Vol.97
場当たり的な注意や叱責は、従業員を萎縮させるだけ
「いくら従業員に口を酸っぱくして注意しても、うちの店のサービスはちっとも向上しない。クレームも増える一方」と、嘆く経営者が多くいます。しかし、それはあなた(経営者)が悪いのです。「人間は、されたことをする」動物なのです。
やることなすこと経営者(や上長)からガミガミ言われ、頭にきている従業員が、お客にやさしく、にこやかに接しますか? 無理でしょう。もし、サービスのレベルを上げ、お客に対して親身に接する従業員を増やそうと思ったら、まずは経営者自身が心を入れ換え、行動を変えなければなりません。まずは、あなたの心の余裕のなさを、あらためることです。
場当たり的な注意や叱責はNGです。相手は、何を注意・叱責されているのか理解できず、ただオロオロするばかりです。何の改善にもつながりません。大事なことは、お客の迎え入れ、席へのご案内、オーダー受け――と続く、1つひとつのサービスを、それぞれ別個に実地教育することです。ひとつのサービスが完璧にできるようになったら、次のステップに進むという、根気のよい教育訓練を施していかなければなりません。
従業員1人ひとりのレベルは、皆バラバラなのですから、マンツーマンの個別訓練でなければなりません。集合教育では無理なのです。だから店主(あるいは店長)が、教育訓練の担当者でなければいけませんが、全員のトレーナーになるわけにはいきません。ですから、まずは、優秀なトレーナーを育てることに専心すべきです。
店主(店長)のいちばん大事な仕事は、優秀なトレーナーの育成である、と言い切って間違いないでしょう。そのトレーナーは、パート・アルバイトでも構いません。トレーナーとしての資質と能力があればいいのです。
ストレスを感じたお客は、二度と来店しない
そのトレーナーの資質と能力はどんなことかというと、次のようなものが挙げられます。
- 作業を完璧に熟知していること(自ら実演ができる)
- 穏やかで根気強いこと(いつもニコニコ。感情的にならない)
- 教え上手で、ほめ上手(何かができたら、一緒に喜ぶ)
- 公平な評価能力がある(えこひいきをしない)
- いつも相談相手になれる人
この5つになります。
トレーニー(トレーニングを受ける人)がどういう性格の人か。長所は何か、弱点は何か。そこまで踏み込んだ観察眼を持っていなければなりません。そして、その観察眼にはやさしさが宿っていなければなりません。“摘発”してやる、などといった悪意の観察は、トレーニーを萎縮させるだけです。
また、従業員のピリピリ張り詰めた緊張は、すぐに来店客に伝わります。そんな空気の中で、お客は食事を楽しむことができるでしょうか。店からパワーをもらって、ストレスや悩みを解放する場所が、レストランであり飲食店なのに、さらにストレスをかけられたらどうでしょうか。たとえ料理のレベルが高いとしても、「もう二度と来ないぞ」ということになりますね。
いちばん大事なことは、適度にゆったり、のんびりとした空気が流れていることです。そのためには、訓練を十分に積んで、ベストのサービスができる従業員が、自主的に、自由闊達(物事にこだわらず、おおらかな様子)に、明るく、ニコニコ、伸び伸びと、働ける状況をつくることです。その場その場で逐一、店主(店長)が従業員に対してガミガミと注意・叱責することが、どれだけ罪深いことか、おわかりいただけたかと思います。百害あって一利なしです。チェーン店で、それをいちばん安定的にできているのはスターバックスでしょうね。中にはいまひとつの店もありますが、“バラツキ”があまりありません。なぜだか、わかりますか?
教育訓練の仕組みがしっかりできていることが第一の要件ですが、もうひとつ、スターバックスには店で調理しなければならないフードメニューがひとつもありません。そこで働く人は、コーヒー関連のメニューのメイキングと、目の前のお客へのサービスに集中できるのです。このように、仕事の範囲を限定することが、サービスの質を向上させることの大前提です。このことも、肝に銘じておかなければなりません。
そのスターバックスの創業者が、こんなことを言っています。「経営者が働く人に示す態度と同じことを、店の従業員はお客に示す」。まさに冒頭に言った、「されたことをする」のです。