Vol.159
簡略化の道を極めるか、好奇心を刺激する道を進むか
パート・アルバイトがなかなか集まらない。採用できても、すぐに辞めてしまう。100人の外食経営者がここにいたら、99人はこの悩みを抱えている、というのが実情ではないでしょうか。この悩みへの解答は2つあります。
一つ目の解答は、仕事を極限までシンプルにする。そして3時間のレクチャーと指導を受ければ、一人前に仕事をこなせる仕組みを作ることです。この道を突き進んでいるのが、コンビニグループです。採用したら即戦力になる。チェーン間で、その簡略化への猛烈な競争が行われています。しかし、即戦力になる代わりに、1年経っても同じことをやっています。辞めたら別の人が穴を埋め、また即戦力となる、この繰り返しです。
もう一つの解答は、これと真逆です。仕事をマスターするには時間がかかります。自分で考えて、スキルを身に付けるようにしないと戦力にはなりません。その代わり、ワクワクします。仕事が面白くなっていきます。
さあ、どちらの道を進みますか。業種と業態(商売の中身)によって、採るべき道は違ってきますが、パート・アルバイトの定着率を本気で上げることを目指すのであれば、私は後者を勧めます。
しかし、お断りしておきますが、パート・アルバイトの誰もがこの道を進みたがっているわけではありません。いやむしろ、前者を希望する人の方が多いでしょう。店の方が、「替わりの人の補充ができますから、いつ辞めていただいても結構ですよ」と言っているわけですから。
それでも繰り返しますが、私は後者をお勧めします。難しいけれども楽しい。そして、一定期間経った後は何かしらの技能が身に付いている。以前の自分とは違う、そちらの方がやる気が出ますし、長続きします。つまり、定着率が上がるのです。後者の道を選ぶのであれば、店(店主)の方にも覚悟が要ります。
毎日毎日、新しいことを段階的にマン・ツーマンで教えなければなりませんし、パート・アルバイトに「難しいけれど、毎日が楽しい」と思ってもらわなければなりません。平たく言えば、後者は店側がパート・アルバイトの好奇心を引き出すプロでなければならないのです。
好奇心に火をつけよう、学ぶ機会を与えよう
ある日本料理の企業の例をご紹介しましょう。客単価5,000円のチェーンです。
現在は行っていませんが、この会社では各店で、先生をお招きして茶道、華道、着付けの教室を月に1回開催していました。当初は正社員を対象としたものでしたが、この教室にパート・アルバイトも参加してよいことにしたのです。いずれの教室に参加してよい上に、友人(1人まで)も参加させてもよいことにしました。実に面倒なことをはじめたものですが、パート・アルバイト(特に女性)からの評判が、すこぶる良かったのです。
自由参加ですから、参加しても参加しなくても待遇が変わるわけではありません。しかし、離職率に歴然たる差が生まれました。当然のことですが、教室に参加しているパート・アルバイトの定着率が高かったのです。さらに副次的効果があって、教室に参加した友人もその店で働くことを希望するようになりました。応募者が増えたわけです。
茶道、華道、着付けの初歩をマスターしている人は、自信もつきますから当然、サービス力が上がります。もっとレベルの高いサービスを身に付けようという、意欲も湧いてきます。お店にとっても、得るところが大きかったのです。面倒なことをやっただけの甲斐があったのです。
別の会社の話をしましょう。
ピザとパスタを中心にした、プリフィクス料理が主体のある郊外型イタリアンのチェーンでは、パート・アルバイトに2週間で、ピザ窯でピザが焼けるようなカリキュラムが組まれています。もちろん、2週間でパスタも茹で上げられ、完成品が作れるような訓練マニュアルもあります。細かい時間、動作の指定があり、正社員による個別の指導がなされますが、限定的ではあるもののプロと同じレベルの料理が作れるようになるのです。
「そんな面倒なことをやっていられるか」と、パート・アルバイトの離職率が高まるかと思いきや、全く逆の結果が出ています。定着率が高まるどころの話ではありません。さらに上を目指すパート・アルバイトが増え、この会社の新規採用者の実に半分!が、パート・アルバイト出身者なのです。ここに到達するまでには、さまざまな困難が待ち構えていましたが、このチェーンは今や年間8店の出店ペースで成長をし続けています。
パート・アルバイトを正社員候補として指導・教育し続けているのが、すごいところです。その社長に、成功の理由を伺うと「好奇心に火を付けること」そして「どうしても君に入社してもらいたい、という会社の意欲を強く伝えること」という言葉が返ってきました。結果として、パート・アルバイトが会社の成長の原動力になったのです。
ここまではやれない、という店主もおられると思いますが、週1回の料理教室は効果があります。基礎的な調理を少しずつ、小出しに教えていくのです。各種包丁の持ち方、使い方、研ぎ方、コーヒーマシーンの使い方、スパゲティの茹で上げ方、それをきちんと教えていくのです。
今どきの若者が信じられないほど、何もできないことを思い知らされますが、それはそれで一つの発見です。一方、レクチャーを受講するパート・アルバイトは、興味津々(きょうみしんしん)です。そして、次の教室が楽しみになり、料理そのものへの興味が広がります。
何よりも、教える側が勉強になります。当たり前にやっていたことを教えるということが、いかに大変であるかを思い知ることになります。また、教えることによって、自分の技能の欠落を知ることも、しばしばあります。
パート・アルバイトがオフの日に、家族や友人と来店してくれる店は、いい店です。店(あるいは店主)が慕われている証拠です。見どころのある店といっていいでしょう。チェーン店よりもむしろ個人店の方がパート・アルバイトと強くて長い絆が作れる可能性があります。仕事を辞めてからも、時にふらっと顔を出してくれる元パート・アルバイトがいるって、素敵なことではありませんか。店主の人の良さが伝わってきます。
パート・アルバイトを、店を回すための道具としてとらえるのではなく、一人の人間として接することが、大切なのです。パート・アルバイトの定着率がいっこうに上がらない店の店主(店長)は、まずは自分の胸に手を当てて考えてみることです。彼らへの接し方に根本的な間違いがなかったかどうかを。
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