フランス発 ハイレベルなファストフード 前編

フランス・パリのファストフードは、高級肉やオーガニック食材を使うハンバーガー専門店が続々オープン。実力派シェフが手がけるファストフードも生まれている。その背景と人気の理由を探る。

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Vol.51

近年、フランス・パリのファストフードは、実力派シェフたちも手がけるなど高品質なものが多く生まれ、ひとつの新しいブームとして定着しつつある。これまでもサンドウィッチ屋やクレープ店はあったし、ハンバーガーチェーン店もあった。だが、2011年に高級肉やオーガニック食材を使って差別化を図るハンバーガー専門店が続々オープンしたことで、人気に火がついたのだ。現代のパリっ子を惹きつけてやまない、ファストフード隆盛の背景と人気の理由を探る。

フードトラックで出店する「カンティーヌ・カリフォルニア」。漂ってくる香りに誘われて、周りにはいつの間にか行列ができる
フランス産の牛肉とブルーチーズを使用し、食材をほぼオーガニックに限定したことで、差別化に成功した「カンティーヌ・カリフォルニア」のバーガー
気鋭の若手シェフ、ブリス・モルヴァン氏は、市場に屋台をイメージした店「オ・コントワール・ド・ブリス」を開いた

パリっ子の人気を集める、フードトラック×高品質バーガー

手軽に食事を摂りたい、しかもヘルシーで安全なものを食べたい、という人が増えているパリ。そんなニーズに応え、ファストフードの概念を覆す店が続々誕生している。その追い風に乗って出現したのが、“フードトラック(キッチンカー)”の店だ。

「ル・カミオン・キ・フュム」一番人気のバーベキューバーガー。11時半の開店時にはすでに行列ができ、30分待ちは当たり前。13時過ぎには売り切れということもある

2011年11月、パリ中央部にあるマドレーヌ寺院の前に突如現れたフードトラック「ル・カミオン・キ・フュム」(Le Camion qui fume)は、口コミであっという間に評判が広がった。昼と夜の食事時になると、どこからともなく現れるこの店のメニューは、7種類のハンバーガー(すべて8ユーロ=約1,060円)と、ポテトフリッツ(フライドポテト)、コールスロー(ともに3ユーロ=約400円)、チーズケーキ(4ユーロ=約530円)のみ。店主のクリスティン・フレデリック氏は星付きレストランで経験を積んだ実力派だが、「立ったまま手づかみで食べられる料理を提案したかった。パリっ子だってハンバーガーが大好物なのに、ジャンクフードと思われてきました。その偏見を覆したくて、カジュアル感を保ちつつも高品質なハンバーガーに挑んだんです」と話す。

客の目の前で肉を焼き、フリッツは揚げたて。肉の焼き加減も、好みに細かく応える。日によって変わる出没場所を、SNSやWebサイトで知らせる方法も今の時代にマッチした。フリッツやサラダをつけて11ユーロ(約1,460円)するが、質も味もよく、外食価格の相場が高いパリではコストパフォーマンスはいい方だろう。提供方法はシンプルだが、ビストロの味に仕上げている。

2012年3月にオープンした「カンティーヌ・カリフォルニア」(Cantine California)も、ハンバーガーを提供するフードトラック店。ベジタリアン用を含む5種のバーガー(すべてフリッツ付きで11ユーロ=約1,460円)、若鶏や豚肉を挟んだタコス(黒豆付きで10ユーロ=約1,330円)など、メニューこそ少ないが、オーガニック食材を使った質の高さが受けている。アメリカ・サンフランシスコ出身のオーナーが選んだ出店場所は、ファッション街の中心地マルシェ・サントノーレと、オーガニック専門の朝市が立つマルシェ・ラスパイユの2カ所。どちらも購買力のある富裕層が行き交うエリアだ。「少々値段が高くても、安心して食べられる本物の味を、もっと身近に」というリピーターの要望に応えて、今夏にはさらに、感度の高い若者たちが注目するパリ北部の下町サウス・ピガールにも同じメニューで、路面店「ル・デパヌール・ピガール」をオープンした。

フードトラックで出店するには、パリ市の許可を得る必要があるが、メリットも大きい。店にかかる賃貸料はなく、家賃がかかるのはラボ(セントラルキッチン)の1カ所のみ。「ル・カミオン・キ・フュム」の場合、開業資金に約85,000ユーロ(約1,130万円)かかったが、その94%はトラック代だった。それでもパリの一等地に店を構えるよりは安く済む。

いまやフードトラックの来るところに、パリっ子は集まる。焼き立て、作りたての熱々のバーガーを求めて、遠方からもはるばるやってくるのだ。日刊紙「フィガロ」でも2013年7月、パリのバーガーベスト5を発表し、ますますファストフードに注目が集まっている。ベジタリアン専門や肉料理専門、ベトナム料理やアルゼンチン料理のトラックも現れ、フードトラックでの出店は今後も大きく広がりそうだ。

クリスティン・フレデリック氏はLA出身のアメリカ人。パリの名門料理学校フェランディで学び、ミシュラン二ツ星「アピシウス」で経験を積んだ実力派
© David BonnierTana editions
「カンティーヌ・カリフォルニア」のタコス。柔らかく煮込んだ豚の肩肉にコリアンダーとライムでアクセントをつける。タコスの具はほかに、グリルした若鶏も選べる
SHOP DATA
ル・カミオン・キ・フュム(Le Camion qui fume)
http://www.lecamionquifume.com/
SHOP DATA
カンティーヌ・カリフォルニア(Cantine California)
http://www.cantinecalifornia.com/
photo by Cantine California

有名シェフがメニューに加えた、若者の心をつかむファストフード

ファストフードへの注目が高まるとともに、有名シェフの参入も目立つようになってきた。なかでも目を引くのは、元三ツ星レストランのシェフ、ヤニック・アレノ氏が作るホットドッグだ。アレノ氏は、パリとパリ近郊の食材を使い、フランス伝統料理を出すビストロ「テロワール・パリジャン」(Terroir Parisien)を、2012年3月にオープン。その店のメニューにホットドッグ「ヴォー・ショー」(10ユーロ=約1,330円)を入れた。すると、たちまち看板商品に。もともとホットドッグに目がないというアレノ氏は、長さ23cmのバゲットに、伝統の臓物料理テット・ド・ヴォー(仔牛の頭部を柔らかく煮て、そのゼラチン質で固めた料理)をソーセージ状に仕立てて挟んだ。臓物の臭みをまったく感じさせず、とろけるような食感。時代遅れになりつつある「テット・ド・ヴォー」を、見事、現代に蘇らせたと評判も上々だ。

「テロワール・パリジャン」のホットドック「ヴォー・ショー」。アメリカのファストフードに着想を得ながら、フランスの伝統の味を継承する姿勢がパリっ子の心をとらえた

一方、TVの料理番組で一躍有名になったシェフ、ブリス・モルヴァン氏は、東部10区のサン・マルタン常設市場に屋台をイメージした「オ・コントワール・ド・ブリス」(Au Comptoire de Brice)を開店。ハンバーガー、リヨン風ホットドッグ、鴨のクロックムッシュなどファストフード的なメニューを、温めたお皿とビストロ仕様のカトラリー(フォーク、ナイフ、スプーンなど)で提供する。市場にある店なので食材の鮮度は抜群。厨房に冷凍庫を持たず、パンも自家製だ。ミートパティの焼き加減は客の好みに応え、魚介の火入れも申し分なく、一流レストランのような仕上げで、パリっ子の心をがっちりつかんだ。季節限定の牛肉と自家製バンズのハンバーガー(15ユーロ=約1,990円)は、開店当初は週末限定メニューとして提供していたが、リピーターの要望から常時提供するようになり、今や週末の売上の8割を占める看板商品となった。

ちなみに、パリで店を持つには賃貸契約のほかに、そこでの営業権(店舗に付随する商売をするための権利)を買い取る必要がある。だが、「オ・コントワール・ド・ブリス」はパリ市管轄の市場にあるため、営業権が必要ない。家賃は2,000ユーロ(約26万5,800円)と、パリでもっとも“今”を感じさせるエリアにしては抑えめだ。市場の屋台の雰囲気でも本格的な食事ができる、これはパリにありそうでなかった業態だ。気軽に訪れることができるカジュアルな空間で、手のかかったファストフードが食べられるとあって、あらゆる階層のパリっ子から支持されている。

次回は、素材にとことんこだわったケバブ店や高級食材を使ったファストフードにも触れ、“上質”と“カジュアル”が歩み寄る様子を伝える。

シェフのヤニック・アレノ氏。1968年パリ近郊に生まれ、パリをこよなく愛する。11月上旬にパリ2区の証券取引所前に同店の2号店を開店する
「オ・コントワール・ド・ブリス」のバーガー。一皿に小ぶりのバーガーを2個。たっぷりのサラダとフライドポテトがついて、ボリューム満点
同店のラップケバブ(15ユーロ=約1,990円)は、仔牛をクミンやオリーブオイルで24時間マリネしてからグリルし、ホワイトソースを塗って仕立てた
ブリス・モルヴァン氏は、南仏の星付きレストランで修業を積み、人気料理番組「Top chef」で3位に輝いた。2号店は料理を学んだニースに出店したいという
photo by JF Mallet
SHOP DATA
テロワール・パリジャン(Terroir Parisien)
20 rue Saint Victor 75005 Paris
http://www.yannick-alleno.com/restaurant/paris-le-terroir-parisien/
SHOP DATA
オ・コントワール・ド・ブリス(Au Comptoire de Brice)
33 rue du Chateau d'Eau 75010 Paris
http://www.aucomptoirdebrice.com/

取材・文・写真/魚住桜子

企画・編集/料理通信社

※通貨レート 1ユーロ=約132.9円

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