ベトナム・ハノイ発 フォーの最新事情

ベトナム料理は豊かで奥が深い。料理大国であるフランスの80年近い統治と、国境を接した中国の影響もあって、世界的な水準にまで達している。

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Vol.10

ベトナム料理は豊かで奥が深い。料理大国であるフランスの80年近い統治と、国境を接した中国の影響もあって、世界的な水準にまで達している。なにを隠そう、パリのミシュランガイドで、フランス料理以外で最初に星を獲得したのはベトナム料理なのだ。特に1,000年近く王宮のあった北部の首都ハノイは、独自の食文化が発達し、絶えず新しい食のトレンドが生まれている。そんなベトナム・ハノイの食のトレンドを、これから3回にわたってお伝えする。第1回目の今回は、日本でベトナム料理といえば誰もが知っている、米で作られる麺「フォー」の最新事情をお届けしよう。

朝から行列ができる、
老舗店のこってり系フォー

ベトナムは南北に長いため、地域ごとに料理にも特色がある。フォーが生まれたのは、北部ハノイだ。日本でよく知られるフォーは、澄んだスープに鶏肉の組み合わせだが、これは南部ホーチミンのスタイル。ハノイでは、鶏肉ではなく牛肉を使うのが特徴である。また、フォーは自宅ではなく、飲食店や屋台などで朝食か軽い昼食として食べるのが一般的で、基本的には飲食店でないとありつけない。

「フォー・ザ・チュエン」店内。日曜日の朝6時台でもこのにぎわい

近年のベトナムの経済発展は目覚ましく、ハノイにも近代的な高層ビルがいくつかあるが、昔ながらのスタイルで営業している専門店が大多数。低い簡易的な椅子を路上に並べ、屋台さながらに早朝からおいしそうにフォーをすする人々を見るにつけ、ハノイの活気を感じる。

ベトナム人の食に対するこだわりは強く、出勤前でも遠くのおいしい店までオートバイで乗り付ける人が多い。ハノイ市内の数あるフォーの人気店のなかでも、行列ができる店として特に有名なのが、老舗の「フォー・ザ・チュエン」だ。ベトナム人は朝型で、たいていの飲食店は朝6時台から営業を開始する。もっともこの時間帯だと、客の少ない店が大半だが、その時間帯でも同店はすでに人が溢れているのだ。

普通のフォー専門店は、席でオーダーをとるのが一般的だが、同店では、お客がカウンターで注文してフォーを受け取るセルフサービス方式。それでもお客が絶えないのは、「フォー・ザ・チュエン」の個性の強い味が好まれているからだろう。肉や麺の質が高いだけでなく、スープの味が極めて特徴的なのだ。ハノイでもフォーのスープは透明のあっさり味が主流だが、同店のスープは少し濁ったこってり味。どこか博多ラーメンに通ずる、癖になりそうな味だ。この味を求め、比較的空いている10時台にわざわざやって来るサラリーマンの常連客もいるほどである。ファンを惹きつけてやまない老舗の底力を感じさせる。

牛の生肉と煮込んだ牛肉入りのフォー40,000ドン(約147円)。生肉はミディアムレアに近い。フォーは牛肉をおいしく食べるために生まれたとも言われている
オーナー夫婦を中心に経営。メニューは、左以外に牛肉のフォー30,000ドン(約110円)、生肉のフォー35,000ドン(約128円)の3種類のみ
Pho Gia Truyen(フォー・ザ・チュエン)
49 Bat Dan、Hanoi
営業時間
6:00~スープが無くなり次第終了
年中無休

チェーン展開される
ワンランク上のフォー専門店

ベトナムの飲食店業界において、チェーン店は極めて稀だが、数少ない成功例が南部ホーチミン生まれの「フォー24」だろう。 2003年に1号店をオープンさせてから今年で約10年。現在、東京に3店舗をオープンさせるなど、全世界で200店舗を目指すほどの急成長ぶりである。同店の特徴は、明るい現代的な内装と、写真付きで英語併記のメニューだろう。

地元のフォー専門店では紙ナプキンを床に捨てるのが流儀(おいしいことを意味する)。そんな他店と比べても桁違いに清潔な店内。どこかファミレス風でもある

ホーチミン流に、もやしと香草の入ったフォーがメインだが、ハノイ風の牛肉のフォーもある。価格は一般的なフォー専門店の2倍近く。デザートや生のフルーツを絞ったジュースなど、メニューも豊富だ。

流暢な英語を話す店長がいる清潔な店は、観光客向けかと思いきや、地元の若い客層にも支持されている。地元の専門店よりもここの方がおいしいと言う青年に出会ったが、確かに味もそれなりのレベルだ。 経済的な急成長を続けるベトナムにおいて、同店で食事をすることは、一種のステイタスと言えるだろう。

店名がプリントされた紙のマットの上にサーブされた牛肉のフォー。49,000ドン(約180円)。もやしや香草類が好みで追加できるのは、南部のホーチミン流。おしぼりは有料

SHOP DATA

Pho24
(フォー・トゥエンティ・フォー)

営業時間

6:30~21:30
年中無休
※ホアン・キエン通り店で取材
ハノイ市内に8店舗を展開(2011年12月取材時)

ビールによく合う、新しいフォーの創作料理

日本で使用されるフォーは乾麺が大半だが、ベトナムでは生麺がほとんど。そして今、生麺の生地を使った2種類のフォー料理が登場し、注目されている。朝に食べる麺のフォーとは違い、おかずやつまみとなる料理で、どちらもハノイ最大の湖・西湖の一角にある数軒でしか食べられないと言われている。

「フォー・ザン」50,000ドン(約184円)。生のフォーを揚げたものと炒め物を合わせたメニュー。揚げたてのフォーはせんべいのようで香ばしい

そこで同地区の人気店「フォー・クオン ハン・ビン」を取材した。まずは、牛ひき肉とレタス・香草などを、15×10㎝ほどの蒸した生のフォー生地で生春巻のように包んだ「フォー・クオン」。生春巻の皮よりやや厚めのフォー生地は、しっとりプルプルとしていて、中の具材と合わさり、驚くほど食感が豊かで、ボリュームがある。

もうひとつの新しい料理は「フォー・ザン」だ。約5㎝四方に切った生フォーを油で揚げて餅のように膨らませ、牛肉と野菜炒めの餡かけに合わせたメニューである。

これらは、地元ハノイでも新しい食べ方であり、テイクアウトでもかなりの人気メニューだという。日本人にもなじみ深い米で作られたフォーをアレンジした、フォー発祥の地・ベトナムならではの、新しい創作料理は、日本人の舌にも大いに受け入れられそうだ。

ベトナムでは、日持ちしない生麺を使うのが一般的。包丁で切って麺にする
「フォー・クオン」15×10cmほどにカットされた生のフォーを蒸し、具材を巻いたもの。手前のニョクマムにつけて食べる。1人前10本。35,000ドン(約128円)
客席は路上に置かれた低い椅子とテーブルのみの極めてローカル色の強い店。「フォー・クオン」と「フォー・ザン」はビールにもよく合う

SHOP DATA

Pho-Cuon Hung Bin(フォー・クオン ハン・ビン)26 Nagyen Khac Hieu、Hanoi

営業時間

10:00~23:00
年中無休

取材・文・写真/ジョー・スズキ
取材協力/ベトナム航空

※通貨レート:
2012年1月30日現在1,000ドン=約3.67円で計算
※価格・営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますので、ご注意ください。