(後編)ドイツ発 “食の持続可能性”の現在地

エコ先進国のドイツでは、飲食店で食の持続可能性を追求する動きが増えてきている。後編では、室内水耕システムによる食材ロスの削減と、コンポストによる廃棄ロス削減に挑む店を紹介する。

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Vol.196

将来的な食糧難が危惧されている現代社会で、「持続可能性(サスティナビリティ)」は飲食業界で重要なキーワードとなりつつある。そんななか、エコ先進国であるドイツでも「食の持続可能性」を追求する動きが出てきている。後編では、室内水耕システムを利用してフードロス削減を目指す店と、コンポスト(有機物を微生物の働きで分解させて堆肥にする処理方法)により廃棄食材の再利用を試みる店の取り組みを紹介する。

室内水耕システムの導入で、必要な量だけを“店内で収穫”

 ドイツの首都ベルリンの観光名所でもある近代アート美術館「マーティン・グロピウス・バウ」。その館内に、2019年3月にオープンしたのがイスラエル料理店「ベバ(Beba)」だ。店内に入ると、テーブル席の壁に沿って並ぶ巨大なケースのようなものが目を引く。これは、ケース内で野菜やハーブを育てる「室内水耕システム」で、注文を受けた後に、ここから収穫して料理に使っている。

店内の壁に沿って並ぶ「室内水耕システム」のケース。光、水分、栄養など生育に必要なものはすべてコンピューターで制御されている

 この室内水耕システムは、2016年に設立したベンチャー企業「インファーム(infarm)社」が開発したもの。それぞれのケース内の環境は、インファーム社がシステム上で一括管理しており、自動で野菜などに適量の水や養分、光が与えられる仕組みだ。このシステムの利用で、採れたての新鮮な素材が提供できるだけでなく、一般的な食材に比べて生産から販売までに使用する水の95%、肥料の75%、運送コストの90%を削減することができるという。2019年8月現在、ドイツ、フランス、スイスの飲食店、計182店で利用されている。

 インファーム社が提供できる野菜は約30種類で、同店ではクリスタルレタス、ゴールデンフリル、グリークバジル、フレンチタイムのほか、ドイツでは珍しいからし菜、マウンテンコリアンダーなど、21種類の野菜を栽培している。

水耕栽培システムで育ったゴールデンフリル。自動的に水や養分が提供され、ライトで日照時間もコントロール

 「シトラス・シーザーサラダ」(15ユーロ=約1,755円)は、室内水耕システムで栽培した葉物野菜をたっぷり使った一品。ブラッドオレンジ、グレープフルーツ、チェリートマト、ラディッシュと合わせ、仕上げに60度で低温調理した鶏の胸肉を軽く炙ったものをのせる。採れたて野菜のみずみずしさ、柑橘類の甘酸っぱさ、ジューシーな胸肉の旨みが絶妙だ。

人気の「シトラス・シーザーサラダ」。「採れたてで野菜の味が濃いので、軽くオレンジドレッシングを使う程度。ドレッシングはなくてもいいくらいです」とシェフのアナット・バラク氏

 オーナーのシャニ・レーダーマン氏は、インファーム社でマーケティングマネージャーを務めていたが、このシステムで育てた野菜を調理して、来店客に直接提供したいと、独立して同店を開いた。システム導入によって、新鮮でおいしい野菜を提供できるだけでなく、そのとき必要な分だけを収穫して使うため、食材ロスがほとんど出ず、環境面に配慮した店であることもアピールできるという。

 来店客のおよそ半数が、美術館を訪れた人たち。室内水耕システムを目にして驚き、さらに新鮮な採れたて野菜のおいしさにも驚き、常連になる人も多い。

Beba (Martin Gropius Bau )
Niederkirchnerstr. 7 10963 Berlin
https://www.facebook.com/Beba-at-Gropius-Bau-309194473058929/

コンポストを利用した廃棄物ゼロレストラン

 ベルリンのなかでも特におしゃれなショップや飲食店が並ぶミッテ地区に、2019年3月オープンしたビーガンレストラン「フレア(Frea)」。ここでは、店から出た有機ゴミを店内の特殊なコンポスト装置で処理し、24時間後に肥料として契約農家に運んでいる。

 コンポスト装置は、香港のオクリン社製。一日最大25キログラムの生ゴミを処理することができ、肥料化された生ゴミの体積は1/10になる。オクリン社はコンポスト業界のパイオニアで、グランドハイアット、シェラトン、ラマダなどの有名ホテルのほか、レストラン、スーパーマーケットなどでも導入が進んでいる。

店内の片隅に置かれたコンポスト装置。食品廃棄に関心を持ってもらうため、バックヤードではなく、あえて来店客の目に入る場所に置いている。生ごみの臭いは一切出ない

 料理のコンセプトは“地産地消”で、地元で採れた季節の野菜をたっぷり使ったビーガンメニューが売りだ。ランチは、メイン(自家製パスタまたは週替わりの野菜料理)に、前菜か週替わりのデザートのどちらかを選び、ソフトドリンクも付いて13ユーロ(約1,500円)。また、ディナーは6種の前菜と3種のメイン、3種のデザートから一つずつ選び、ドリンク1杯が付いて16ユーロ(約1,800円)。メニューを絞り込んでいるのも、廃棄を減らすため。コンポストに回すとはいえ、ロスはできるだけ少ない方がいいと考えているからだ。

取材日の週替わりランチメニュー「ブロッコリーと椎茸のパスタ」。ブロッコリーとしいたけは素焼きしており、素材の味が楽しめるように工夫している

 オーナーのデイビッド・スーチー氏は、著名なフードブロガー。もともとフードロスについて問題提起を続けてきたが、自身でもロスを抑えた飲食店を経営したいと考え、廃棄物ゼロのケータリングビジネスからスタートし、「フレア」の開業に至った。

オーナーのスーチー氏(右)と事業パートナーのジャスミン・マーティン氏(左)。「廃棄物ゼロのビーガンレストランというと、メニュー開発でも制約が多いのではと感じるかもしれません。ですが、縛りがあるからこそ、さらにクリエイティブになれると考えています」(スーチー氏)

 平日のランチの主な客層は、周辺で働くビジネス層。ディナーや週末のランチでは、ファミリーなども含めた幅広い層が来店しているという。

 「室内水耕システム」や「コンポスト装置」による食材ロスの削減、再利用など、飲食店による「食の持続可能性」へのチャレンジが生まれているドイツ。こうした取り組みは、今後、日本の飲食店でも増えていくかもしれない。

Frea
Torstraße 180, 10115 Berlin Mitte
https://www.frea.de/

取材・文/宮本 薫(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1ユーロ=約117円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。