ベトナム発 ホーチミンに本格和食ブーム到来 前編

近年、日本企業の進出が顕著なベトナム・ホーチミンでは、日本の人気和食店の出店が続き、本格的な和食ブームが到来。前編では、日本と変わらぬ味を追求して人気の3軒の和食店を紹介する。

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Vol.47

近年、日本企業の進出が顕著なベトナム。同国南部にある最大の経済都市・ホーチミンには、約4,400人の日本人が暮らしている(2011年外務省調べ)。またここ数年、日本の人気和食店の出店が続き、ホーチミンにも本格的な和食ブームが到来。現地紙によると、今では250軒以上の和食店が存在する。前編では、日本と変わらぬ味を追求して人気の3軒の和食店を紹介する。

和食レストランがひしめくホーチミンの繁華街に近いレタントン通り。日本人向けのアパートメントも多く、日本人街と言われる
日本の郷土料理を前面に打ち出した店も登場。焼酎などを豊富にそろえているのも魅力のひとつ
ベトナムで手に入る新鮮な魚を中心にした、豪華な刺身盛り合わせ。魚料理こそ本格和食に期待される味だ

ホーチミンに日本の讃岐うどんがやってきた!

2011年4月、ホーチミンに讃岐うどんと炭火焼の和食レストラン「えびす」がオープン。東京都内で人気の讃岐うどん店「野らぼー」と炭火焼鳥店「鳥ばか一代」の味が、ベトナムに居ながらにして味わえると、在住日本人の間で大きな話題になった。

「えびす」のコシのある「冷やしうどん」(67,000ドン=約320円)。日本から持参した大釜で茹で上げ、冷水で締めている

それまでもホーチミンには和食レストランはあったが、現地の料理人が作るベトナム人好みの甘めな味付けが多く、“日本の味をそのまま”という店は少なかった。だが、ホーチミン日本商工会に加盟している日系企業は年々増加し、現在では約560社を数える。在住日本人も増えていることから、質の高い和食へのニーズは高まってきた。

「えびす」の看板メニューである讃岐うどんは、「野らぼー」の味を再現したものだ。麺はオーストラリア産小麦を使用し、その日の温度や湿度を考慮しながら日本製の製麺機で仕込む。水の成分が日本とは異なるため、最初は苦労したそうだが、今では本店に限りなく近い独特のコシやもちもち感を再現している。日本から取り寄せた、いりこや特製しょうゆで作る出汁とのマッチングは、まさに日本の讃岐うどんだ。

「えびす」の登場以降、ホーチミンでは寿司やちゃんこ鍋、豆腐や焼肉など、日本の味に限りなく近い味を再現した和食店や居酒屋のオープンが続いている。在住日本人に限らず、ベトナム人や外国人も日本人の作る和食に接する機会が増え、そのおいしさに目覚めた人も多い。「えびす」でも、昼時には讃岐うどんのランチセットを楽しむベトナム人の姿が目立つ。夜は、もう1つの看板料理である焼鳥で酒を飲み、締めはうどんといった具合に、居酒屋感覚で利用する日本人客で賑わう。

オープン後、軌道に乗るとベトナム人スタッフに厨房を任せてしまう店も多いが、「えびす」では味の維持こそ店の要と考え、引き続いて日本人スタッフを配置。開店当初から「えびす」に常駐する氏家嘉宏氏は「日本の方と現地の方、どちらのお客様にも満足していただけるよう、味は絶対に気を抜けません」と語る。

炭火焼鳥(1本30,000ドン~=約140円~)は、ねぎま、手羽先、つくねが人気ベスト3。現地の鶏を使い、串の打ち方を工夫して日本の味を再現する
「えびす」の味を支える氏家氏。父親が代表を務める「野らぼー」は東京と埼玉で8店舗展開する
「根菜と豆腐の胡麻サラダ」(98,000ドン=約460円)は女性に人気の一品。パリッと揚げたレンコンの歯触りに箸が進む
えびす(EBISU)
35 Bis, Mac Dinh Chi Street, District 1, Ho Chi Minh City
http://ebisu-vn.asia/

人気の鍵を握るのは、現地の食材でどれだけ日本の味を出せるか

ホーチミンに和食店が増え競争が激しくなるなか、健闘しているのはやはり、料理の味はもちろん、特色を持つ店だろう。2012年5月にオープンした「若大将」は、鹿児島の老舗居酒屋「若大将」のホーチミン店。オーナーの中吉修二氏の笑顔とねじり鉢巻き姿のベトナム人スタッフが「いらっしゃいませ!」と威勢よく迎えてくれる様子は、まさに日本の居酒屋だ。

「若大将」の店内。純和風の内装で、営業中は日本の音楽が流れ、日本にいるような気分になる

ベトナムの食材で作るメニューには、甘い玉子焼や豚の角煮、もつ鍋など九州の味覚が盛りだくさん。一番人気の自家製さつまあげは、現地で手に入る鱈のすり身を独自の配合で仕上げる。つなぎには日本では山芋を使うが、こちらではつくね芋を使用。山芋よりねばりが強く、中身のふわふわ感や衣のしっとり感を出すまで1年近くを費やした。調味料の大半も現地で入手するが、しょうゆは塩辛く、みりんも沸かしてから使うなど調整が必要で、日本の味を再現するには毎度苦心するという。

街にあふれるバイクと若者たちの活気を見て、「ここでぜひやってみたい」とベトナムへの出店を決心した中吉氏は、この地に本場鹿児島の味を届けたいと、同郷の田中純一氏と毎日厨房で奮闘する。鹿児島の店ならではの芋焼酎の品ぞろえも豊富で、郷土色が前面に出た居酒屋は日本人客を中心に人気だ。

そして、「若大将」と道を挟んだ向かいにあるのが、2012年12月にオープンした「春夏冬」。新鮮な魚料理を目当てに、多くの日本人客が通う店だ。

「春夏冬」では当初、日本から食材を仕入れるつもりだったが、食材の質を確かめられないうえにコストがかさむことがわかり、「今ではできる限りベトナムの食材を使っている」と店長の古澤優二氏。料理の柱となる魚は、寿司の板前経験が長いベトナム人のネットワークを使い、独自に仕入れる。ベトナム産の魚は、カンパチ、キス、アマダイなど日本産と同じような質のものもあるが、全体的に骨は硬めで脂が少ない。そのため、試行錯誤して日本の味を求めながら調理し、ときには客から意見を求めて修正を重ねた。その確かな味が在住日本人の間で徐々に評判となり、今ではなかなか予約が取れない店と言われている。

人気の店は、料理の味と店の雰囲気がピタリと合って居心地がいい。次回は、料理だけでなく内装にも工夫をこらすなど、より明確なコンセプトを持った店を紹介する。

「若大将」のオーナー・中吉氏(左)は、鹿児島県霧島市内で飲食店3店を経営。義理の妹がベトナム人という縁でこの国を訪れた。田中氏(右)も厨房に立つ
「春夏冬」の「さわら西京焼き」(160,000ドン=約750円)。ベトナムでは日本と同じレベルの新鮮なサワラが手に入る。漬け床は自家製。日本から仕入れた西京味噌で作る
若大将
22 Ngo Van Nam Street, Ben Nghe Ward, District 1, Ho Chi Minh City
http://wakadaishyo.com/
春夏冬
17 Ngo Van Nam Street, Ben Nghe Ward, District 1, Ho Chi Minh City

取材・文・写真/ナガオヤヨイ
企画・編集/料理通信社
※通貨レート 10000ベトナムドン=約47円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。