(後編)欧州発 進化するローフード

近年、ヨーロッパで注目を集めている「ローフード」。生のまま素材を食べたり低温加熱調理で食材の栄養素を壊さずに摂取するスタイルだ。後編では、2つの地域の料理を組み合わせたローフードをリポートする

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Vol.190

 生のまま素材を食べたり、40~50℃くらいの低温加熱調理によって、食材に含まれる酵素やミネラル、ビタミンなどを極力壊さずに、効率よく摂取できる「ローフード(Raw Food)」。ヨーロッパで10年くらい前から徐々に広がってきた食のスタイルで、フランスでも人気が高まっている。

 もともとフランス料理でも、牛や馬の生肉をみじん切りにして、調味料、タマネギ、卵黄などとともに食べる「ユッケ」のような料理「タルタルステーキ」があり、ブラッスリー(比較的安価なフレンチレストラン)の定番料理として親しまれてきた。また、温野菜が好まれる傾向にある北欧と違い、フランス人は生野菜を使ったサラダへの抵抗感も少ない。さらに、近年、寿司がブームとなっていることもあり、ローフードを受け入れる土壌が徐々に整ってきたことが背景にある。

 前半では、こうしたトレンドを受けて人気を集めている飲食店のなかから、アジア風フランス料理店と、中南米&地中海料理の店で提供されているローフードメニューを紹介する。

「食感革命」を起こしたアジア風フレンチのローフード

 英語の「Raw(生)」をそのまま店名にしたアジア風フランス料理店「ロー」。パリ市内で2016年4月に1号店をオープンし、2018年には、同じ市内の大学や出版社などが集まるエリアに2号店となるサン=ジェルマン店を出店した。オーナーはスペインとの国境に近いバスク地方出身のウィリアム・プラドレイ氏と妻のマリー・プラドレイ氏。シェフでもあるウィリアム氏は、サンフランシスコやロンドンなどで修業を積み、そのなかでアジア料理に魅せられ、フランス料理とアジア料理を組み合わせたローフードメニューを売りにした「ロー」を出店した。

 メニューは、フランス料理を基本にアジアの食材や調味料でアレンジを加えたものが中心。すべてローフードなので、魚は主に刺身で提供しているが、日本の刺身とは一味違う。例えば、「マグロの刺身」(14ユーロ=約1,708円)は、ミニトマト、ラディッシュのピクルス、軽く茹でた枝豆をあしらい、スパイスを効かせたポン酢とハシバミ(ヘーゼルナッツ)の油で和えている。生魚の味を感じられるようにしつつ、枝豆のほのかな甘みやラディッシュの歯ごたえなど、微妙なエッセンスを加えた一品だ。

人気の「マグロの刺身」。枝豆やミニトマト、スパイスを効かせたポン酢などと和えていて、日本の刺身とは似て非なるメニューだ

 また、高温加熱を行わないローフードにおいて、生野菜のサラダは欠かせないメニューで、ピーナツをすりつぶしたソースで味付けした「シャンピニョン(マッシュルーム)とケールのサラダ」(5ユーロ=約610円)などが人気。フランス料理ではマッシュルームを薄くスライスして生野菜のサラダに使うことが多く、ローフードメニューでも使い勝手のよい食材といえる。

ケールのシャキシャキ感を楽しめる「シャンピニョンとケールのサラダ」。ピーナツ風味のソースがくせになるメニュー

 ランチでは、前菜、主菜、デザートがセットになった日替わりの「おまかせランチ」(20ユーロ=約2,440円)が人気。取材した日の主菜は、「軽く表面を焼いたイカとルッコラのソムタム風サラダ」で、千切りにしたパパイヤと青レモン、ナンプラーなどが入った自家製ソムタムソースで仕上げるタイ料理風のメニューだ。ローフードでは高温調理は行わないはずだが、イカの表面を焼いていることについてウィリアム氏は、「思うような味が出せない場合は、加熱したものを使うこともあります」と語る。「ローフード」のルールに縛られすぎておいしい料理ができなくては、本末転倒だと考えている。

「軽く表面を焼いたイカとルッコラのソムタム風サラダ」。ほのかな酸味とパパイヤの控えめな甘みが心地よい。油を使っていないので口あたりはあっさりしているが、それぞれの素材と調味料が深い味わいを生んでいる

 サン=ジェルマン店の主な客層は、昼が近くのオフィスで働くビジネス層、夜が近隣に住む人たち。ローフードでは「歯ざわり・口あたり」を大切にされる傾向があり、野菜がクタクタになるまで加熱するのが一般的なフランス料理とは一線を画す。オープン以降、このスタイルが徐々に浸透してきており、フランスの人々に新たな食のスタイルや価値観が根付きつつある。

RAW St Germain
44 rue de Fleurus 75006 Paris
https://www.facebook.com/RAW-138376363225854/

中南米と地中海料理をミックスしたローフードメニュー

 パリ市内に2017年9月オープンした「クリュ(Cru)」(フランス語で「生」の意)は、特徴的なローフードメニューを提供しているレストラン。経営者は、ジュリアン・ボンシ氏とトマ・フュレ氏。以前、2人が中南米を旅行した際、現地で食べたローフードメニューに魅了され、2人の故郷である南仏ニースの地中海料理と中南米のローフード料理をミックスしたオリジナルメニューで勝負することにした。すると、この店が予想以上にヒット。2019年4月には、パリの有名なデパート「ギャラリー・ラファイエット」の3階に2号店を出店。高級ファッションブランドが並ぶフロアにあり、店内スペースの半分以上が屋外テラスという開放的な造りだ。

 人気メニューの一つが、「タイのセヴィーチェ」(14ユーロ=約1,708円)。セヴィーチェはペルー風の魚介のマリネのことで、さばいたタイをオリーブオイル、ニンニク、唐辛子、ライム汁、コリアンダーなどとともに和えている。

柔らかい酸味とあっさりとした塩味が利いた「タイのセヴィーチェ」。ザクロの実が彩りを添えている。食べた人の反応を見て、酸味や辛みの調整を繰り返し、フランス人の好みに合う味付けに変えてきた

 また、タンパク質が不足しがちになるローフードにおいて重要なタンパク源となるチーズも活用。なかでも人気の高い「ブラータXXL バジリコ、シェリー酒ビネガーにつけたブドウ付き」(18ユーロ=約2,196円)は、ブラータ(イタリアの白い生チーズ)に、シェリー酒のビネガーに漬けたブドウを添えて、オリーブオイルをかけて仕上げた一品。生チーズとシェリー酒、ブトウの濃厚な味わいと、バジリコのさわやかな風味が絶妙なバランスだ。

「ブラータXXLバジリコ、ブドウのオーブン焼き付き」。240グラムのブラータが2つも入っていて、ボリューム満点。シェアして食べる人も少なくない

 このほか、高温で加熱調理して提供する料理もある。その中の一つ、「カリフラワーの丸ごとロースト ケミアパンとソース付き」(14ユーロ=約1,708円)は、カリフラワーひと株をそのまま180度のオーブンで焼いた豪快なメニューだ。

「カリフラワーの丸ごとロースト ケミアパンとソース付き」。カリフラワーひと株をオーブンで焼き、中東諸国で使われる白ゴマソース「タヒニ」とヨーグルト、オリーブオイルを混ぜたソースをかけたり、「ケミアパン」というレバノンで定番の平たいパンと一緒に食べる。焼き上げたカリフラワーは、外はカリッとしていて、中は柔らかい

 オーブンで調理したメニューを提供している理由について、料理人のポンシ氏は「素材が持つおいしさを引き出せるのであればオーブンでの調理も行うようにしています」と語る。カリフラワー以外にも、牛の肩肉や豚リブの旨みを引き出すため、120度以下のオーブンで7時間かけてじっくり焼くこともあるという。

 主な客層は、ビジネス層や外国人観光客。客単価はドリンク込みで30~35ユーロ(約3630円~4270円)だ。ランチ価格がないので、ドリンク込みでもランチが25ユーロ前後の周辺の店に比べて高めだ。夜は20時30分に閉店するので、ディナータイムはない。

 栄養素などに気を配り、健康的な食事を目指すと同時に、ローフードの手法にしばられすぎずに、食材などに合わせて本来はローフードの教科書には載っていない〝高温調理〟も取り入れる。こういった柔軟な姿勢が、ローフードをより身近なものに変えているといえそうだ。

CRU  Galeries Lafayette店
40 Boulevard Haussmann 75009 Paris
https://haussmann.galerieslafayette.com/

取材・文/羽生のり子(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ユーロ=約122円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。