2020/02/25 特集

注目シェフ クローズアップ(後編)~料理界の若き旗手にいま聞きたい、10のこと。

いま注目を集める若手料理人への10の質問でそれぞれの素顔を解き明かす。後編には「sio」の鳥羽 周作、「Bisteria Satollo」の佐藤猛、「aca 1°」の東鉄雄、「pesceco」の井上稔浩が登場。

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更新日:2022.6.8

目次
「sio」オーナーシェフ 鳥羽 周作
「Bisteria Satollo」オーナーシェフ 佐藤 猛
「aca 1°」オーナーシェフ 東 鉄雄
「pesceco」オーナーシェフ 井上 稔浩

 いま注目を集める8名の料理人。さまざまな分野で活躍する彼らは、これまでどんな道を歩み、日々どんなことを考え、どんな未来を描いているのか。10の質問でそれぞれの素顔を解き明かす。後編には「sio」の鳥羽 周作、「Bisteria Satollo」の佐藤猛、「aca 1°」の東鉄雄、「pesceco」の井上稔浩が登場。

【前編はこちら】
注目シェフ クローズアップ(前編)~料理界の若き旗手にいま聞きたい、10 のこと。

「sio」オーナーシェフ 鳥羽 周作

“幸せの母数”を増やすため、店舗展開と人材育成に取り組む

鳥羽周作(とばしゅうさく) 1978年、埼玉県生まれ。小学校の教員から32歳で料理人へ転身。「ディリット」や「フロリレージュ」などを経て、2016年に「Gris」のシェフに。2018年、同店を買い取り、「sio」にリニューアルして独立。繊細で独創的な料理で注目を集め、「ミシュランガイド東京2020」では一つ星を獲得した。現在、「o/sio」と「純洋食とスイーツパーラー大箸」を合わせた3店舗を運営する。
sio(シオ)
東京都渋谷区上原1-35-3
https://r.gnavi.co.jp/s279sby30000/
2018年7月オープン。小田急線・代々木上原駅近くのビル1階に立地。木のぬくもりと光の優しさを感じられる内装で、テーブル席のみの全18席。昼(土・日曜日・祝日のみ)は7,000円、夜は1万円のコースを提供。

料理人を目指したきっかけ

 父が洋食の料理人で、僕も料理を作るのは好きでした。でも、子どもの頃からの夢はサッカー選手で、大学卒業後にプロの入団テストも受けましたが、契約には至らず。その後、小学校の教員をしながら社会人チームでサッカーを続けていたのですが、20代後半に入り、友人が建築家として活躍するのを見て、焦りを感じ始めたんです。このままサッカーへの未練を抱いたままくすぶっているより、新しい世界で勝負したいと思い、自分がプレーヤーとして輝ける仕事を考えた結果、料理人を目指すことにしたんです。

 まず、東京・代官山のカフェなどで働いた後、もっと高いレベルの知識や経験を得たいと思うようになり、以前から友人に勧められていたイタリアン「ディリット」(東京・神楽坂)の門を叩きました。シェフの坂内正宏さんには「料理とは何か」「おいしいとは何か」を、1から10まで教えてもらいました。僕の場合、料理人としてのスタートがかなり遅かったので、人の何倍も考えながら働くようにして、少しでも早く技術や知識を身につけようと必死でした。

独立の経緯と独立で重要だと思うこと

 「ディリット」で3年修業した後、川手寛康シェフのスペシャリテ「チョコレートのオムレツ」に衝撃を受けて、「フロリレージュ」(東京・青山)へ。ここでは素材の組み合わせとお客様へのプレゼンテーションを学びました。さらに、イタリアン「タクボ」(東京・代官山)のスーシェフ、モダンフレンチ「Gris(グリ)」(東京・代々木上原)のシェフを務め、「Gris」を買い取るかたちでリニューアルし、2018年に「sio」をオープンしました。

 独立を考えるうえで重要なのは、自分は独立に向いているか、経営ができるタイプかを客観的に判断すること。料理だけに集中する方が向いている人や、二番手として最高の働きをする人もいます。何事も80%までは努力でいけますが、残りの20%はやはり才能が必要だと思うので、自分の特性や強み、弱みを把握することが大切。加えて、腹を決めてやり抜くこと。戦術を考え、電卓をはじいて、勝算ありと踏んで店を始めても、想定外のことは必ず起きます。僕も、どうやって運転資金を調達するか真剣に悩んだ時期がありました。でも「人からは絶対借りない」と決め、がむしゃらに働いて何とか乗り越えたんです。そのときは神様から「料理を続けていいよ」と言われた気がして、自信がつきました。

自身の料理スタイル

 おいしさの本質を追求するために、これまで学んだ技術やアイデアで、いかに素材を最大限活かせるか考えています。コースは、1本の映画を見るように、10皿の起承転結を楽しんでいただきたい。帰りの電車で、一緒に食事をした人と感想を語り合う時間も含めてプロデュースしたいと考えています。

成長につながった成功や失敗

 2019年には2店舗を新規出店するなかで、人を雇うということについての難しさを痛感しました。特に感じたのは、「自分ができた努力や働き方を、今の若いスタッフもできると思うのは間違いだ」ということ。朝から晩まで料理について考えられる人もいるけど、そうでない人もいるということを認め、彼らをどう活かし、チームとして同じ方向を向けるようにするのか。コミュニケーションの方法も含めて、より真剣に考えるようになりました。

日々、習慣にしていること

 夜、決まったコースを2時間かけて歩くようにしています。最初の1時間は、その日あった嫌なことや消化できなかったことに向き合い、負のエネルギーを次の日に持ち越さないための時間。残りの1時間は、メニュー開発などのアイデアを練るクリエイティブな時間として使っています。店にはスタッフが、家には家族がいて、1人になる時間が意外と少ないのがその理由です。そういう時間を作ることで、何かを生み出そうという意識も働きますし、歩くことでリフレッシュにもなります。

スペシャリテ、自慢の一品

「鳩のロティ」。ローストしたムネ肉と網焼きしたモモ肉の食感の違いが楽しめる。下に敷いてあるのはレバーのピューレ。仕上げにガラムマサラとポルチーニ茸のパウダーを上からかける

 個人的に大好きなハトの肉を使って、一番おいしい食べ方を追求したのが「鳩のロティ」です。しっとりとしたムネ肉のローストと、皮付きモモ肉の網焼きで、異なる食感を楽しめます。ムネ肉の皮には塩麹を塗って焼くことでパリパリに仕上げ、食感を強調。風味付けとして、ガラムマサラとポルチーニ茸のパウダーをかけています。

座右の銘、好きな言葉

 好きな言葉は「幸せの分母を増やす」。お客様はもちろん、スタッフも含めて、料理を通してできるだけ多くの人を幸せにしたい。「sio」は席数が少なく、単価も高めなので、客数も客層も限られる業態です。昨年、「sio」よりも席数が多く、カジュアルな「o/sio(オシオ)」(東京・丸の内)を出店した理由も幸せの分母を増やすため。同時に、スタッフが育ち、活躍する場所を増やすことにもなる。「sio」も含めて、僕がいないと成立しない“レストラン鳥羽”にはしたくないので、少しずつ料理を任せるようにしていて、それが会社の成長やスタッフの幸せにつながると考えています。

趣味や休日の過ごし方

 休日や空いた時間は、家族や仲間とファミリーレストランに行くのが好きです。子どもが初めてナイフやフォークを使うのもファミレスだったりしますし、食のリテラシーの根幹にかかわる業態。老若男女に愛される、究極のレストランのかたちだと思います。

目指す料理人像

 “誰のために、何のために料理を作るのか”を大切にして、もっと幸せの母数を増やしていきたい。昨年、「ミシュランガイド東京2020」に掲載して頂きましたが、そこがゴールでなくまだまだ目指すところは先にあります。今の自分たちだから表現できることをしたい。例えば、ミシュランシェフとして、ファミレスを作るのも1つの夢。幸せの分母を増やしながら色々な課題に取り組めたら最高ですね。

2020年の目標や予定

 昨年は、初の店舗展開に着手し、都内に2店舗をオープンしました。「o/sio」は、丸の内にはないタイプの新しい食堂を作ろうというコンセプト。「純洋食とスイーツパーラー大おおはし箸」(東京・渋谷)は、老若男女が楽しめる古き良き洋食を提供したいと作りました。2020年は、11月に2店舗をオープンさせる予定。1つは東京・青山に、クラシックをリスペクトしつつ“青山で今やるべき料理”を出す客単価3万円のフレンチ。もう1つは奈良にカウンタースタイルのすき焼きの店を作ります。すき焼きは、伝統料理である1方で、あまりアップデートされていない印象があります。カウンタースタイルにすることで、新しい可能性を提示できるんじゃないかと考えています。

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「Bisteria Satollo」オーナーシェフ 佐藤 猛

フレンチとイタリアンを融合し、“ビステリア”の魅力を形に

佐藤 猛(さとう たけし) 1982年、京都府生まれ。京都のイタリア料理店で7年修業後、京都・伏見の熟成肉専門店「中勢以」(現在は「京中」)で肉全般の取り扱いを学ぶ。東京・世田谷のフレンチ「La Butte Boisee」、フランスの三つ星レストラン「Flocons de Sel」などを経て、「中勢似 内店」(東京・茗荷谷)では、シェフとして「ミシュランガイド東京」一つ星を獲得。2018年、東京・自由が丘に「Bisteria Satollo」オープン。
Bisteria Satollo(ビステリア サトッロ)
東京都目黒区自由が丘2-14-19 夢のパラダイスⅡ 2F
https://r.gnavi.co.jp/8gsbm2cr0000/
東京・自由が丘駅から徒歩約4分の立地に2018年7月オープン。オープンキッチンで活気があり、カウンター席もある。ワインはフランス産を中心に100種ほどラインナップし、ペアリングは3,000円からとリーズナブル。

料理人を目指したきっかけ

 小学生の頃、休日になると料理を作ってくれた父の姿が特に印象的だったのを覚えています。炒飯などの簡単な料理でしたが、キッチンにいる父は格好よく、兄もアルバイト先の飲食店の制服を着て自宅で料理をすることもありました。家族で食卓を囲むひと時は、とても幸せな時間で、自然に「人を幸せにする料理人になりたい」という想いが芽生え、「高校へ行かずに料理人になる!」と考えたほどです。

 高校入学後は飲食店でアルバイトを始め、2年生の後半から調理師専門学校を卒業するまでの2年半は、オステリアを謳うイタリアンで働きました。専門学校卒業後の進路をイタリアンに絞り、2店舗目のリストランテでは、スーシェフを任されたものの、食べ歩きをしているうちに、イタリアンの店では何を出されても食材や調理法がわかるのに、フレンチでは疑問ばかり。そこでフレンチも学びたいという気持ちが湧き、フレンチの名店「La ButteBoisee」(東京・世田谷)で学んだのち、その店のオーナーの紹介で、フランスの三つ星レストランで修業する機会も得ました。

独立の経緯と独立で重要だと思うこと

 料理人は、誰しも独立を夢見ると思います。私も20代後半での独立を考えていましたが、27歳でイタリアンからフレンチへ舵を切り、30歳目前でフランスに渡ったため、独立よりもまずはフレンチの勉強に専念しました。帰国後は、熟成肉専門店の新業態、〝食べられる中勢以.(飲食事業)の立ち上げに携わったり、様々なフレンチの店で働く中で、チャンスがあれば独立したいという想いを温め続けていたところ、2018年、37歳の時に突然チャンスがやってきました。当時勤務していた店舗が閉店することになったため、以前働いていた店がある東京・自由が丘で勤務先を探しているとき時、「人気店が移転するので物件が空くから、そこで店を開いたらどうか」と独立をすすめられたのです。物件はビルの2階ですが、前の店の実績があり、この場所なら、と判断しました。また、「家賃が高すぎないこと」「造作譲渡と残余物譲渡が受けられること」「気心知れたスタッフが働いてくれること」の、1つでも欠けたら独立はしないと決めていたことがすべてクリアになり、後に引けなくなってしまいました。物件を見てから独立を決意するまでは、2週間ほど。オーナーシェフとして独立したので、経営者でもあり、独立後は決まった給与が入るわけではなく借金を背負うこともあるので、リスクも大きい。常に経営者の視点を持つことと、自分の信念をぶらさないことが大事だと思います。

 独立前に勤務してきた店の家賃や経費、売上は把握していたので、自分の店でも、各種経費を払ったうえで利益を出すには、いくら売上が必要かをきちんとはじきだし、客席数と稼働率を計算したうえで、コースとアラカルトの価格を設定しています。

自身の料理スタイル

 店名に冠した造語、「Bisteria(ビステリア)」のとおり、フレンチの「ビストロ」とイタリアンの「オステリア」の“いいとこどり”です。基本的にはフレンチをベースにしつつ、コースの温菜のポジションでパスタを提供している点が特徴で、イタリアンとフレンチの垣根はありません。お客様から、コース料理もワインペアリングも「コストパフォーマンスがよい」という言葉をいただくことも多いのですが、パスタを組み込んだのは、原価を調節しやすいという面もあるほか、私自身、食事は365日パスタでもいいというほど好きというのもあります。長くイタリアンで修業した後、フレンチの勉強もした経験を活かして、今後はこの「Bisteria」の可能性を追求していきたいですね。

自分の成長につながった成功や失敗

 自分を活かせる環境を求めて、数多くの店で経験を積んできました。プラス面は学び、マイナス面は反面教師としてきたので、ムダな経験は1つもありません。失敗したと思ったこともありません。すべてが成長につながっています。なかでもフランスに行った経験は非常に大きく、本場の雰囲気と空気に触れ、様々な発見と気づきがありました。海外に行きたいなら、若いうちにぜひチャレンジしてほしいですね。成功という点では、私はまだ成功したとは思っていません。あえていうなら、常連さんが1人でも増えることが成功だと思います。

日々、習慣にしていること

 仕事上でのルーティンを崩さないことです。例えば、ランチのオープンの12時から逆算して、毎日必ず10時にパン生地をこね始めます。やるべきことの時間が1つでもずれると、どこかにひずみが生まれ、それが営業に影響してきます。そして、お客様にご満足いただけないことにつながり、結果、リピートが望めなくなると考えています。

スペシャリテ、自慢の一品

「Bisteria Satolloを丸ごと楽しめるコース!」は5,000円。前菜、パスタ、魚料理、肉料理、デザート、ドリンクの全6品。佐藤氏のこだわりが凝縮されている

 どの料理も自信を持ってお出ししているので、すべての料理がスペシャリテです。しいて挙げるならば、店を知っていただける5000円のおまかせコースでしょうか。料理の起承転結を考えて組み立てており、魚料理がクリーム系であれば、パスタはトマト系かオイル系にするなど、味もかぶらないよう配慮しています。また、ソムリエの資格も持っているので、それぞれの料理とワインのペアリングにも力を入れています。

座右の銘、好きな言葉

 「笑顔」です。「笑」という字が好きで、自分が笑顔になれる環境があれば、お客様にも笑顔になっていただけると思います。

趣味や休日の過ごし方

 今は店を軌道に乗せることが最優先ですが、時間を見つけてはジャンルを問わず、妻と食べ歩きをしています。

目指す料理人像

 経営者としても料理人としても、「人を育てられる」存在でありたいです。人を育てることは得意ではないのですが、今後、収益を高めるには、多店舗展開も選択肢の1つ。そういう意味で、他店の経営者には常に注目しています。

2020年の目標や予定

 オープンから1年半が経過し、常連のお客様も増えました。私の考える常連とは、頻繁に来店されるお客様というよりは、フランス語で言う「ソワニエ」。当店を気に入り、記念日などに利用してくださるだけでいいのです。今、提供している料理のクオリティを守り続けていくことと、最初の一皿をスピーディにお出しすることなど、食べているときも、食べ終わった後も、お客様の満足感や幸福度を高めていくことができれば、自然と「ソワニエ」になっていただける。

 今年1年は地に足を付けて、そんな「ソワニエ」を増やしていきたいと思っています。

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「aca 1°」オーナーシェフ 東 鉄雄

スペイン料理のけん引役になり、若い人たちの目標になりたい

東 鉄雄(あずま てつお) 1978年、岡山県生まれ。京都で育ち、家業の自動車部品商社に就職。25歳で一念発起し、料理の世界へ。京都の老舗スペイン料理店「ラ マーサ」で9年間修業し、スペインで本場の料理を学んだ後、独自のスペイン料理を追求すべく2013年に「aca 1°」で独立。伝統的なスペイン料理に独自のアイデアを加え、2017年から毎年ミシュラン一つ星を獲得し続けている。
aca 1°(アカ)
現在、京都(烏丸御池)から東京(日本橋)への移転準備中
http://aca-kyoto.jp/
古典的スペイン料理に独創性を加えたモダンスパニッシュ(昼夜ともにコースは2万円~)を提供。「aca」(スペイン語で「こちら」)には情熱の国スペインのカラー「赤」の意味も。今年1月で閉店し、東京への移転準備中。
※写真は京都店(2020年1月末で営業終了)

料理人を目指したきっかけ

 20歳のころ、海外で何か仕事がしたいと考え、留学資金を稼ぐため、京都の中央市場でアルバイトをしていました。その時、多くの料理人の方と接したのですが、とにかく恐くて粗野な印象が強く、「料理人にはなりたくない」と思っていました。一方で、一人暮らしやその後の海外留学では自炊する機会が多く、友人などに料理を作って喜んでもらう楽しさを感じていました。そんななか、母が亡くなったことから帰国し、家業の自動車関係の仕事を手伝うことに。ただ、どうしてもそれを一生の仕事とは考えられず、自分の好きなことで手に職が付けられるものと考えて浮かんだのが、以前は「なるまい」と思っていた料理人の道だったんです。

 このときすでに25歳。10代から修業している人も多いなか、スタートの遅い自分が勝負するなら、当時の日本でそこまでメジャーでないジャンルでと考え、スペイン料理を選びました。修業先は、実際に食べに行って味に魅了された京都のスペイン料理店「ラ マーサ」。9年間勤め、料理を基礎から教えていただき、統括マネジャーとして店舗運営にも携わりました。

独立の経緯と独立で重要だと思うこと

 「ラ マーサ」時代、会社のスペイン研修で出合った独創的な料理に衝撃を受けたのが独立のきっかけです。食べ手に驚きを与える料理を目の当たりにして、一皿ごとのクオリティにこだわったコースを提供したいと考えるようになりました。しかし、「ラ マーサ」はアラカルトが主体で、クラシカルな料理が売りの店。自分のやりたい料理について会社と話し合いを重ねた結果、背中を押してもらうかたちで独立を決意しました。そして、独立に向けて最新のスペイン料理を勉強すべく、妻と子どもを置いて3カ月間スペインに行き、星付きレストランで分子料理などを学びました。ただ、最新の技術は素晴らしいと思う反面、素材のよさを引き出すという点では、日本の飲食店もまったく劣っていないと実感しましたこの経験から、見た目や演出のオリジナリティよりも、食材のよさを活かすことを追求しようと、ビジョンも固まりました。そして、35歳で満を持して京都の烏丸御池に「aca 1°」をオープンしたんです。

 それから約6年。ここ数年は数カ月先まで予約が埋まるようになりましたが、最初は予約が入らず苦難の連続でした。その経験を踏まえて重要だと思うのは、全方位的に店のバランスを見て、足りない部分、改善すべきところを見極めることです。私の場合、修業時代に店舗統括のポジションもさせてもらえていたので、その辺の経営感覚は多少なりとも養えていたと思います。

自身の料理スタイル料理

 スタイルの原点は、修業時代のスペイン研修で食べた独創的な本場の料理。「aca 1°」で提供しているコースでは、パエリアやアヒージョなどの定番メニューから、分子ガストロノミーの要素を加えた料理まで、バリエーションも意識しています。

成長につながった成功や失敗

 「ラ マーサ」ではコースを手がけたことがなかったので、独立当初、コース構成などは手探り状態でした。「お客様を満足させたい」「様々な料理を食べてもらいたい」という気持ちが強すぎて、料理数が15品にもなり、お客様が食べ終わるのに3時間半かかったことも。あるとき、お客様から「量が多いよ」と指摘され、独りよがりになっていたことに気づかされました。

日々、習慣にしていること

 営業前は何も食べないようにしています。調理中に味を見る際、直前に食べた料理の影響を受けずに、ニュートラルに判断したいからです。空腹で来られるお客様と同じ感覚で味を確認したいという想いもあります。

 また、週2~3回、京都の大原にある契約農家さんの畑に行くのも習慣にしています。自宅から車で20分ほどですが、1人で考えごとをするためのちょうどよい時間です。畑では一般の流通に乗らない間引き菜や珍しい野菜にも出合え、新たな料理のヒントが転がっていることも多いです。

スペシャリテ、自慢の一品

オープン当初から人気のスペシャリテ「毛ガニのパエリア」。カニの身のほか、イカ、ホタテなどを使い、シンプルに食材のよさを堪能できる

 オープン当初からのメニューの1つが、春に提供している「毛ガニのパエリア」です。毛ガニをメインに、イカ、ホタテ、タマネギ、トマトなどを使用。カニは身をきれいにほぐして使い、残ったガラを使ったスープと野菜のブイヨンで炊き上げ、カニの香りを強調しています。メインの食材であるカニにスポットが当たるよう、具材は数を絞り、その分、スープに手間暇をかけています。パエリアは看板の1つでもあるため、12~13種類のバリエーションを用意。兵庫・津居山産の松葉ガニや香箱ガニのほか、のどぐろやアワビ、太刀魚、サンマ、アナゴなど、季節の食材を使うようにしています。

座右の銘、好きな言葉

 「チャレンジ」です。小学5〜6年生のときの恩師から「何にでもチャレンジできる人間になってほしい」と言われたことが頭に残っていて、困難にぶつかったときに「チャレンジしているか」を自分に問うようにしています。この言葉が心のどこかにあったから、スペイン料理という未知のジャンルに飛び込み、独立まで果たせたのかもしれません。独立後、その恩師が「頑張ってるみたいだな」と来店してくれたときはうれしかったですね。

趣味や休日の過ごし方

 プライベートで大切にしているのは、お風呂にゆっくり浸かる時間です。温度はやや高めの44℃ぐらい。お気に入りの入浴剤を入れて、1時間ほど湯船に体を預けていると、サウナのようにしっかり汗を出すことができ、心身ともにリフレッシュできます。

目指す料理人像

 日本では、スペイン料理の業態のなかでバルだけが急激に増えましたが、一過性のブームになってほしくない。もちろんバルもあっていいし、当店のような高級業態もあっていい。もっとスタイルや価格帯のバリエーションが増えてほしいですね。微力ですが、そのけん引役になれればと思っています。また、「aca 1°」で働くスタッフにも将来は独立をして、成功をつかんでほしい。彼らが目標にしたいと思うような料理人になっていきたいです。

2020年の目標や予定

 これまで京都で続けてきた「aca 1°」を1月末で閉め、6月から東京・日本橋で新たにスペイン料理の店をオープンする予定です(屋号は未定)。当初は慣れ親しんだ京都市内での移転を考えたのですが、40代に突入し、今後の人生を考えたとき、東京で挑戦するラストチャンスだと思い、決めました。これまでのお客様は、7割が関西の方でした。東京では心機一転、新たなスタートとなりますが、まだ見ぬお客様との出会いを楽しみにしています。

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前進し続けるリーダーたちの覚悟と戦略(2) 外食業界、それぞれの挑戦

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「pesceco」オーナーシェフ 井上 稔浩

島原で自分らしい食の形を追及。将来に種を残せる料理人に

井上 稔浩(いのうえ たかひろ) 1986年、長崎県生まれ。調理師専門学校卒業後、大阪の寿司店を経て、島原で父親とともに居酒屋をオープン。28歳で自分がやりたい料理を求め、夫婦でイタリアン「pesceco」を立ち上げ、4年後、海沿いの現住所に移転。島原をはじめとする地場食材を活かした「里浜ガストロノミー」を打ち出し、「ミシュランガイド長崎2019」で一つ星を獲得する。
pesceco(ペシコ)
長崎県島原市新馬場町223-1
https://r.gnavi.co.jp/fud0rzrh0000/
昼は有明海を望むテーブル2卓8席、夜はオープンキッチンのカウンター6席(写真)のみで営業。コースは昼夜ともに14,000円と8,000円。店名は「pesce」(ぺシェ/イ「夢見るアワビ」。長崎産の陸上養殖アワビの上に、昆布とマリネしタリア語で魚)と、景子夫人の「子」を合わせた造語。

料理人を目指したきっかけ

 子どもの頃、長崎・島原で鮮魚店を営む父親と魚市場に行ったり、父の店から魚を仕入れている寿司店に連れて行ってもらうのが好きでした。お客さんが「おいしい」と食べているのを見ると、なぜか自分も誇らしく、うれしかったです。高校生の頃には、自分も父の魚を使って料理をしたいと思うようになりました。

 その後、調理師専門学校を経て、寿司店で働き始めましたが、わずか1カ月で退職。当時はまだ若く、「もっといろいろな経験がしたい」「ほかにいい場所があるはず」と思ったんです。それから約5年間は、いわゆる〝自分探しの旅.に出ました。飲食店で働いて資金を貯めては、沖縄やタイ、ベトナムなど国内外を巡りました。今思うと、地域色の強い場所を旅先に選んでいたので、その土地でしか食べられないものの価値に触れた時期でした。

 そんななか、23歳のときに父から「海鮮居酒屋を始めるから手伝わないか」と誘われ、島原に帰郷。父が刺身を担当し、私は専門書などを読んで様々な調理法やアイデアを勉強し、それを活かしたジャンルレスな創作料理に挑戦しました。その過程で、イタリアの多彩な魚介料理に魅力を感じ、もし自分の店を出すなら、イタリアンをやりたいと漠然と思うようになりました。

独立の経緯と独立で重要だと思うこと

 独立のきっかけとなったのは、2つの出会いでした。1つは地元のトマト生産者との出会い。「島原にこんなおいしいトマトがあったのか」と驚くほどの質の高さで、実際に畑にも行って生産者さんの想いに触れたことで、地元の食材をもっと活かしたいと思うようになったんです。もう1つの出合いが、当時、宮城・仙台にあったイタリア料理店「AL FIORE(アル フィオーレ)」での食事です。ここで提供している地場食材を活かした創作料理に感動し、自分も島原の食材を価値ある料理として提供することで、島原に人を呼び込み、生産者や地元を盛り上げたいと考えるようになりました。しかし、海鮮居酒屋で実際にやってみると、こだわるほどに単価が上がってしまい、地元のお客様が離れてしまいました。そこで、地元の方にも受け入れてもらいつつ、自分がいま島原でやるべき飲食店をと考えた結果、当初から目指していた“他県からでも足を運んでもらえる特別な店”へのファーストステップとして、2014年、カジュアルイタリアン「pesceco」を島原市内の商店街にオープン。徐々に認知度を高め、他県から通ってくれるお客様が増え始めたこともあり、次のステップとして、2018年、海沿いのロケーションが楽しめる現在の場所に移転したんです。

 独立するためには、知識や経営ノウハウも必要ですが、飲食店の場合、独立自体のハードルは決して高いとは思いません。むしろ独立した後、いかに変化し続けられるかが重要だと考えています。自分がやりたいことを中心に据えつつ、お客様のニーズなどを感じ取り、料理やサービスについて、常に昨日以上に発展・進化させていくことが、成功への道だと思います。

自身の料理スタイル

 島原で、「ここでしか味わえない、価値ある料理を作る」という考えから生まれたのが、「pesceco」のコンセプトとして掲げている「里浜ガストロノミー」です。私にとってのガストロノミーとは、「自然と文化の共存」。豊かな自然と、そこに寄り添い暮らす人々の“手”を介して届けられる恵みを、料理を通じて、海、川、山が連なる島原の里浜の文化として伝えていく料理を目指しています。島原で飲食店を運営するなかで、海洋資源の枯渇や漁業者の減少など、地方が抱える様々な問題を実感してきました。この状況を少しでも変えたいという想いを込めています。

成長につながった成功や失敗

 日々の営業が成功と失敗の連続です。特に、カウンターのみで営業するディナーは、対面でおもてなしをするので、お客様の反応が如実に伝わります。お客様が満足していないと感じたら、表情や言葉のなかから改善へのヒントを見つけられるよう心がけています。手応えを感じるのは、お客様の喜ぶ顔や同じ方から予約が入ったとき。わざわざ、遠方から何度も足を運んでくださるかたもいます。島原のような地方で客単価が1万円を超える店を続けるプレッシャーはありますが、それを力に変えて、成長していきたいですね。

日々、習慣にしていること

 あらゆる意味で、クリーンであることを心がけています。身だしなみや店内空間はもちろん、心や頭もクリーンにしておく。そうすることで、固定概念に捉われず、料理や食材の新しい発見に純粋に感動できる自分でありたい。また、先ほど変化し続けることが重要だと言いましたが、その変化に意味があるか、本当にやるべきことなのかを、常に自問するようにしています。

スペシャリテ、自慢の一品

「夢見るアワビ」。長崎産の陸上養殖アワビの上に、昆布とマリネして香りと旨みを移した青ダイコン、アワビの肝と黒ニンニクのペーストを添えた一皿。養殖のアワビが美しい海を夢見る姿を表現

 「夢見るアワビ」は、島原の陸上養殖アワビを使用した、島原の海と漁師へオマージュ的な一皿です。地酒で蒸したアワビを、その蒸し汁とアワビ自身が捕食するアオサノリでソースを作り合わせました。枯渇する海洋資源。それによる様々な悪循環が続く島原。「養殖」という選択をしないといけない現状を知って欲しい。「陸上に上がってしまった、アワビと漁師がいつか海に戻れるような仕事をしたい」。そういった想いから生まれた料理です。

座右の銘、好きな言葉

 文学者バーナード・ショウの「人生は自分探しではない、自分を創造することである」という言葉です。若い時に自分探しの旅をしましたが、そもそも自分は探すのではなく、主体的に創るものだという考えに今はとても共感します。自分が体験したことよりも、その体験から生み出すものに価値があるという意味だと捉えています。

趣味や休日の過ごし方

 カメラですね。家族との時間や季節で変わる島原の風景など、身近にある何気ない一瞬を撮影するのが好きです。

目指す料理人像

 地元に根を張り、料理やレストランを通して多くの人やものとつながり、次の世代への“種”を残せる料理人になりたいです。私たちが地方でのチャレンジをいま持続することで、「地方でもやれる」と思う人が増えて選択肢の1つとなったり、資源についても将来への種が残れば幸せです。

2020年の目標や予定

 大きな目標に向かって進むというよりは、お客様をもてなすという毎日の積み重ねを大切にしたいと思っています。また、地元の文化や歴史、自然を、より深く知るための時間をもっと作りたいと思っています。

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