(前編)マレーシア発 新スタイルのハラルメニュー

イスラム教において、イスラム教徒が口にしていい食材をハラルフードと呼ぶ。イスラム教徒や仏教徒などが混在するマレーシアで、伝統的なハラルメニューとは異なる新しいハラルメニューを提供する店を紹介する

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Vol.191

 戒律が厳しいとされるイスラム教において、教徒が口にすることを許されているのがハラルフード(「ハラル」はアラビア語で〝許されたもの〟)だ。その代表例が、魚、野菜、フルーツ、卵、牛乳などで、逆に豚肉やアルコール飲料などは口にすることを許されていない(国や地域、宗派などによって解釈が異なる場合あり)。

 東南アジアのマレーシアでは、イスラム教が「国教」に定められており、人口の約6割を占めるマレー系住民の多くがイスラム教徒。その一方で、中華系やインド系の住民のほとんどが仏教などほかの宗教を信仰しており、ハラルフードを使ったメニューしか食べない人と、そうではない人が混在している。そんな環境のなか、近年、新しいアレンジを加えたハラルメニューが次々と生まれている。

 前編では、独自のハラルメニューを提供しているマレー料理店と、豚肉を使わないハラル対応の中国料理店を紹介する。

伝統的マレー料理を「ハラル対応」のまま、多国籍風にアレンジ

 マレーシアの首都・クアラルンプール最大の繁華街、ブキット・ビンタン。そこからほど近い閑静な住宅街を走るサイロン通りにある「ビジャン」は、2003年3月にオープンした創作マレー料理店で、ハラル対応の伝統的マレー料理に他国の料理のエッセンスを取り入れ、一味違うメニューを提供している。

 例えば、前菜の一番人気である、マレー風の揚げ春巻き「ポピア・ゴレン(12リンギット=約311円)」もその一つ。伝統的な「ポピア・ゴレン」は春巻き用の皮で具材を巻くが、この店では皮を細切りにしてコーン、長ネギ、紫タマネギ、ニンジンとともに水で溶いた小麦粉にからめて揚げ、かき揚げのような形に仕上げている。これに唐辛子とケチャップ、コブミカンのしぼり汁を入れた特製ソースをつけて食べる。サクサクとした食感、甘みの強いタマネギやニンジンにピリ辛のソースがよく合う。

カットした素材をかき揚げのようにまとめて揚げたことで、普通の「ポピア・ゴレン」とは違う食感が楽しめると来店客から好評

「ルスック・パンガン(88リンギット=約2,279円)」は、牛肉のショートリブ(ともばら)をタマネギやニンニクなどとともに数時間オリーブオイルに漬け込んで西洋風の炭焼きにし、マレー風のソースで食べる“東西融合料理”だ。ソースは、焼き飯「ナシゴレン」などに使われる甘口の「ケチャップマニス」か、サンバル(唐辛子、タマネギ、ニンニク、砂糖の辛味ソース)とブラチャン(アミ海老を発酵させた調味料)を合わせた「サンバル・ブラチャン」の2種類を好みでつけて食べる。

牛肉のショートリブの旨みを感じられる「ルスック・パンガン」。マレー風の2種類のソースを合わせることで味の変化を楽しめる

 看板メニューは、「レンダン・イティック・ビジャン」(65リンギット=約1,685円)。「レンダン・イティック」とは「アヒルのカレー風味煮込み」でマレーシアの伝統料理の一つ。つまり、ビジャン(店名)流のアヒルのカレー風味煮込みのことだ。では、どこがオリジナルなのかというと、アヒル肉をコンフィ(低温の油でじっくりと加熱するフレンチの調理法)することで柔らかく、ジューシーに仕上げていること。これにココナッツミルクと香辛料を使ったソースをかけて完成。独特の香りのソースとアヒルの旨みがベストマッチだ。

「レンダン・イティック・ビジャン」は、「マレー料理をワンランク上げた」という評価を受ける同店を象徴する一品

 マレーシアでは、マレー料理を提供する店の多くが「JAKIM(マレーシア政府ハラル認証機関)」からハラル認証を受け、それを店頭でも掲げている。同店もJAKIMが認可している食材しか使っていないが、イスラム教で禁じられているアルコールを提供しているため、ハラルの認証を受けることはできない。それでもあえてアルコールを提供している理由は、イスラム教徒以外の人が、夕食時にアルコールを嗜むことも多いから。そういう人たちのためにアルコールも提供しており、宗教に関係なくマレー料理を楽しんでもらいたいと考えている。

 実際、店内はマレー系だけでなく、中華系やインド系、そして外国人居住者など様々な客層で賑わっている。逆に言うと、アルコールなどを提供していてもイスラム教徒を集客することは可能ということだ。

ビジャン(Bijan)
No 3 Jalan Ceylon
50200 Kuala Lumpur
http://www.bijanrestaurant.com/index.html

豚肉を使わない、ハラル対応の中国料理などを提供

 クアラルンプール中心部から西に約17キロの場所にあるベッドタウン、プタリン・ジャヤ。そのなかで、大手銀行のビルが並ぶビジネスエリアにあるのが2017年5月にオープンした中国料理店「ママリー」だ。オーナーシェフである中華系マレー人のケビン・クー氏が、母親のリー・ヒアップ・チェン氏のレシピをベースにした料理を提供している。

 同店では、中国料理において非常に重要な食材の一つである豚肉を一切使っていない。その理由についてケビン氏は、「イスラム教徒でない私がマレー料理を食べても問題になることはありませんが、イスラム教徒の人たちが豚肉などを使った一般的な中国料理を食べることはできません。そこで、世界三大料理の一つである中国料理をイスラム教徒の人たちにも楽しんでもらいたいと考え、豚肉などを使わないハラル対応の中国料理を提供することにしました」と語る。

ナシ・レマ定食の一つ「ソルテッドエッグ・フライドチキン・ナシ・レマ」。フライドチキンにかけた濃厚なソースが食欲を刺激する

 同店で人気なのが、18種類のナシ・レマ定食。「ナシ・レマ」とは、ココナッツミルクで炊いた白米に、小魚、ピーナッツ、キュウリ、サンバル(マレーシア独特の唐辛子ペースト)を添えたマレー料理の伝統的なご飯のこと。これと様々なおかずを組み合わせた定食を用意しており、なかでもフライドチキンを使った料理が7種類と一番多い。イスラム教徒にとって豚肉は口にできない食材で、牛肉は高価ということもあり、自然と鶏肉が好まれる傾向にあるからだ。

 7種類あるフライドチキンを使った定食のなかでも人気が高いのが、「ソルテッドエッグ・フライドチキン・ナシ・レマ」(12リンギット=約311円)。中国料理で使われるシエンタンと呼ばれる塩漬けにした卵の卵黄を、バター、香草などと一緒に炒めてソースにし、カリカリに揚げたフライドチキンにかけている。

「スパイシー・ソトン・ナシ・レマ」。コリコリしたイカと柔らかいプテイがマッチ。サンバルの辛みはプテイで少し緩和される。乾燥イカではなく、生イカを使っているのがシェフのこだわり

 また豚肉が使えないため、シーフードもハラル対応の料理では非常に重要な素材。同じく ナシ・レマ定食の一つ「スパイシー・ソトン・ナシ・レマ」(14リンギット=約363円)は、イカとプテイ(ネジレフサマメ)という豆を、タマネギ、サンバル、醤油など中華風の味付けで炒めた料理だ。

 このほか、600グラムのロブスターを使った「ロブスター・ナシ・レマ」(79リンギット=約2,051円)は、バターと塩、コショウ、ロブスターの味噌で作ったソースをかけ、オーブンで20分じっくりと焼き上げた人気のメニューだ。

「ロブスター・ナシ・レマ」。高級食材・ロブスターの旨みを存分に味わえると好評だ

 前半で紹介した「ビジャン」と同様、アルコールを提供しているため、ハラル認証は受けていない。しかし、中華系の知人や友人に連れてこられたマレー系の人がナシ・レマ定食を気に入り常連になったり、週末にファミリーで来店するなど、現地の中国料理店では珍しくイスラム教徒のファンも獲得している。

 かつて、マレーシアでは、ハラル対応をしている店というと伝統的なマレー料理店のみだったが、徐々にほかのジャンルのレストランにもハラル対応の店が増え始め、幅広い層から支持を得ている。

ママリー(Mamalee)
27M Jalan SS21/37, Damansara Utama,
Petaling Jaya
https://www.facebook.com/mamaleemalaysia/

取材・文/梅本昌男(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1リンギット=約25.93円
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