2019/03/15 特集

飲食店×生産者 食のプロ クロスインタビュー 後編

テーブルの上の一皿、一杯でつながっている飲食店と生産者。普段は別々の場所で活躍する食のプロたちに、それぞれの仕事論や、飲食店と生産者とのよい関係について語っていただいた。

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「GEM by moto」千葉麻里絵氏 ×「新政酒造」佐藤祐輔氏

 異なる立場にありながら、テーブルの上の一皿、一杯でつながっている飲食店と生産者。普段は別々の場所で活躍する食のプロたちに、それぞれの仕事論や、飲食店と生産者とのよい関係について語っていただく企画。

 今回は、東京・恵比寿の日本酒バー「GEM by moto」の店主・千葉麻里絵氏と、「新政酒造」の代表・佐藤祐輔氏。独自の理論で日本酒の魅力を発信し、幅広い層から絶大な支持を集める千葉氏と、毎年新たなチャレンジを続け、酒造業界の未来を担う若手のリーダーである佐藤氏は、外食における日本酒の可能性をどう考え、何に取り組んでいるのだろうか。

GEM by moto 店主 千葉麻里絵氏
岩手県出身。学生時代に日本酒を多く扱う居酒屋でアルバイトをしたのが、日本酒との出合い。卒業後、システムエンジニアを経て飲食の道に進み、新宿の「日本酒スタンド酛」で経験を積む。2015年、恵比寿に「GEM by moto」をオープン。各地の蔵元と交流を重ねて得た深い知識と、化学的な理論に基づき、客の好みにぴたりと合う1杯を提案する技術に定評がある。イベントやメディアなどでも日本酒の魅力を発信している。
新政酒造 株式会社 代表取締役社長(8代目当主) 佐藤祐輔氏
秋田県出身。東京大学文学部を卒業後、編集プロダクションなどを経てフリージャーナリストとして活動。31歳のときに日本酒に目覚め、独立行政法人酒類総合研究所の研究生として技術を一から学ぶ。2007年に実家の新政酒造を継ぎ、以来「やまユ」「亜麻猫」「No.6」など、伝統的な製法を用いたオリジナリティ際立つ日本酒を次々と世に送り出してきた。業界に革新をもたらすニューリーダーの1人として注目を集める。
日本酒に恋して
日本酒のスペシャリスト・千葉氏の半生を描いたエッセイマンガ「日本酒に恋して」(主婦と生活社)が好評発売中。酒造りや今注目の日本酒情報も満載。最新の著書「最先端の日本酒ペアリング」(旭屋出版)も4月上旬発売予定。

化学的な知識を共通言語に交流を重ね、信頼関係を構築

──「GEM by moto」には、新政酒造がGEMのためだけに造ったオリジナル銘柄がありますね。新政の飲食店プライベートブランド第1号だとか。お二人の信頼関係の強さが伝わってきますが、交流のきっかけは?

千葉 10年近く前に、当時私が勤めていた「日本酒スタンド酛(もと)」に、佐藤さんが立ち寄ってくれたのが最初ですよね。

佐藤 東京出張の際にいつも泊まるホテルのそばに店があって、前から気になっていたんです。もともと僕自身は日本酒の一ファンとして酒造業界に入ったので、他社の酒を飲むのがとても好きで。店の表に好きな銘柄のラベルがたくさん貼ってあったので、ある日思い切って入ってみたんです。初めて会ったときには、千葉さんの熱心さに驚きましたね。

千葉 蔵やお酒についてお話しするなかで、日本酒に含まれる香り成分など、化学的な話もしたのですが、私のぶつける質問1つ1つに、佐藤さんは詳しく答えてくれて。それまでにも、日本酒の味わいを伝えるための基本知識として、セミナーなどで化学的な知識を勉強していたのですが、佐藤さんとお話しして、酒造工程と香りの関係など、イメージできていなかった部分がクリアになる感じがしました。それがご縁で、新宿の店にも新政のお酒を置くようになりました。

佐藤さんの新しい挑戦を追って、学び続けることが楽しい(千葉氏)

佐藤 千葉さんほど専門的に突き詰めて質問してきた人は、後にも先にもいませんね。それほど勉強熱心で知識もしっかりと備えた人に、うちの酒を扱ってもらえるのはうれしかったし、率直な感想をフィードバックしてもらえることもありがたかったです。

 昔から千葉さんは、日本酒の味や香りをロジカルにきちんと把握して、お客様に明確な言葉で説明したいんだと言っていましたよね。

千葉 そうですね。そもそも日本酒の味の表現としてよく使われる「辛口」や「フルーティ」といった表現一つとっても、人によって思い描く味は微妙に違っているので、その言葉だけで最適なお酒を提供するのは難しい。

 また、これは以前、私が日本酒の提供方法を勉強するために飲食店を回っていたときのことですが、お店の人にこちらの好みをいろいろ伝えても、なかなか飲みたいお酒を出してもらえなかったんですね。お客様の好みに合うものではなく、店側のおすすめを出しているだけのケースも多く、飲みたい味と違うお酒を提供してしまうミスマッチが日常的に起こっている。これでは、お客様は日本酒から離れていってしまうんじゃないかと危機感を抱きました。

 どうすればお客様の好みに沿った提案ができるかを考えて、自分なりに編み出したのが、化学的な知識を取り入れる方法だったんです。具体的には、日本酒に含まれる化学成分を頭に入れたうえで、その成分に対して、どういう表現をする人が多いかなど、データをコツコツ溜めていきました。一方で感覚的な部分も大事にしながら、日本酒の味・香りと、お客様の表現の関係を整理。それで少しずつ、どんな質問をすれば、お客様の本当の好みに近づけるかが見えてきました。最近では、それを「SAKEカルテ」というフローチャートにしてスタッフにも共有しています。

 店では、まずお客様の希望にぴったり合う味を提案することが大事。そうして信頼を得たうえで初めて、日本酒を好きになってもらえるし、こちらのおすすめや新しい味を提案できると思っています。

佐藤氏の説明にメモを取る千葉氏。全国の蔵を訪ね始めた頃から書きためたノートが何冊もあり、蔵に行く際には以前の記録を見返している

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