アメリカ発 ビスケットがトレンドに 後編

アメリカの朝食メニュー「ビスケット」。シアトルでは、専門店も登場しており、材料や食べ方に驚きのアレンジが施されている。後編では、趣向をこらしたビスケットメニューの数々を取材する。

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Vol.134

アメリカで朝食メニューとして定着している「ビスケット」。スコーンのようなパンのことで、バターやジャム、ソーセージ・グレイビー(ひき肉入りのソース)と一緒に食べるのがポピュラー。もともとは古きよきアメリカ南部の朝食メニューだったが、今では全米各地で食べられるようになった。特に世界的なIT企業が集まるシアトルでは、ビスケットの専門店も登場しており、ビスケットの材料や食べ方に驚きのアレンジが施されている。

後編では、趣向を凝らしたビスケットメニューの数々を取材。「ビスケットといえばグレイビーをかけるもの」という常識をくつがえすメニューと、それがただの話題づくりに終わらず、長く愛されている秘密に迫る。

ビスケットは、一般的には小麦粉にバターやミルク、ラードを練りこみ、焼き上げたものだが、最近では様々な「フレーバー」を加えたものも登場。左がプレーン、右がチーズ&青ネギ味
これまではグレイビーをかけるのが一般的だったが、最近では様々なアレンジも。写真は、カリカリのベーコンやふわふわのオムレツ、濃厚なチェダーチーズをビスケットではさんだメニュー
ビスケットはトッピング次第で朝食メニューにも、スイーツにもなる。ヘーゼルナッツ・チョコレートにホイップクリームをたっぷり載せた「ビスケーキ」(写真)は、まるでケーキのようで甘党に大人気

6種類の多彩なビスケット・サンドイッチ

話題のレストランなどが軒を連ね、シアトルでもっとも地価が上がっている場所の一つであるキャピトル・ヒル。この飲食店激戦区に2012年10月から店を構えているのが、南部料理店「ザ・ワンダリング・グース(The Wondering Goose)」だ。

「アニーおばさんのとっておき」。カリカリを通り越しカサカサになるまで揚げたフライドチキンとピクルスをはさみ、マスタードとハチミツで味付けしたビスケット・サンドイッチ

この店で話題となっているのが、パンの代わりにビスケットで具材をはさむ「ビスケット・サンドイッチ」だ。バリエーションは6種類で、なかでも一番人気のメニューは「ザ・ソウミル(11ドル=約1,243円)」。少し苦みを感じるくらいこんがりと揚げたカリカリのディープ・フライドチキンに、黒コショウなどのスパイスがピリリと効いたグレイビーと濃厚なチーズがトロリとからまる。カリカリとトロトロのマッチングをサクサク香ばしいビスケットがしっかり包み込む、絶妙な味わいと歯ごたえだ。

さらに、このサンドイッチにアレンジを加えた一品が、「アニーおばさんのとっておき(11ドル=約1,243円)」だ。ビスケットにはさむのは、ディープ・フライドチキンのほか、塩気と酸味が効いたキュウリと玉ねぎのピクルス。隠し味には、ピリ辛マスタードと濃厚なハチミツが使われている。一つのサンドイッチに、苦み・塩気・酸味・辛み・甘みの5つが混ざり合い、深い味わいを生み出している。

このほか、スモーク・ベーコンにピーナッツバター、輪切りのバナナを合わせ、特製ハチミツをかけた「ビッグ・トラブル(9ドル50セント=約1,074円)」も人気のメニュー。ピーナッツバターとハチミツの、これでもかというほど濃厚な甘みのなかで、スモーク・ベーコンの塩気と香ばしさがアクセントとなっている。「ビッグ・トラブル(大問題)」と名付けられるだけあって、具材の組み合わせはなんとも斬新だが、一度食べるとその個性的な味のとりこになる人も多いという。

キャピトル・ヒルは、話題の飲食店が集まる"流行の発信地"という立地柄、客層は20~30代の若者、特に女性が多い。数人で話に花を咲かせる女性グループや、アメリカでは珍しい女性の一人客も少なくない。昔ながらの"懐かしい味"であるビスケットに、これまでとは違う新たな具材がトッピングされた「ビスケット・サンドイッチ」は、食のトレンドに敏感な若い女性たちの心をしっかりとつかんでいる。

ビスケットにピーナッツバターを塗り、輪切りのバナナとベーコンを載せてハチミツをかけた「ビッグ・トラブル」。濃厚な甘さのなかにベーコンの塩気がアクセントとなっており、やみつきになる人が多い
南部出身のオーナー、ヘザー・L・アーンハート氏。奇抜に感じる具材の組み合わせも、祖母など家族が実際に作ってくれたメニューからアイデアを得ているのだとか。ビスケットのレシピ本や絵本も執筆
ザ・ワンダリング・グース(The Wandering Goose)
403 15th Avenue East, Seattle, WA 98112
http://www.thewanderinggoose.com/

「フレーバービスケット」と「トッピング」で人気のビスケット専門店

シアトルにある名門・ワシントン大学の学生街があるユニバーシティー・ディストリクト地区。ここでとりわけ賑わっているのが、2013年5月にオープンしたビスケット専門店「モーソル(Morsel)」だ。

ビスケット・サンドイッチの一番人気「ザ・スパニッシュ・フライ」(ビスケットはバターミルク味)。プロシュートのピンク色とルッコラのグリーンが鮮やか

いわゆる"プレーン"のビスケット「バターミルク味」(3ドル50セント=約396円)だけでなく、様々な素材を練りこんだ「フレーバービスケット」を提供していることが、新しいもの好きの若者に人気となっている理由の一つ。たとえば「チェダーチーズ&青ネギ味」(3ドル75セント=約424円)は、チーズの豊かなコクと風味が特徴。「日替わりメニュー」 (4ドル=約452円)では、ピリ辛の「黒コショウ味」のほか、「シナモン味」「ローストにんにく&ローズマリー味」など、ユニークなビスケットメニューを提供している。

トッピングは、「トマトジャム」「ハニーバター」「チョコレートヘーゼルナッツバター」「バルサミコ酢風味のイチゴジャム」など7種類のなかから一つを選ぶことができる。さらに、1~1ドル50セント(約113~180円)を追加すると、上記の7種類から一つ選んだうえで、「ベーコンジャム」「いちじくハチミツ」「ハーブ風味のゴートチーズ(ヤギのチーズ)」の3種類も選択が可能に。その日の気分で、"ビスケットのフレーバー"と"トッピング"の組み合わせを変え、様々な味わいを楽しむことができるのもリピーターを生んでいる要因かもしれない。

また、フレーバービスケットはサンドイッチにも使っており、プレーンのビスケットとは味わいがガラッと変わるのがおもしろい。プロシュート(豚のもも肉のハム)、マンチェゴ(スペインのチーズ)、半熟目玉焼き、ルッコラ、ニンニク入りマヨネーズソースをはさんだ「ザ・スパニッシュ・フライ」(8ドル=約904円)は、プロシュートの塩気とマンチェゴの酸味が見事に調和し、まろやかなマヨネーズソースでまとめられている。「バターミルク味」のビスケットではさめば、ビスケットの奥底に潜む小麦の甘みが感じられ、「黒コショウ味」を選べば主役のプロシュートたちの風味が引き立つ。

ほかにも、旬のフルーツとホイップクリームを組み合わせた「ビスケーキ」(6ドル50セント=約735円)など、オリジナリティ抜群のメニューを数多く提供。どれも既成概念にとらわれない若手スタッフによるアイデアで、大学生などの若者から人気を得ている。

フレーバーを加えていても"様々な具材に合う"というビスケットの特徴はそのまま。塩気の強いものにも甘いものにも合わせられ、食事としてもデザートとしてもアレンジが可能だ。「古きよきアメリカ南部の郷土料理」というイメージを一新して進化し続けるビスケットから、今後も目が離せない。

「バターミルク味」にバルサミコ酢風味のイチゴジャムをトッピング。ジャムだけよりも甘酸っぱさが際立つ大人の味で、女性から絶大な人気
オーナーのケコア・チン=ヒダノ氏。シアトル出身で、IT企業に10年間勤めた後、脱サラして「モーソル」をオープン。「全く違う業界から飲食業界に入ったからこそ、これまでにないアイデアが出せるのかもしれない」と語る
モーソル(Morsel) ユニバーシティー・ディストリクト店
4754 University Way North East, Seattle, WA 98105
http://www.morselseattle.com/

取材・文/トゥルーテル美紗子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ドル=約113円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。