンも多く、ヘルシーな食材であることがわかる。家畜は適度に脂肪がつくように餌と環境が調整されているが、野生の鳥獣は、常に餌を求めて野山を駆け回っているので、必然的に筋肉質になり、栄養が凝縮されるという。

環境対策としてのジビエ。背景に深刻な鳥獣被害

 国産ジビエへの注目が高まるなか、その流れを後押しすることになったのが「有害鳥獣対策」だ。日本では1990年代から野生動物が爆発的に増加し、被害が拡大している。

 なかでも、深刻なのがシカとイノシシによるもの。もともと適応力や繁殖力が高い彼らは、ハンターの高齢化や耕作放棄地の増加による餌場の拡大などを背景に、個体数が急増。環境省の調査によると、1989年に北海道を除く地域で約30万頭だったシカは、26年後の2015年には10倍の304万頭に、同じくイノシシも、26年で約3倍の94万頭に増えたと推測されている。また、生息地域も拡大し、1978~2014年までの36年間で、シカの生息分布は約2.5倍、イノシシは約1.7倍になっている。

 その結果、森林の木の実や樹皮が食い尽くされる「食害」が発生。森林が荒廃し、生態系が乱れる被害も出てきている。さらに、餌場を求めて人里に降りた野生動物が、田畑の農作物を食べてしまったり、人間に危害を加えることもあり、大きな社会問題にもなっている(下図参照)。長野でも、その被害は甚大だ。「収穫直前の畑をシカに荒らされ、絶望する農家は数知れません。高齢化・過疎化も加わって、離農してしまうケースも続出しています。野生動物を適正な数に戻して、彼らと人間が共存できる環境を作らなければ、動物も人間も幸せになれない」と、藤木氏は訴える。

 一刻も早い駆除が必要になった野生鳥獣。当初、対策はハンターによる駆除のみだったが、捕獲した鳥獣を廃棄するのではなく、ジビエとして食に活用すれば、地域の活性化につなげられるのではと、各地の自治体が取り組みをスタート。藤木氏らの「信州ジビエ」のブランド化などが、先進例として学びの対象にもなった。

 徐々に全国でジビエの利活用が広がり、流通量も年々増加。現在では飲食店でも広く活用されているほか、「信州ジビエ鹿肉バーガー」(長野)、「千葉県産猪肉そば」(千葉)などのジビエメニューも生まれている。

 一方で、食用として扱ううえで、忘れてはいけないのが、ジビエを安全に提供するという責任だ。次ページからは、ジビエのリスクを正しく知り、食肉として安全に使う方法を見ていこう。

全7ページ