Vol.195
世界的な人口増加による食糧難や、貧富の差の拡大による飢餓やフードロスなど、様々な問題を抱える食の世界。飲食業界でも「持続可能性(サスティナビリティ)」を真剣に考える動きが起きている。そんななか、世界に先駆けて自然環境を保護する法律を定めたエコ先進国・ドイツでは、「食の持続可能性」の分野で飲食店が様々な取り組みを行っている。
前編は、「紙コップゴミ削減」と「フードロス削減」を目指すべく、複数のレストランが共同で行っている取り組みを紹介する。
各店共通で使える再利用カップ
ドイツでは、コーヒーショップなどで1回使われただけで廃棄される使い捨てカップの量が、年間で約28億個にものぼる。しかもコーヒーショップなどの紙のカップは部分的にプラスチックが使われているため、リサイクルはほとんど不可能。資源の無駄遣いとして社会的な問題にもなっている。
こうした問題に一石を投じているのが、2016年9月にドイツ・ミュンヘン近郊の小さな街、ローゼンハイムで生まれたベンチャー企業「リカップ(RECUP)社」だ。自社で開発した「1,000回以上再利用できるポリプロピレン製のカップ」を使い、デポジット方式によるテイクアウト用コーヒーカップのリユース推進事業「RECUP」を展開している。現在、ミュンヘン、ベルリン、フランクフルトなど主要都市を中心に、カフェやパン店など2,959店舗がこのプロジェクトに参加している。
仕組みはいたってシンプル。「RECUP」の参加店舗に行き、来店客がコーヒー代とは別に1ユーロ(約120円)のデポジット(仮払金)を支払うと、ポリプロピレン製の専用カップにコーヒーを入れてもらえる。飲み終わった後、使用済みのカップをどこかの「RECUP」参加店舗に返却するとデポジット(1ユーロ)が返金されるというもの。また、専用スマホアプリを使うことで、周辺にある「RECUP」の参加店舗を検索することも可能だ。
ポリプロピレンは、耐用限度を超えても100%リサイクルすることが可能なエコ素材。カップは食洗機での洗浄も可能なため、飲食店にとっても扱いやすい。また、「RECUP」に参加することで飲食店は紙コップの購入費用を抑えられ、環境保全に貢献している店舗であることもアピールできる。来店客のなかには、「RECUP」が使えることを店選びの基準にしている人も増えてきており、集客にもつながっている。一方で、消費者にとっては、マイカップを持ち歩かなくても環境に貢献できるといったメリットがある。
ベルリンにある「カフェ・ヴォーントラウム(Café Wohntraum)」は、2019年4月から「RECUP」に参加している個人経営のカフェ。「以前から使い捨ての紙コップが資源の無駄だと感じていたところ、知り合いから『RECUP』のことを聞いてすぐに申し込み、導入と同時に紙コップはすべて廃止しました」と経営者のナディーン・ブッフホルツ氏。だが、返金されるとはいえ、コップ料金を払うことを来店客がどのように受け止めるか不安がなかったわけではなかった。「ただ、今のところ、ネガティブな反応はほとんどありません。『RECUP』が原因でテイクアウトするのをやめた人は、この4カ月間で1人しかいませんでした」と語る。
『RECUP』の参加店舗は、現在、社員食堂や病院内のカフェ、学食などまで拡大。さらに、ドイツ国内のマクドナルドや1,000店舗以上を展開するコーヒーチェーンの「チボー(Tchibo)」、コーヒー&サンドイッチの大手チェーン「ディーンアンドダビッド(Dean & David)」、ドイツ鉄道の車両内などでもテスト運用を行っており、正式導入が決まれば一挙に参加店舗が増えることが予想される。
環境先進国のドイツでは、環境破壊の象徴である使い捨て紙コップに自社ロゴをつけることはイメージダウンにつながるため、無地のカップを使っている店が多い。逆に、『RECUP』の専用カップを使っている店はイメージアップにつながるため、店の入口にRECUP参加店舗であることを示すシールを貼る店も増えている。
使える店舗が増えれば増えるほど、好きな店で借りて、好きな店で返せるようになる。気軽に環境に貢献できる「RECUP」は、ドイツ国内にとどまらず、いずれ世界的な広がりを見せるかもしれない。
Hofmann Straße 52, 81379 München
https://recup.de/
Weimarer Straße 35, 10625 Berlin
https://cafe-wohntraum.berlin/
アプリを通じて「残り物」を廉価で販売
「トゥー・グッド・トゥー・ゴー(Too good to go)社」は、デンマークで2016年6月に設立された食品ロス対策のためのベンチャー企業。同社が開発したのは、飲食店や小売店などで廃棄扱いになりそうな食材や食品、料理などを、消費者が安価で購入できるマッチングアプリ「トゥー・グッド・トゥー・ゴー」だ。加盟店舗が廃棄処分になりそうな商品を登録すると、アプリユーザー(消費者)がその中から購入したいものを選んで電子決済し、指定時間に店に取りに行くという流れ。「売れ残りを格安で販売する」というサービスは、日本でもスーパーマーケットなどで行われているが、このサービスは、インターネット上で複数の店舗と複数の消費者をマッチングするため、消費者にとっては選択の幅が広がり、飲食店などにとっては販売できる確率が高まるのだ。もともとデンマークで生まれたアプリだが、ヨーロッパ各地に加盟店が広がり、ドイツでも多くの飲食店やホテルなどが加盟している。
加盟店の業種や業態は様々で、当然登録される商品も多岐にわたる。例えば青果店であればフルーツや野菜などの食材。ベーカリーからはパンやお菓子などの加工食品。軽食系のレストランからは、サンドイッチやパニーニなどの料理などだ。
また、朝食ビュッフェやブランチビュッフェの残り物を商品として登録するホテルやレストランも多い。ビュッフェスタイルの場合、終了ギリギリまでテーブルいっぱいに料理を並べなくてはならないため、廃棄ロスが問題になっていた。ベルリン西部の中心地にある「ホテル・メルキュール・ベルリン・ヴィッテンベルクプラッツ」では、「朝食ビュッフェ」が終了する直前の10時25分から、「残った料理の取り放題」を3.5ユーロ(約410円)でほぼ毎日販売している。料理を詰める容器は、ホテルに用意されているリサイクルペーパーの箱でも持参したものでもよく、何箱使ってもいいという大盤振る舞い。しかも、この朝食ビュッフェは本来は宿泊客しか食べられないので、それだけでも特別感がある。ベルリンでこのホテルと同じレベルのビュッフェを食べると、およそ15ユーロ(約1,755円)はするので、価格的にもかなりリーズナブルだ。
また、西ベルリンの高級住宅街のオシャレな朝食スポットとして人気のカフェ「ホワット・ドゥー・ユー・ファンシー・ラブ?(What do you fancy love?)」は、取材の1週間前に「トゥー・グッド・トゥー・ゴー」に加盟したばかり。閉店の15分ほど前から、売れ残りそうなパンやケーキなどの詰め合わせを3ユーロ(約351円)でほぼ毎日販売している。ただ、「トゥー・グッド・トゥー・ゴー」で予約が入ったとしても、その分を取り置きする必要はなく、来店客に定価で売ってしまうことも可能。あくまでも「廃棄ロスをなくすこと」が目的だからだ。ちなみに、予約客にはアプリを通してキャンセルの連絡が入る。
同カフェで、「トゥー・グッド・トゥー・ゴー」を利用する客は、節約を目的とする人ばかりではなく、学生からアッパー層まで幅広い人が、「捨ててしまうのはもったいないから」と言って購入していくという。毎日5〜7セットを用意し、すぐに売り切れるため、廃棄ロスはかなり減っている。
「トゥー・グッド・トゥー・ゴー社」の設立から3年を経た2019年8月現在で、ドイツを含むヨーロッパ全土での加盟店は28,283店。廃棄されずに人々に消費された食品は、のべ1,363万食にも及んでいる。
利用客は、必ずしも生活に困っている人ではなく、「廃棄食料は減らすべき」という未来への信念を持つ人たちも多い。同様に、「食の未来のために貢献したい」という想いを持って参加する飲食店も増えており、ますます大きなムーブメントになりそうだ。
Gustav-Meyer-Allee 25, 13355 Berlin
https://toogoodtogo.de/de
Wittenberg platz. 3, 10789 Berlin
https://mercure-wittenbergplatz.atberlinhotels.com/ja/
Knesebeckstraße, 68/69 10623 Berlin
http://www.whatdoyoufancylove.de/
取材・文/宮本 薫(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ユーロ=約117円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。