八百屋×飲食店の「会話あり売り場マーケット」で、コロナ禍を強く生き抜く~株式会社一歩一歩 代表取締役 大谷順一氏~

東京・北千住を中心に「炉端焼き 一歩一歩」など多ブランドを展開する株式会社一歩一歩の代表取締役・大谷順一氏。修業時代から独立後の店舗展開、コロナ禍で始めた小売業の手応えなどについて聞いた。

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目次
八百屋でアルバイト→飲食業界へ。懐石料理店での修業が礎に
東京・北千住での店舗展開。テーマは“街づくり”から“社員の幸せ”へ
コロナ禍で始めた「飲食店での小売業」が予想以上にヒット!
今後も「小売×飲食」のハイブリッド業態を軸に地域を盛り上げる
「リーダー×一問一答」&「COMPANY DATA」

「小売業×飲食業」のハイブリッド業態の成功で、料理人の新たな活躍の場ができました

 東京・北千住を中心に「炉端焼き 一歩一歩」など多ブランドを展開している株式会社一歩一歩。代表取締役の大谷順一氏は、地元・亀有の八百屋でのアルバイトを経て、さまざまな飲食店で修業し、独立。その歩みとコロナ禍で始めた小売業の手応えなどについて話を聞いた。

――まず、飲食業界に入った理由を教えてください。

 高校時代、祖父が経営する八百屋で働いており、飲食店に野菜を配達していたのが飲食業に興味を持つきっかけでした。焼き肉店、居酒屋、ファストフードなど、さまざまな業態があって面白そうだなと感じたんです。そのころ、母が小さな和食の居酒屋を営んでいて、弟を連れて行って夕食を食べるのが日課でした。繁盛店でしたし、楽しそうに働いている母の姿を見て、飲食業にいいイメージを持ったことも後押しになり、高校を卒業したら料理の修業をしようと決意しました。

 飛び込んだ先は求人雑誌で見つけた懐石料理店。客単価3万円の高級店で、3,500円で思う存分飲み食いできた母の店とはあらゆる面で違うことに、就職してから気が付きました。厨房には厳しいオヤジさんがいて、怒られない日はありませんでしたが、本格的な日本料理の調理技術と社会人としての常識を叩き込まれたのは、今思えばありがたかったです。

 この懐石料理店には3年間お世話になり、その後は東京・東銀座の客単価1万5,000円の和食店に勤めた後、町屋のカジュアルな居酒屋で働きました。ここでは入店3カ月で料理長を任されることになり、無化調の手作りにこだわったことで徐々に売上が伸び、繁盛店になりました。その後、北千住の飲食企業で3店舗の出店や運営に携わり、徐々に北千住で独立したいという気持ちが強くなっていきました。そして、3年目に「1年後くらいに独立したい」と社長に伝えたところ、次の日にクビにされてしまったんです。理由は「このまま独立されたら、お客も従業員もあなたに取られてしまうから」。そんなつもりは全くなかったのに……。

 でも、クビになったことで逆に踏ん切りがつき、それまでぼんやり考えていた“独立”に向かって本気で動き出しました。物件を探し、どんな店がいいかを真剣に考え、初めて居酒屋を飲み歩きました。最初に勤めた懐石料理店で、全て手作りすることを学んでいたので、冷凍や化学調味料は使いたくないし、素材もいいものを使いたい。でも客単価は3,500円にしたい。それを実現するために選んだ独立1店舗目の業態が炉端焼きでした。

1974年3月、東京都生まれ。高校生から祖父が経営する八百屋でアルバイト。野菜の配達でさまざまな飲食店を訪れ、飲食業を志す。懐石料理店、居酒屋などで料理と経営の経験を積み、2007年3月、北千住に1号店をオープン。ドミナントで出店して街の活性化に貢献し、2014~2016年はNPO法人居酒屋甲子園の理事長を務める。2016年から出店エリアを拡大し、2020年から小売業にも参入

――2007年3月、33歳のときに独立。その後、着実に店舗を増やし、株式会社一歩一歩は北千住になくてはならない存在になりました。

 1店舗目の「炉端焼き一歩一歩」は、1年も買い手が付かなかった人気のない物件でしたが、すぐに繁盛しました。理由はいろいろあると思うのですが、1つ自信を持って言えるのは、温かい接客です。以前、買い付けに行った先の茨城の農家さんが、私たちが帰るとき、姿が見えなくなるまで見送ってくれたことがあり、「こういう温かい接客を自分たちもしよう」と、創業メンバーで語り合っていたんです。そういう姿勢を、街の人たちが認めてくれたから不利な立地でも繁盛店に成長したのだと思います。丁寧な接客が話題になってからは、北千住駅にある百貨店の従業員が、接客の勉強のために来店するほどでした。

 店舗展開については、当初から北千住に根を下ろそうと考えていて、“街づくり”をテーマに新しい業態を開発していきました。新しい店をどんどん作って、新しいお客様に来てもらって、北千住の街を豊かにする――。だから、炉端焼きの店がうまくいったからといって、同じ業態を展開するのではなく、寿司、おでん、カフェなど、さまざまな業態を作りました。業態開発でまず行うのは、店の「出口」の光景を想像すること。どんなお客様が、どんな顔をして帰っていったら、この店は成立するかを考えるんです。例えば、4店舗目の「にぎりの一歩」を出した物件は、午後8時以降になると誰も通らない真っ暗な裏路地でした。ここに客単価5,000円の威勢のいい寿司店があったら、カップルもファミリーも間違いなく満足して帰っていく。そんな光景が頭に浮かび「よし! 寿司で行こう」と決めたんです。実際に、このイメージどおりに、新しい店を出すごとに街が活気づいていくことがうれしく、やりがいになっていました。

 しかし、創業から10年近く経ったころ、自分たちの進めている“街づくり”が、スタッフ一人一人の成長や幸せにつながっているとは限らないと感じるようになったんです。1~2年に1店舗ずつ店が増えたところで、各店舗で働いているスタッフが見ている風景はそんなに変わりませんし、大きい刺激があるわけでもないからです。そんなときに知人からの依頼で沖縄の石垣島に出店したのが、6店舗目の「石垣島 一歩一歩」。この出店の際に、生き生きと出店準備を進める社員たちを見て、北千住の外に出店することも、新しい刺激や知見を得ることになると痛感し、それ以降は北千住にこだわらず、出店エリアを広げています。

――2020年以降、小売業に参入するなど、飲食店の新しいあり方を模索していますね。

 最初の緊急事態宣言で営業ができなくなったとき、多くの店はテイクアウトに注力しましたが、当社はやりませんでした。街の人の応援で一時しのぎの売上を立てるのは、“甘え”だと考えたからです。

 とはいえ、通常営業が困難な状況に変わりはありません。そんなとき、仕入れ先の魚屋さんから、「魚が売れ残って困っている」と聞き、当社の居酒屋「魚屋ツキアタリミギ」の店頭で売ることにしたんです。昼は魚屋、夜は居酒屋という新しい二毛作へのチャレンジでした。すると、これが想像以上にヒット。スーパーマーケットの売り場やレジで、店とお客様の会話はほとんどありませんが、料理人が売ることで「この魚はこうやって調理するとおいしい」といった話ができます。すると、お客様が翌日に「教わった通りに作ったらすごくおいしかった」と再来店してくれるようになったんです。料理人が新しい形で人の役に立てると実感し、この「会話あり売り場マーケット」こそ、私たちがコロナ禍で生きる上での強みになると気付いたんです。

 そこで、魚に続いて野菜の販売にも取り組みました。スーパーマーケットなどでは粗利率はどの野菜もほぼ一律ですが、同じ土俵で戦ってもメリットはありません。飲食店が料理ごとに原価率を変え、トータルで利益を出せる価格構造にしているのを野菜の販売でも踏襲することにしたんです。具体的には、ダイコンやキャベツなど毎日使うような野菜の価格は安く(原価率を高く)設定。一方で、旬の野菜や珍しくて調理しなれない食材は価格を高く(原価率を低く設定)しつつ、料理人が調理法など情報という付加価値を付けて販売することに。小売業と飲食業のいいとこどりのスタイルですね。

 こうして、2021年5月にオープンしたのが「まる一青果」。野菜やフルーツだけでなく、サラダやドレッシング、フルーツサンドやタルト、スイートポテトなどを店頭とイートインで販売する店です。店名は私がアルバイトをしていた祖父の八百屋「丸一」から取りました。私が八百屋のアルバイトで培った目利きで葛西市場からよい青果を仕入れ、飲食店の調理技術を最大限生かした商品を販売する新業態です。いざオープンしてみると連日盛況で、特にフルーツサンドは1日1,000食も売れる人気に。依頼を受けて駅前の商業施設にも期間限定で出店しました。

 一方、コロナ禍で新規出店した、足立区役所にある展望レストラン「食堂ソラノシタ」(2020年6月オープン)、「千寿一歩一歩 msb田町店」(同9月オープン)も、ランチを中心に地元の方々で予想以上ににぎわっています。

2021年5月にオープンした「まる一青果」。野菜やフルーツ、サラダ、ドレッシング、フルーツサンド、タルト、スイートポテトなど、飲食店の調理技術を生かした業態。店頭販売のほか、イートインスペースもある

――コロナ禍において人材育成で力を入れていることは?

 育成においては、従業員とのコミュニケーションが重要だと思っていたので、研修や試食会を毎月行い、年に1回社員の表彰などを行う「一歩一歩アワード」を開催してきました。この2年間、そうした取り組みがほとんどできなかったことが、反省点です。

 実際、社員が7人退職したのもコミュニケーション不足が原因の1つだと思います。彼らは飲食業界の未来が不安になったのでしょう。その不安を解消することが私の仕事だったのに、新店舗や新事業に注力するあまり、ほとんどビジョンを語れなかったのです。未来を語ることの大切さ――。これもコロナ禍で気付かされたことです。今は店舗ごとに毎月1回、社員全員で「未来ミーティング」を開き、スタッフ自身の成長・幸せにつながるような店舗展開や新事業など、ワクワクする未来を共有するようにしています。

 今の一番のモチベーションは、社員が幸せになること。こんなに飲食業界が痛めつけられて、離れる人もいて、それでもなお自分が働き続けるのは、社員に幸せになってほしいからです。給料アップや労働環境の改善は必須ですが、誇りを持って働ける店にするためには、今までのようなトップダウンではなく、社員主導の組織がどうしても必要です。後継者の育成のためにも、社員が成長できる組織にしていこうと考えています。

2017年から毎年社員表彰などの場として行っていた「一歩一歩アワード」。コロナ禍で開催ができない状態が続いているが、「何とか今年から再開したい」と大谷氏は語る

――これからの展望を教えてください。

 この先2年間は、飲食店単体で出店するつもりはありません。手応えをつかんだ小売業を発展させ、10月に足立区西新井に60坪の生鮮3品を販売する市場を開きます。その次は新鮮野菜の小売店と天ぷら業態をミックスした業態を構想中です。落ち着いた空間で熟練の職人が丁寧に揚げる高級感のある店にしつつ、価格はリーズナブル。ランチは豪華な天丼にして、野菜を買いに来た主婦が、ついでにゆっくり食事をできる店にしたい。こういった組み合わせは、「魚屋×飲食店」「肉屋×飲食店」など、いろいろ展開ができると考えています。

 また、コロナ禍を踏まえて、これからの時代を考えたときに、地域の人たちの生きる喜び、暮らす喜びに、飲食店がどう関わるのかがリアルに問われている、と感じています。当社も、食を通じて地域の子どもたちの役に立つために、2021年6月から「食堂ソラノシタ」で「子ども食堂」を開始しました。この取り組みに対して地域の人が寄付をしてくれたり、高校生がボランティアをやらせてほしいと申し出てくれたりして、地域とのつながりが豊かに広がっています。こうした取り組みも含めて、「この店がここにあって本当によかった」と思ってもらえる店であり続けたい。ファンの皆さんにずっとファンでいていただくために、力を尽くしたいと思っています。

リーダー×一問一答

■経営者として一番大切にしていること
直感

■愛読の雑誌や書籍、Webサイト
「東京カレンダー」「dancyu(ダンチュウ)」

■日課、習慣
野菜、鮮魚の仕入れ

■今一番興味があること
無し

■座右の銘
お金に頭を下げるな、お客様に頭を下げられる人間であれ

■尊敬している人
祖母

■最近、注目している店舗・業態
無し

■COMPANY DATA
株式会社一歩一歩
東京都足立区千住3-35シルクビル201
https://ippoippo.co.jp/
設立:2007年
ブランド・店舗数:7業態・14店舗(直営11店舗・FC3店舗)
従業員数:139人(社員46人)