(前編)欧州発 進化するローフード

ローフードが注目を集め始めてからおよそ10年。かつては、バリエーションも少なく、〝おしゃれ〟とは縁遠いメニューも少なくなかった。そんななか、ヨーロッパを中心に変わりつつあるローフードの“今”を取材した。

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Vol.189

 10年ほど前からヨーロッパで広がりを見せ始めたローフード(Raw Food)。「加熱によって失われがちな酵素やミネラル、ビタミンなどを無駄なく摂取できるようにしたメニュー」を指す。日本語に直訳すると「生食」だが、必ずしも「生」である必要はなく、栄養素が損なわれない程度の低温であれば、加熱しても「ローフード」の一種。摂氏何度までを加熱の許容範囲とするかは諸説あるが、およそ40~50度くらいが目安とされている。

 これまでのローフードは、健康志向のニーズにマッチして人気を集めてきた。その一方で、メニューのバリエーションが乏しいなどの面もあったが、近年、ヨーロッパを中心に変化を遂げたメニューが登場するようになっている。

 前編では、北欧スウェーデンでローフードを提供している店をリポートする。

見た目や食感、腹持ちにも気を配ったローフード

 スウェーデン第2の都市、ヨーテボリの郊外にあるスパホテルに、2016年3月オープンした「ガーデンカフェ(Garden Café)」は、ローフードを含む多彩な料理をビュッフェスタイルで提供しているカフェレストラン。もともとは2012年、ローフードのみをアラカルトで提供するレストラン「ジョス・バー」としてオープンしたが、より幅広い層にローフードを気軽に食べてもらいたいという想いから、現在のスタイルにリニューアルしたという。

 営業時間は11時半~15時までのランチタイム限定で、メニューも「ランチビュッフェ」(165クローネ=約2,000円)のみ。ビュッフェの内容はその日の仕入れにより変わるが、生または低温で調理されたローフードが中心。料理はおよそ15~20種類を用意し、「本日のスープ」や「オムレツ」といったメニューもラインナップする。

 ローフードを提供するレストランで工夫が必要になるのが、タンパク質を含む食材の扱い。高温で加熱した肉や魚はもちろん、豆を熱して作る豆腐なども厳密には使えない。そこで同店では、ナッツ類を積極的に利用。湿らせて柔らかくしたクルミをミキサーで粉末にし、クミン、乾燥パプリカ、ネギを混ぜて塩で味付けしたペーストを、「フロンクネッケ」(ナッツ類を使ったクリスプブレッド)につけて食べる「クルミのタコス」などを用意している。

「クルミのタコス」。クルミなどで作ったペースト(右)をフロンクネッケ(左)にのせて食べる

 味はスパイシーで、メキシコ料理風だが、具は肉を使う一般的なタコスとはまったくの別物で、口当たりは柔らかい。クルミは、タンパク質に加えて良質のオメガ3脂肪酸や食物繊維を豊富に含んでおり、腹持ちもいいため、ローフードメニューで使い勝手のいい食材といえる。

 また、食材を煮たり焼いたりすることができないなかで、様々な食感をどうやって生み出すのかも、ローフードのメニュー開発のポイント。同店でも、生の野菜などをドレッシングでマリネして柔らかくしたり、あえて生のまま使うことで歯ごたえを感じられるようにしたり、柔らかいフルーツなどを取り入れたりしながらバリエーションを出している。その代表的な料理が「本日のアントレ(前菜)」。ゴマ油、唐辛子、たまり醤油、ショウガの酢漬け、タヒニ(中東料理で使われるゴマベースのペースト)とアーモンドをブレンドしたドレッシングで味付けたケールがベース。そこにマンゴーとアボカドの柔らかな果肉、糸切りしたニンジンとビーツ、アルファルファと豆苗を加えて歯ごたえやシャキシャキ感を楽しめるように工夫している。

「本日のアントレ」。赤いビーツを加えるのは、食感の違いを与えるだけでなく、見た目を鮮やかにして食欲を高める狙いもある

 シェフを務めるビクトル・インゲマルソン氏は、かつて伝統的なフランス料理のコックだったが、多忙を極め、心身のストレスで休職するほどになったとき、食べ物が体に及ぼす影響が思っていたよりも大きいことに興味を持った。まずヴィーガンフード、次にローフードへ傾倒し、食生活を変えていくにしたがって体が軽くなり、活力が戻っていくのを強く感じたという。

インゲマルソン氏。自身の経験からローフードをスウェーデンに広げるべく、現在の店で働いている

 客層は女性が中心。特にビジネス層が多く、忙しいスケジュールの合間を縫って、日々の疲れを癒やしに来るという。カラダを内側からケアするとされるローフードが、健康志向の人々から人気を集めている。

ガーデンカフェ(Garden Café)
Knipplekullen 8-10, 417 49 Göteborg
https://www.sanktjorgenpark.se/mat/garden-caf%C3%A9/

焼かずに作る?ローフードのパン&ケーキ

 スウェーデンの首都・ストックホルムの、若者が集まる人気エリア・ソーデルマルムに2014年オープンした「ストックホルム・ロウ (STHLM RAW)」。低温で作ったローフードのパンやケーキなどを売るベーカリーカフェだ。

 サンドイッチなどに使うパンは、アーモンドとヒマワリの種、ゴマ、キヌア、そば粉、亜麻仁を長時間水に浸して柔らかくし、ミキサーで細かくつぶし、混ぜ合わせて約45度のオーブンで20時間ほどかけて乾燥させたもの。普通のパンのようにふかふかではないが、全粒粉やナッツ類を多く使ったパンのようなしっかりした食感が楽しめる。

 また、ケーキの生地は、カシューナッツ、アーモンド、デーツ(ナツメヤシの実)がベース。これらを水に浸して柔らかくし、ミキサーでつぶすところまではパンと同じだが、その後は冷蔵庫に放置して固めるだけ。高温で焼いたグルテンや膨張剤入りのものと比べると固めではあるが、後味は軽く、食べやすい。

「ブランチプレート」。コーヒー以外はすべてローフードだ

 そのほか、ランチタイムに絶大な人気を誇っているのが「ブランチプレート」(169クローネ=約2,028円)。「アボカドサンドイッチ」(写真右下)は、ニンジンを練りこんだパンにアボカドペースト、生のズッキーニやラディッシュ、ナッツ類などを乗せたボリュームのある一品。柔らかいアボカドペーストと歯ごたえのある野菜やナッツ類がお互いを引き立てあう。

 「グリーンスムージー」(同中央)は、マンゴーとリンゴ、ホウレンソウ、ショウガ、ライムで作ったもの。風邪の予防や冷え性改善に効果があるといわれる生姜の風味がアクセントになっている。

 「スニッカーズ」(同左上)は、カカオとピーナッツバターがメインのノンベイクケーキ。「チアシードプリン・フルーツ」(同上中央)は、タンパク質を豊富に含むチアシードのプリンにデーツ、オレンジ、ココナッツフレーク、マンゴーペーストをのせた一品。チアシードは水に浸すだけでプリンと同じような口当たりになるので、ココナツミルクで甘さを加えるだけで立派なデザートになる。

 さらに、ドーナツ(59クローネ=約708円)も揚げるのではなく、オーブンを使って低温で長時間かけて焼いたものだ。

右から、ココナツ入りの生地に乾燥ラズベリーをデコレーションした「ドーナツ」、アーモンドパウダーを使ったチョコレート菓子「ダムスーガレ(「掃除機)の意)」、チョコレートとピーナッツを挟んだ「スニッカーズ」(各59クローネ=約708円)

 スウェーデンではタコスが家庭でもよく食べられるため、この店でもローフードのタコス「ロータコス」(129クローネ=約1,548円)を提供するが、普通のタコスのように具をトルティーヤで巻くのではなく、具だけを混ぜ合わせて食べる独自のスタイルで提供。具材はすべてローフードで、皿にワカモレやクミン、ナッツ類を並べ、来店客が自由に混ぜて食べる。

「ロータコス」。ワカモレ(中央)のほか、カシューナッツやニンジン、シード類から作ったタコミックス(右上)、キュウリと赤玉ねぎ入りのトマトサルサ(左)、野菜類(右下)を混ぜて食べるスタイル

ローフードメニューは“高温で加熱しない”という制約があることで、料理人の創造性や創意工夫が問われる。だからこそオリジナリティあるメニューが生まれ、人気を呼ぶ要因になっているのかもしれない。

ストックホルム・ロウ(Sthlm Raw)
Långholmsgatan 11, 117 33 Stockholm
https://unbakery.se/

取材・文/中妻美奈子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1クローネ=約12円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。