タイ発 郊外型レストラン繁盛記 前編

タイ北部の中核都市・チェンマイ。最近、地方都市ならではの強みを活かした店づくりが話題を呼んでいる。 前編では、池や植生など北部タイの自然を活かした、大規模な郊外店を紹介する。

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Vol.117

タイ北部の中核都市で、世界中から観光客が訪れる古都チェンマイ。だが、チェンマイ市の人口は15万人で、800万人を超える首都バンコクとは比較にならないほど規模が小さい。市内には鉄道も路線バスもなく、庶民の足は乗り合いタクシーのみ。日本以上に首都と地方都市の格差が広がっているのが実情だ。

そんななか、地方都市ならではの強みを前面に打ち出した店づくりが、今話題を呼んでいる。それは美しい自然と景観を活かした郊外のロードサイドレストランだ。巨大都市バンコクでは真似することができない雰囲気のなか、これまた都会では味わえない素朴なタイ北部の郷土料理を提供する店が軒並み成功を収めている。

前編では、池や植生など北部タイの自然を活かした店づくりで人気の、大規模な郊外店を紹介する。

池や滝といった既存の自然環境や地形をそのまま活かす店舗が続々とオープン。「涼」と「癒やし」を求める人で連日賑わっている
芋茎のスープ「ゲーン・トゥーン」(写真)など、これまでは野暮ったい田舎料理とされていた北部タイ料理。バンコクはおろか地元でもレストランで提供されることはまれだったが、新たな郊外店の台頭とともに再評価されている
ヘルシー志向の高まりは、タイにおいても例外ではない。オーガニック野菜をレストラン併設の畑などで栽培し、収穫したての食材を使った料理を提供できるのも受けている

まるで熱帯植物園! 既存の池や滝と一体となった自然派レストラン

チェンマイの中心部から南へ車で20分。かつては原野が広がるのみだったラーチャプルック国立公園周辺に、近年大型レストランや市街地にある老舗の支店が出店し、大変な人気を博している。その先駆けとなったのが2010年8月にオープンした「カオマオ・カオファン・レストラン(Khaomao-Khaofang Restaurant)」だ。

熱帯植物園かテーマパークかと見紛うような雰囲気。木々や花などの植物はすべて本物で、自然素材のインテリアで統一する徹底ぶり

最大の特徴は、豊かな自然環境をそのまま活かした店づくり。店内はガジュマルやシダなど熱帯性の植物などで満たされ、小川まで流れている。そのほとりには可憐な花々が咲き誇っていて、まるで熱帯植物園に訪れたかのような感覚になる。一方、滝が流れる広大な池に臨むテラス席も用意されており、まるでジャングルの真ん中の桃源郷で食事をしているようなエキゾチックな気分に浸ることができる。日中は熱帯雨林を彷彿とさせる静かな雰囲気だが、夜間になると鮮やかにライトアップされ、一転して幻想的な風景に変貌。まるでテーマパークのアトラクションのようだ。

そんな同店では、タイ北部ならではの料理を中心に提供。日本でタイ料理といえば、「ココナツミルクの風味」や「激辛」のイメージが強いが、北部の料理はハーブや野菜をふんだんに使った滋味深い味わいが特徴だ。人気メニューの「ラープ・クア・ムー」(150バーツ=約435円)は北タイ風ひき肉サラダ。タイ東北地方のラープ(サラダ)と比べると、よりハーブの香りが効いている。一緒に添えられたカリカリのケープ・ムー(豚皮の素揚げ)とともに食べるのがおすすめで、ご飯のおかずやビールのおつまみとしても最適だ。

また、北部の名物料理「ゲーン・ハンレー」(150バーツ=約435円)は外国人から好評。トロトロの豚の三枚肉をインド風のカレーでじっくり煮込んだ料理で、豚肉からあふれる脂の甘みにカレーの辛さ、さらにトロピカルフルーツ、タマリンドの酸味にショウガの香味が効いた一品だ。

こういった素朴な郷土料理と、周辺の自然環境を活かした空間づくりを売りに、観光客や外国人だけでなく、チェンマイ在住の若者や家族連れも繰り返し足を運ぶ人気店へ成長。経済的に急成長を遂げたタイにおいて、美しい自然に囲まれた北部地域に「癒やし」を求める人々が増えているのかもしれない。大都市のトレンドを追いかけるのではなく、地方都市ならではの“田舎力”を強みに変える店づくりが功を奏した好例だ。

「ラープ・クア・ムー」は郊外の一般的な食堂では60バーツ(約174円)程度だが、ここでは150バーツ(約435円)。郊外店でも付加価値しだいで市街地並みの価格設定が可能なのだ
夜間には、テラス席から望む池がライトアップされる。水面に映りこむ緑が鮮やかで、昼間とは異なる幻想的な雰囲気を演出する
カオマオ・カオファン・レストラン(Khaomao-Khaofang Restaurant)
181 Moo 7, Ratchaphruek Road, Nongkwai, Hangdong, Chiang Mai, Thailand 50230
http://www.khaomaokhaofang.com

SNSで認知を拡大! 周囲の景観を活かした写真映えのする店づくり

チェンマイ市街地から車で30分ほど東に向かうと、田園や原野が彼方まで広がるのどかなサンカムペーン郡がある。そんな郊外の幹線道路沿いに忽然と現れるのが「スアン・パック・ハック・クン(Suan Paak Hug Khun Restaurant)」。2015年12月にオープンしたばかりだが、すでに人気店となっている大型レストランだ。

思わず写真を撮りたくなる美しい景観が店の売り。背景の山並みとともに店舗前で記念撮影をして、SNSなどにアップする人が多い

前半で紹介した「カオマオ・カオファン・レストラン」と同じく、自然を活かした熱帯植物園のような空間づくりに加えて、インテリアにも天然木を多用。オープンスペースの席では周囲の田園風景や彼方の山々が見えることから、来店客の多くが店内を歩き回って写真を撮っている。

さらに、敷地内にオーガニック野菜のビニールハウスを併設。採れたての食材をその場で調理できるようにしており、郊外店ならではの敷地の広さを、「空間づくり」だけでなく「食材づくり」にも活用している。

この店の名物も北部タイの郷土料理だ。たとえば、赤アリの卵を干魚と地元野菜とともに煮込んだ、その名も「赤アリの卵のスープ」(119バーツ=約345円)。アリの卵はプチプチした食感で、淡白な味わいのなかに野趣に富んだ風味が感じられ、タイ北部や東北部では旬のご馳走として珍重されている。また、この店でもやはり、「ゲーン・ハンレー」(119バーツ=約345円)は定番メニューとなっている。

ほか、タイ北部独特のおにぎり「カーオ・ギョウ」(59バーツ=約171円)も好評。なんと、豚の血の煮こごりとレモングラスをもち米に混ぜ込み、バナナの葉で包んで蒸したもので、レモングラスとバナナの葉の芳醇な香りによって、臭みを完全に消している。栄養価の高いものをおいしく食べるための知恵が凝縮された一品だ。

主な客層は、地元の若者や富裕層、さらにチェンマイに定住している外国人が中心。集客のために特別な宣伝はしていないが、内装、外装や周辺の景観のすべてに写真映えする店づくりを意識したことで、来店客がFacebookなどのSNSに撮影した写真をアップし、認知度が上がったという。

郊外立地は必ずしもデメリットでなく、その特性をうまく活用すれば、他店と差別化する強力な武器となる。チェンマイ近郊のロードサイドレストランの成功はそんなことを教えてくれる。

「赤アリの卵のスープ」(左)と「ゲーン・ハンレー」。タイ北部には、主食のもち米を手で丸めて、これらの料理と一緒に食べる風習がある
タイ北部独特のおにぎり「カーオ・ギョウ」。敷地内の畑で獲れた新鮮なレタスやキュウリなどがふんだんに盛り付けられている。料理に添えられる野菜が日によって異なることで常連客に喜ばれている
スアン・パック・ハック・クン(Suan Paak Hug Khun Restaurant)
Buak Khang, San Kamphaeng, Chiang Mai, Thailand 50130
https://web.facebook.com/suanpaakhugkhun58/

取材・文/横山忠道(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1タイバーツ=約2.9円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。