Vol.182
「食」は、海外旅行へ行く際の楽しみの一つ。その土地ならではの料理を味わうことで、食文化だけでなく、気候や風土、歴史など様々なものを感じとることができる。日本を訪れる多くの外国人にとっても、日本食は大きな目的になっており、特に、2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり、近年ますます注目度は上がっている。
こうしたニーズは日本だけでなく、世界各国で高まっており、それに呼応するように、飲食店などを巡りながら、その国の料理や酒をガイドの説明付きで味わえる「フードツアー」が人気を集めている。
英国・スコットランドも、このフードツアーが観光の目玉になっている国の一つだ。もともとスコットランドは、ヨーロッパのなかでも観光関連産業の就業者数の割合が高い観光先進国。歴史ある街並みを残す首都エディンバラの新・旧の市街地(1995年、世界遺産に登録)などの観光スポットも多く、毎年、数多くの外国人観光客が訪れている。そんなスコットランドで、スコッチウイスキーなどのアルコール類と郷土料理のペアリングを楽しめるフードツアーに密着し、人気の秘密を探った。
飲食店を巡りながら、名物をフルコースで堪能できる内容に
スコットランドは言わずと知れた「スコッチウイスキー」のふるさと。そして「スモークサーモン」のような名物料理や、羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でた「ハギス」といった独特の料理も少なくない。それゆえ、「スコッチウイスキー蒸留所巡り」や「パブ巡り」、「スコットランドの名物料理巡り」といったツアーが人気を集めてきた。
そんななか、料理とウイスキーなどの「ペアリング」を楽しむことを前面に押し出して外国人観光客を中心に人気を博しているのが、「イートウォークエディンバラ」(参加費1人65ポンド=約9,091円)だ。
このツアーは、月~土曜日の13時~と17時~の2回行われ(金・土曜日は13時~のみ)、所要時間は3〜3.5時間。エディンバラの市街地にある5軒の飲食店を歩いて巡る内容で、歩く距離は2〜3キロ。食事の間の腹ごなしと酔い覚ましができるように、移動時間も計算されている。
ツアーで回る5軒の飲食店では、それぞれ一つの料理が提供され、そのうちの3軒でスコットランド産のアルコールとのペアリングを楽しめる。提供される料理も、1軒目から順番に前菜→メイン→デザートといったコース仕立てになっているのもポイントだ。
まず、1軒目のホテル「ラディソンブルー」のレストラン「イチクーバー&キッチン」で提供されるのは、スコットランド料理の王道「スコティッシュサーモン」、つまりスモークサーモンだ(アルコールの提供はなし)。サーモンはスコットランドにおける主力の輸出食品だけに、スコットランドの顔とも言えるメニュー。1品目を、外国人観光客にとってなじみのある料理にすることで、心理的にリラックスできるようにする狙いもある。
2軒目からは、外国人観光客にはあまりなじみのない料理が登場。まず、地元エディンバラで人気のバー「メーカーズマッシュバー」へ。ここでは、スコットランド伝統の血入りソーセージである「ブラックプディング」が「ジンカクテル」とともに提供される。普通のソーセージに比べるとコクが深いぶん、お酒のつまみにぴったりな一品。ラズベリーが香る地元産のクラフトジン「エディンバラジン」を、イタリアの発泡酒プロセッコで割ったカクテルは甘酸っぱいが口当たりはよく、濃厚な血入りソーセージとの相性も抜群だ。
「特別な体験」と「参加者との距離感」を重視
フードツアーならではの魅力が、個人ではなかなか入れない場所での「特別な体験」だ。
ツアーの3軒目に訪れるのがまさにそれ。ウイスキー好きのための会員制クラブ「スコッチモルトウイスキーソサエティ」だ。スコットランドにある120以上の蒸溜所のシングルモルトなどが楽しめる“ウイスキーの聖地”で、ツアー主催者のチャルマー氏がクラブ側と交渉し、コースに組み込むことに成功した。
ここでは、10年物のシングルモルトウイスキーとともにスコットランド名物として名高い「ハギス」を楽しめる。「ハギス」とは、ミンチにした羊の内臓をオーツ麦、タマネギ、ハーブ、スパイスとともに羊の胃袋に詰めて茹でる郷土料理。原材料を聞いて口に運ぶのをためらう人もいそうだが、すでに2軒目で「血入りソーセージ」を食べており、「せっかくツアーに参加したのだから」という思いも手伝ってか、ほとんどの人が未知の料理にチャレンジするという。こういった、普段は入れない場所や普段は口にできない料理の体験が、ツアーの満足度を高めるポイントになっている。
メインディッシュともいえるハギスの後は、4軒目のバー「ウスケボー」で口直しのスコットランド産チーズを食す。提供されるのは。牛のミルクで作られる自然な甘みが特徴のハードタイプ「チェダー」と、マイルドで食べやすいソフトタイプ「ブリー」、そして羊のミルクで作られるピリッとした刺激がクセになる「ブルーチーズ」の3種類。ペアリングのドリンクには、これまた近年スコットランドで人気のクラフトビールから「ブリュードッグ PUNK IPA」。しっかりとしたビールの苦味と、“グレープフルーツ香”と表現される爽やかな味わいが特徴の逸品だ。
ちなみに、店名の「ウスケボー」はスコットランドでもともと使われていたゲール語で「命の水」という意味。これが英語の「ウイスキー」の語源となったといわれている。こうした情報がツアーの行く先々でチャルマー氏によって紹介され、参加者の知的好奇心をくすぐっていく。
ツアーの最後を飾る5軒目のパブ「ギリードゥー」で提供されるのは、スコットランドの定番デザート「クラナカン」だ。ハチミツ入りクリームとベリー系のフルーツ、スコッチウイスキーが浸み込んだオートミールを混ぜ合わせたデザートで、見た目はかわいいが、ウイスキーの風味を強く感じる大人向けの一品。少し甘みが強いが、イチゴやラズベリーの甘酸っぱさがアクセントとなり、飽きずに食べ進めることができる。
チャルマー氏によると、当初はエディンバラのおいしい店を紹介するツアーだったが、参加者から「なぜスコットランド名物に絞らないのか?」という声が増えたため、現在の内容に変更した。店選びも「観光客向けではなく、地元の人に人気の店に行きたい」という要望に応えた。こうした参加者からの声を基に臨機応変に構成を変えることが、成功のカギかもしれない。
ツアー参加者との交流を大切にし、質問なども気軽に受け付けられるようにするため、毎回、参加人数は最大10名に限定。この少人数制が満足度アップにつながり、リピーターも少なくない。主に、アメリカ、カナダ、オーストラリアといった国から20~70代の幅広い層が参加し、2018年は、年間の参加者数がのべ1,200名を超えた。
旅行客の嗜好が“モノ(買物)”から“コト(体験)”へと変わりつつある近年、新たな“食体験”を提供できるフードツアーは、観光事業において大きな可能性を秘めているといえそうだ。
https://www.eatwalkedinburgh.co.uk
取材・文/石橋貴子(海外書き人クラブ)
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