2020/02/25 特集

【後編】注目シェフ クローズアップ 料理界の若き旗手にいま聞きたい、10のこと。(4ページ目)

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【pesceco】オーナーシェフ 井上 稔浩

井上 稔浩(いのうえ たかひろ) 1986年、長崎県生まれ。調理師専門学校卒業後、大阪の寿司店を経て、島原で父親とともに居酒屋をオープン。28歳で自分がやりたい料理を求め、夫婦でイタリアン「pesceco」を立ち上げ、4年後、海沿いの現住所に移転。島原をはじめとする地場食材を活かした「里浜ガストロノミー」を打ち出し、「ミシュランガイド長崎2019」で一つ星を獲得する。
pesceco(ペシコ)
長崎県島原市新馬場町223-1
https://r.gnavi.co.jp/fud0rzrh0000/
昼は有明海を望むテーブル2卓8席、夜はオープンキッチンのカウンター6席(写真)のみで営業。コースは昼夜ともに14,000円と8,000円。店名は「pesce」(ぺシェ/イ「夢見るアワビ」。長崎産の陸上養殖アワビの上に、昆布とマリネしタリア語で魚)と、景子夫人の「子」を合わせた造語。

料理人を目指したきっかけ

 子どもの頃、長崎・島原で鮮魚店を営む父親と魚市場に行ったり、父の店から魚を仕入れている寿司店に連れて行ってもらうのが好きでした。お客さんが「おいしい」と食べているのを見ると、なぜか自分も誇らしく、うれしかったです。高校生の頃には、自分も父の魚を使って料理をしたいと思うようになりました。

 その後、調理師専門学校を経て、寿司店で働き始めましたが、わずか1カ月で退職。当時はまだ若く、「もっといろいろな経験がしたい」「ほかにいい場所があるはず」と思ったんです。それから約5年間は、いわゆる〝自分探しの旅.に出ました。飲食店で働いて資金を貯めては、沖縄やタイ、ベトナムなど国内外を巡りました。今思うと、地域色の強い場所を旅先に選んでいたので、その土地でしか食べられないものの価値に触れた時期でした。

 そんななか、23歳のときに父から「海鮮居酒屋を始めるから手伝わないか」と誘われ、島原に帰郷。父が刺身を担当し、私は専門書などを読んで様々な調理法やアイデアを勉強し、それを活かしたジャンルレスな創作料理に挑戦しました。その過程で、イタリアの多彩な魚介料理に魅力を感じ、もし自分の店を出すなら、イタリアンをやりたいと漠然と思うようになりました。

独立の経緯と独立で重要だと思うこと

 独立のきっかけとなったのは、2つの出会いでした。1つは地元のトマト生産者との出会い。「島原にこんなおいしいトマトがあったのか」と驚くほどの質の高さで、実際に畑にも行って生産者さんの想いに触れたことで、地元の食材をもっと活かしたいと思うようになったんです。もう1つの出合いが、当時、宮城・仙台にあったイタリア料理店「AL FIORE(アル フィオーレ)」での食事です。ここで提供している地場食材を活かした創作料理に感動し、自分も島原の食材を価値ある料理として提供することで、島原に人を呼び込み、生産者や地元を盛り上げたいと考えるようになりました。しかし、海鮮居酒屋で実際にやってみると、こだわるほどに単価が上がってしまい、地元のお客様が離れてしまいました。そこで、地元の方にも受け入れてもらいつつ、自分がいま島原でやるべき飲食店をと考えた結果、当初から目指していた“他県からでも足を運んでもらえる特別な店”へのファーストステップとして、2014年、カジュアルイタリアン「pesceco」を島原市内の商店街にオープン。徐々に認知度を高め、他県から通ってくれるお客様が増え始めたこともあり、次のステップとして、2018年、海沿いのロケーションが楽しめる現在の場所に移転したんです。

 独立するためには、知識や経営ノウハウも必要ですが、飲食店の場合、独立自体のハードルは決して高いとは思いません。むしろ独立した後、いかに変化し続けられるかが重要だと考えています。自分がやりたいことを中心に据えつつ、お客様のニーズなどを感じ取り、料理やサービスについて、常に昨日以上に発展・進化させていくことが、成功への道だと思います。

島原で自分らしい食の形を追及。将来に種を残せる料理人に(井上氏)

自身の料理スタイル

 島原で、「ここでしか味わえない、価値ある料理を作る」という考えから生まれたのが、「pesceco」のコンセプトとして掲げている「里浜ガストロノミー」です。私にとってのガストロノミーとは、「自然と文化の共存」。豊かな自然と、そこに寄り添い暮らす人々の“手”を介して届けられる恵みを、料理を通じて、海、川、山が連なる島原の里浜の文化として伝えていく料理を目指しています。島原で飲食店を運営するなかで、海洋資源の枯渇や漁業者の減少など、地方が抱える様々な問題を実感してきました。この状況を少しでも変えたいという想いを込めています。

成長につながった成功や失敗

 日々の営業が成功と失敗の連続です。特に、カウンターのみで営業するディナーは、対面でおもてなしをするので、お客様の反応が如実に伝わります。お客様が満足していないと感じたら、表情や言葉のなかから改善へのヒントを見つけられるよう心がけています。手応えを感じるのは、お客様の喜ぶ顔や同じ方から予約が入ったとき。わざわざ、遠方から何度も足を運んでくださるかたもいます。島原のような地方で客単価が1万円を超える店を続けるプレッシャーはありますが、それを力に変えて、成長していきたいですね。

日々、習慣にしていること

 あらゆる意味で、クリーンであることを心がけています。身だしなみや店内空間はもちろん、心や頭もクリーンにしておく。そうすることで、固定概念に捉われず、料理や食材の新しい発見に純粋に感動できる自分でありたい。また、先ほど変化し続けることが重要だと言いましたが、その変化に意味があるか、本当にやるべきことなのかを、常に自問するようにしています。

スペシャリテ、自慢の一品

「夢見るアワビ」。長崎産の陸上養殖アワビの上に、昆布とマリネして香りと旨みを移した青ダイコン、アワビの肝と黒ニンニクのペーストを添えた一皿。養殖のアワビが美しい海を夢見る姿を表現

 「夢見るアワビ」は、島原の陸上養殖アワビを使用した、島原の海と漁師へオマージュ的な一皿です。地酒で蒸したアワビを、その蒸し汁とアワビ自身が捕食するアオサノリでソースを作り合わせました。枯渇する海洋資源。それによる様々な悪循環が続く島原。「養殖」という選択をしないといけない現状を知って欲しい。「陸上に上がってしまった、アワビと漁師がいつか海に戻れるような仕事をしたい」。そういった想いから生まれた料理です。

座右の銘、好きな言葉

 文学者バーナード・ショウの「人生は自分探しではない、自分を創造することである」という言葉です。若い時に自分探しの旅をしましたが、そもそも自分は探すのではなく、主体的に創るものだという考えに今はとても共感します。自分が体験したことよりも、その体験から生み出すものに価値があるという意味だと捉えています。

趣味や休日の過ごし方

 カメラですね。家族との時間や季節で変わる島原の風景など、身近にある何気ない一瞬を撮影するのが好きです。

目指す料理人像

 地元に根を張り、料理やレストランを通して多くの人やものとつながり、次の世代への“種”を残せる料理人になりたいです。私たちが地方でのチャレンジをいま持続することで、「地方でもやれる」と思う人が増えて選択肢の1つとなったり、資源についても将来への種が残れば幸せです。

2020年の目標や予定

 大きな目標に向かって進むというよりは、お客様をもてなすという毎日の積み重ねを大切にしたいと思っています。また、地元の文化や歴史、自然を、より深く知るための時間をもっと作りたいと思っています。

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