アメリカ発 NYの料理人は今、薪火料理に注目! 前編

アメリカ・NYではシンプルな調理法「薪火(まきび)料理」が話題となっている。地産地消の気運が高まり、地元産の食材を最大に活かそうとシェフたちが薪火に着目。その背景と実例を紹介する。

URLコピー

Vol.45

「真空調理」(下処理をした食材と調味液を袋に入れて真空密封し、加熱調理する調理法)や「分子美食学」(食材の変化の仕組みを分析・解明し、調理技術に活かしていく科学的学問分野)など、科学を駆使した調理技術が注目を浴びる昨今の料理界。しかしその流れと逆行するかのように、シンプルな調理法、薪火(まきび)での火入れがアメリカ・ニューヨークで話題となっている。薪火料理の基本は優れた食材。地産地消の気運が高まるこの街で、地元産の食材の味を最大に活かそうとするシェフたちが、薪火に着目しているのだ。薪火料理の人気の背景と実例を2回にわたり紹介する。

アメリカの地産地消主義の発展に貢献してきたアメリカ料理店「シェ・パニース」。アリス・ウォーターズ氏が1971年に開いた、旬の地元産オーガニック素材をテーマにした店だ
多様な用途を持つ薪の火は、鶏肉などの串のローストにもむいている。写真は薪火料理店「マス・ラ・グリラード」の「ハドソン・バレー産ウズラの串焼き」
photo by Mas La Grillade
現代アメリカ料理店「レイナード」の「フラットブレッド」(12ドル=約1,180円)。薪火で焼いた薄焼きのパンに、自家製燻製肉やルッコラ、ハーブなど地元産食材を盛り付ける

地産地消の高まりが、料理人を薪火へと向かわせる

ニューヨークではここ数年、薪火料理店が目立ち始めている。「薪火は素材の風味を最大に活かす」とシェフたちは異口同音に唱える。彼らはなぜ今、薪火に注目しているのだろうか? その背景には、アメリカ全土に広がる地産地消の高まりと、それに伴う食材供給システムの向上がある。

「アメリカ料理の母」と呼ばれるアリス・ウォーターズ氏。非営利団体「シェ・パニース財団」を通じて、地元産食材を基盤にした食生活の重要性を活発に提唱し、全米に大きな影響を与えている
photo by Chez Panisse

「地産地消」という言葉は、アメリカではアリス・ウォーターズ氏なしには語れない。1971年、カリフォルニア州バークレーにアメリカ料理店「シェ・パニース」(Chez Panisse Restaurant and Cafe)を開いた彼女は、大規模な機械生産による作物に対置される、地元生産者が生み出す優れた旬の産物の価値を見直すことを提唱した。以来、料理人および食の活動家として活躍する彼女の理念は40年余りを経て、アメリカ料理界に広く浸透し、全米各地でのファーマーズ・マーケット(地元農家の産直市場)の設立を促し、またオバマ政権下での食育活動の基盤ともなっている。

ファーマーズ・マーケットは、販売促進の余力がない小規模生産者と料理人や消費者をつなぐ場として重要な役割を果たしており、その存在価値は年々増す一方だ。2012年には、全米で前年比9.6%増の7,864のファーマーズ・マーケットが運営されている。またニューヨークでも、1976年に12の生産者が集まって始まったマーケットが、現在は54カ所、230の生産者のネットワークに発展し、青果から魚介、肉まで数多くの食材が販売されている。

例えばユニオン・スクエアに週4日立つ、ニューヨーク市内最大のマーケットを早朝に訪れると、多くのシェフが買い出しをする様子を見ることができる。マンハッタン南部にある現代アメリカ料理店「バック・フォーティ」のオーナーシェフ、ピーター・ホフマン氏いわく「機械生産の食材に比べ、多少価格が高くても、地元の小規模生産者が作る食材の品質は格別です。彼らはおいしい食材を作る使命感を持っている。それを調理する者として、強い責任感を感じます」。こう語る彼は、食材の味を活かすため、薪を使うスモーカー(燻製機)を多用しているという。
では実際、各店ではどのように薪火を活かしているのだろうか

アリス・ウォーターズ氏の現代アメリカ料理店「シェ・パニース」のオープンキッチン。同店でも薪火は重要な役割を果たす
NYのファーマーズ・マーケットにて。一般消費者の間でも地産地消が高まっており、NYでも食材本来の味を活かした料理を出す店の人気が高い。その中でも薪火料理は注目の業態だ
シェ・パニース・レストラン・アンド・カフェ(Chez Panisse Restaurant and Cafe)
1517 Shattuck Avenue, Berkeley CA 94709
http://www.chezpanisse.com/

専用機器を使い分け、薪火料理にさらなる独自性を

マンハッタンの南東部ブルックリンにある「レイナード」(Reynard)は、2012年5月にオープンした現代アメリカ料理店。オーナーのアンドリュー・ターロウ氏は、同店以外に3店舗の人気レストランを経営しており、納得のいく食材を各店に安定供給するために、2008年には精肉店まで開店したほど、食材の質に強いこだわりを持つ。そんな彼が「レイナード」のテーマに選んだのが、薪火調理だ。

「レイナード」のオープンキッチン。手前が薪火オーブン、奥が直火グリル。明るい炎が醸し出す温かな雰囲気もプラスポイントだ

「薪火はオーブンのように温度や時間をセットすることができません。火の強弱はその時々で変わり、火入れは自ずと不均一になる。でもそこが、薪火の魅力なのです。焦がし具合、燻し具合など、料理人の技量と個性がそのまま料理に反映されます」とターロウ氏。80席の店内は毎晩満席状態。それだけに、高温・短時間で調理ができることも、薪火の利点だという。

店内のオープンキッチンには、2つの薪火用調理機器がある。1つはオーブン。450℃程度まで温度が上がり、ピザのような薄いパンを焼いたり、鉄鍋で魚を丸ごと焼いたり、仔羊の脚肉をローストしたりと様々な調理が可能だ。もう1つは直火のグリル。肉・魚・野菜を炎の上で焼く。鴨や鯖など脂肪の多い食材は、薪の直火が臭みや脂っぽさを取り除くのに特に役立つという。さらにその隣では、窯から出した薪を置き、その上に網棚を設置して食材を載せてスモークしている。薪は、素材の風味を邪魔しない樫と市販の炭を併用し、温度の安定を図っている。

メニューは日替わりで、前菜5品(10~20ドル程度=1,000~2,000円程度)、メイン5品(20~30ドル程度=2,000~3,000円程度)、付け合わせ野菜2品が並ぶ。「鴨胸肉のロースト」(25ドル=約2,450円)は、胸肉をじっくりスモークした後、一晩寝かせて翌日、薪火のオーブンでローストしてから、直火グリルでカリッとした食感に焼き上げる。それぞれの工程で重ねられた、深い薪の風味が印象的だ。また「サヤインゲンのサラダ」(12ドル=約1,170円)は、生のインゲン豆を金属のカゴに入れて直火グリルにかける。ソースはグリルした焼きナスで作ったピュレ。さっぱりしたミントのドレッシングと和えて、重厚な薪の風味とのバランスを取る。

ターロウ氏は「薪火はガスや電気の調理と比べて割高ですが、苦労して仕入れた食材を、最高の状態でお客様に味わっていただくためには、必要なコストだと考えています」と話す。
次回は、さらに薪火を活かすNYの2店を紹介する。

薪火を使い、スモーク、ロースト、グリル3種の火入れをした鴨の胸肉。タラゴン(ハーブの一種)風味のクリームソースや付け合わせが、薪の香りをさらに高める
「レイナード」の店内。地元の小規模農家と密な関係を築き、優良な食材の確保に努めるが、小規模ゆえに一度の供給量が少なく、営業中にメニューが変わることも
photo by Reynard
photo by Reynard
レイナード(Reynard)
80 Wythe Ave. at N. 11th Williamsburg, Brooklyn NY 11249
http://reynardsnyc.com/x/

取材・文・写真/片山晶子

企画・編集/料理通信社

※通貨レート 1ドル=97.9円

※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。