(後編)マレーシア発 新スタイルのハラルメニュー

全人口の多くがイスラム教徒のマレーシアで、近年になって様々な業態でハラル(イスラム教徒が口にしてよい)フードを使った料理が人気だ。後編では、イタリア料理とメキシコ料理の事例を紹介する。

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Vol.192

 東南アジアのマレーシアでは、全人口の約64%を占めるマレー系住民の多くがイスラム教徒。彼らはハラル(アラビア語で「許されているもの」という意味)というイスラム教で許されている飲食物しか口にしてはいけないため、外食をするにしても伝統的なマレー料理を提供する店などに限られてきた。

 ところが近年、様々な業態で「ハラル」に対応した料理が提供されるようになっている。そのなかから、後編はイタリア料理とメキシコ料理の店にスポットを当てる。

本場の味を「ハラル対応」で提供するイタリア料理店

 マレーシアの首都・クアラルンプールの中心部から南西に約10キロのメダン・ダマンサラ地区。高級住宅街として知られ、外国人居住者も多いこの街に、イタリア料理店「ラ・リザータ」がオープンしたのは1999年12月のこと。イタリア人シェフが手がける本格的なイタリア料理が売りで、すべてのメニューをイスラム教徒でも安心して食べられる「ハラル対応」にしているのも特徴だ。

 自慢のメニューの一つが、全12種類の本格的な窯焼きピザ。なかでも、1つのピザで5つの味が楽しめる「ピザ・タボローネ」(65リンギット=約1,685円)が一番人気だ。

長さ約50センチの「ピザ・タボローネ」。写真手前から、トマトとゴルゴンゾーラチーズのトリュフがけ、ビーフサラミ、燻製したサバとホウレンソウのキャビアがけ、アンチョビと唐辛子、ポルトベロマッシュルームとモッツアレラチーズ

 一般的にサラミといえば豚肉を使うことが多いが、「ハラル対応」にするため、「ピザ・タボローネ」ではミラノから空輸した牛肉のサラミを使用。豚肉以外の肉でも、イスラムの教義にのっとった方法で処理したものでなければ「ハラル」とは呼べないため、その点にも気を配っている。

 そのほか、パスタも人気メニューで、店の名前を冠した「スパゲティ・ラ・リザータ」(39リンギット=約1,011円)は、エビ、イカ、ムール貝などのシーフードと麺をトマトソースに絡め、ホイルで蒸し焼きにしたもの。魚介類は、野菜やフルーツ、卵や牛乳などと同様、イスラム教徒も食べてよい食材なので自由に使うことができる。

「スパゲティ・ラ・リザータ」は、マレー料理でよく使われる唐辛子「チリ・パディ」を使っており、「アラビアータ」に近い味付け。ホイル焼きにすることで魚介類の旨みがパスタに浸み込んでいる。

 肉料理で、マレー系の人たちから評判が高いメニューが「アンニョロ・アラ・グリリア」(76リンギット=約1,971円)。イスラム教徒にとってポピュラーなラム肉のテンダーロイン(ヒレ)を使い、ナスやトマト、オリーブを使ったシチリア風のソース・カポナータをかけて仕上げた一品だ。

イスラム教徒からの人気が高い「アンニョロ・アラ・グリリア」。柔らかいテンダーロインが口の中で簡単にほぐれていく

 この料理は、本来、白ワインを使うのだがイスラム教徒にとってアルコールはご法度。そこで、代わりに自家製のビーフストックで味に深みを加えている。「ハラル対応」を考える際、ついつい見逃しがちなのが「調理過程でもアルコールは使えない」ということだ(ちなみに、発酵過程でアルコールが醸造されるしょうゆや味噌に関しては、日本でもハラル認定されている商品が売られている)。

 オープン時から「ハラル対応」をきちんとしていたが、ワインなどのアルコールを提供していることから、当初、マレー系の来店客は少なかった。しかし、他宗教の友人や同僚と一緒に来店したことがきっかけで、その味の虜になる人が徐々に増加。現在、来店客の約半分がマレー系になるなど、イスラム教徒でも楽しめるイタリア料理店として人気を集めている。

ラ・リザータ(LA RISATA)
128 Jalan Kasah
Medan Damansara
http://la-risata.com/

メキシコ料理のナチョスをハラル仕様に

 クアラルンプール中心部から西に約15キロ。タマン・トゥン・ドクター・イスマイル(TTDI)は近年開発が進み、アッパー層の住民が増えているエリア。そのなかのフードトラックが集まる「セダップ@TTDI」という広場で、メキシコ料理・ナチョス専門のフードトラック店「ナチョスラ」は2017年12月に営業を開始した。

 オーナーを務めるのは、メキシコ料理の大ファンだったというシャフール・フィットリ・ビン・ロザーリ氏。もともと、クアラルンプール市内にはメキシコ料理店が少なく、どこも値段が高いうえにハラルにも対応していないため、特にイスラム教徒が多いマレー系の住民にとっては入店のハードルが高かった。そこで、イスラム教徒にもメキシコ料理に親しんでもらいたいと考え、ナチョス専門のフードトラック店を自ら開くことにしたという。「セダップ@TTDI」を出店場所に選んだのは、新しい料理への興味が高い若い層が多く集まると予想したからだという。

 ナチョスのサイズは、1~2名用の「カップル」(20リンギット=約519円)と5~6名用の「スクオッド」(60リンギット=約1,556円)の2種類。これは、クアラルンプールにある一般的なフードコートで食事をするのと同じくらいの価格設定だ。

 ソースは8種類で、メキシコ料理になじみがない人が多いことを想定し、マレー料理の要素を入れたソースも用意している。その代表格で、一番人気なのが「ビーフ・レンダン・ナチョス」。マレーシアの伝統料理の一つであるレンダン(香草煮込み)風に調理した牛肉をたっぷり使っている。よく煮込んだ牛肉の旨みとチーズ、トマトソースがよくマッチしている。

一番人気の「ビーフ・レンダン・ナチョス」。大鍋で3時間煮込むことで牛肉の繊維がほぐれて柔らかくなり、ナチョスの具材として最適だ

 2番目に人気が高いのが「チキン・マサック・レマック・チリ・パディ・ナチョス」。これもマレーシアで好まれるチキンカレーをアレンジしている。チキンカレーはマレー系の人々にとっては食べなれた“お袋の味”。スパイシーなカレーとまろやかなチーズがよく合う。

「チキン・マサック・レマック・チリ・パディ・ナチョス」。ハラル対応なので、豚肉を使わないのはもちろん、牛肉や鶏肉もイスラムの教義にのっとった手法で処理されたものを使っている

 また、最近、マレー系の人々の間でも増えているベジタリアン向けに用意しているのが「サルサ&チーズ・ナチョス」。肉類は一切使っておらず、サルサソースをたっぷりかけ、輪切りにした青唐辛子をトッピング。サルサソースと唐辛子の辛さがミックスされ、スパイシーな味わいが人気を呼んでいる。

ほかのナチョスでは、青唐辛子を1本丸ごと添えているが、「サルサ&チーズ・ナチョス」では、具材の一つとして食べてほしいという想いから、輪切りにしてトッピングしている

 リーズナブルであることやハラル対応にしたことも功を奏して、若い層を中心にマレー系住民のファンを数多く獲得している。

 マレーシアでは、小さな食堂や屋台、フードトラックなどはハラル認証を持っていない店も多く、同店も認証は受けていない。しかし、重要なのは「ハラルに対応している店」だと認知されていることと、価格や味の面で満足させるだけのレベルにあること。これを満たしていれば、これまでイスラム教徒にとって縁遠かったジャンルの飲食店でも、人気店に成長する可能性があるということだろう。

ナチョスラー(Nachoslah)
Sedap@TTDI
Jalan Tun Mohd Fuad 3
Taman Tun Dr Ismail
https://www.instagram.com/nachoslah/

取材・文/梅本昌男(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1リンギット=約25.93円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。