2012/07/04 Top Interview

日本サブウェイ株式会社 代表取締役社長 伊藤 彰氏

サブウェイが日本に上陸したのは1992年3月。一時店舗数が減少したが、現在は国内で350店舗以上を展開中。躍進の背景には企業価値を掘り下げたブランドの再構築と外食産業として譲れない使命感があった

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人々の健康に貢献する新しいチェーンを創造

アメリカ発のサンドイッチチェーン「サブウェイ」が、日本に上陸したのは1992年3月。2003年には一時、店舗数の減少を経験したが、その後V字回復を果たし、今年6月末現在、国内で365店舗以上を展開中だ。力強い復調と躍進の背景にあったのは、企業価値を掘り下げたブランドの再構築と外食産業として譲れない使命感。日本サブウェイ株式会社代表取締役・伊藤彰氏に、社の理念と挑戦について話をうかがった。
日本サブウェイ株式会社 代表取締役社長伊藤 彰 氏Akira Ito1958年神奈川県生まれ。明治大学商学部を卒業後、1982年にサントリー株式会社(現サントリーホールディングス株式会社)入社。1986年 国際部レストラン事業部に異動、レストラン サントリー マドリード総支配人などを歴任。1998年日本サブウェイ株式会社に出向。取締役マーケティング部長、常務取締役営業部長を経て、2003年より現職。 2011年、外食産業で活躍した人を表彰する「外食アワード」を受賞。

「改革」をやめた瞬間から「風化」が始まる

今年4月、東京・赤坂見附に、サブウェイの新業態「ブレッド&野菜カフェ」がオープンした。こだわり続けてきた野菜とブレッドをさらに進化させ、"飲む野菜サラダ"をうたうスムージーや、3種のラスク、パンプティングなどの新商品を提案。同店のオープンは、2011年12月期に過去最高の売上を達成するなど、近年の好調にさらに弾みをつける、果敢なチャレンジに見える。

だが、伊藤彰・代表取締役社長は、表情を引き締める。「確かに一時期の停滞を脱し、好調と言われます。しかし、店舗数の増減というのは、時代によって波のあるものです。2015年までに国内600店舗を達成し、さらに1000店舗体制へという目標はありますが、今、我々が考えなくてはいけないことは、まだまだ当社が持っているアセット(資産)をお客様に十分伝えられていないという点なのです」と、冷静に現状を見つめる。

サブウェイのアセット。それは「野菜とブレッド」に集約される。「例えばブレッドは、油脂が少なくて口溶けのよい日本人向けのブレッドを各店舗で焼き、焼きたてを提供していますが、あまり知られていません。また、野菜は生産段階からしっかり農家さんと組んで、国産のおいしい野菜を使っています。そうしたサブウェイの価値を、どうしたらお客様に届けられるかを考えているわけです。『ブレッド&野菜カフェ』は、それを発信するアンテナショップであり、当社が常に取り組んでいる改革のワンシーンです」と語る。

2010年にオープンした「サブウェイ野菜ラボ 丸ビル店」では、店内でレタスの水耕栽培を行ない、取れたての野菜を楽しむ新しいスタイルとして「店産店消」を提案。野菜に対するサブウェイの並々ならぬ愛情を、美しいレタスの緑の葉に託して発信する。ほかにも、大阪府立大学とは植物工場で生産される野菜の機能性向上のための共同研究を行なったり、自社ホームページでは野菜の知識を科学(サイエンス)を通して楽しむ「野菜エンス」の情報を発信している。
「我々のようなチェーンは、常に改革を続けていかなければいけません。歩みを止めた瞬間から風化が始まります」と伊藤氏。多くのオーナーを持つフランチャイザーとしての責任と決意がにじむ。

V字回復の鍵は、業態の見直しとブランディング

1992年の日本1号の出店以来、1996年の150店をピークに減少に転じ、伊藤氏が社長になった2003年には93店にまで落ち込んでいたサブウェイ。それから2007年までの4年間、伊藤氏は業態の見直しとブランディングに取り組む。それは、決して平坦な道ではなかったはずだ。
「うまくいっている当社の店は、小規模店が多かったのです。お客様と近い距離で接し、店内はひと目で見渡せるぐらいの広さ。サブウェイはフランチャイズビジネスですから、オーナーさんにとって魅力のあるパッケージをどう作るかが不可欠のテーマでした」。

そこから伊藤氏による様々な実験が始まる。テイクアウト専門店、カフェの店、イージーオーダーのサンドイッチ店などを次々と試みる。だが――。「どの店も最初はよく売れましたが、少し経つと飽きられてしまいました。2年間やってみて、やはりサブウェイは、お客様の目の前でフレッシュなサンドイッチを作るところに価値があると確信しました。ここを徹底的に掘り下げていこう、そう決意したのです」。

その確信と決意が、ブランドの再構築につながる。「何のためにサブウェイはあるのか、どうしてサブウェイで仕事をするのか」を、オーナーや店舗スタッフとともにワークショップを行ない、突き詰めていったという。そうして生まれたのが、「環境に配慮し、人々のからだとこころの『健康』に貢献する新しいファストフード文化の創造」というブランドステートメントだった。これを揺るぎない核とし、さらに消費者に向けたアウターブランディングとして、「毎日に野菜をはさもう」「野菜のサブウェイ」というキャッチフレーズが完成。このシンプルなコピーが、折からの健康志向、メタボリックシンドロームの広まり、予防医学への強い関心などを背景に広く共感を獲得し、躍進への追い風となった。

地域の活性化に貢献することも外食産業の使命

自らも子供のころ、親戚の農家で農業体験を積んだという伊藤氏の目は、一層熱く野菜と農業に注がれている。
「野菜をこれだけストレートにうたう以上、野菜では絶対に負けられない」と、あらためて農家巡りから始め、固いパートナーシップを結んでいる。
「日本の農業技術はとても高いのですが、しっかりした"出口"、つまり安定した販売先がないために疲弊し、衰退の危機にさらされているところさえあります。それならぜひ、我々が出口となって、農業の再生と活性化に貢献しつつ、自社のブランド力の向上も図りたいと考えました。日本の農家、特に次世代を担う20代、30代の若い農家に育ってもらうことが、国の政策としても不可欠のはず。外食産業はその一翼を担えるし、そこが揺るぎない使命の一つだと思っています」。

また、現地と協力しての土壌改良にも積極的で、十和田石の砕石や孟宗竹を粉砕した竹粉などを使用した、化学肥料ではない新しい肥料の開発にも力を入れる。十和田石は海のミネラル分を、竹粉は納豆菌と乳酸菌を土壌に加えることで、よりおいしく栄養価の高い野菜に育てることができるそうだ。そうした様々な努力によって作られた野菜が、サブウェイのサンドイッチには使われている。

「従来は"生産者の顔が見える野菜"でしたが、これからは"語れる野菜"の時代です。土や水、栽培の仕方、それゆえに実現した独特の機能を持つ野菜たち…。新たな農業の時代を農家さんとともに作りたい」。そう語る伊藤氏が見つめる地平は、農業再生の明るい未来につながっているようだ。

Company History

(1965年、アメリカのコネチカット州で第1号店オープン)

1991年 10月

日本サブウェイ株式会社創設。
アメリカのサブウェイ社とマスターフランチャイズ契約を締結。

1992年 3月

2003年 10月

代表取締役社長に伊藤彰が就任

2008年 1月

キャッチフレーズ「野菜のサブウェイ」を発信

2010年 7月

「サブウェイ野菜ラボ 丸ビル店」をオープン

2011年 4月

大阪府立大学内に「野菜ラボ2号店」をオープン

2011年 9月

国内300店舗達成

2012年 4月

「サブウェイ赤坂見附店 ブレッド&野菜カフェ」(赤坂見附)をオープン。
6月末現在、国内365店舗を展開