(後編)タイ発 タイ料理が高級&華麗に進化

近年、タイ・バンコクでタイ料理の高級業態が増えてきている。中でも、アメリカやオーストラリアなど、外国人シェフが提供する高級タイ料理は、伝統や固定概念にとらわれない独自の発想から生まれている。

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Vol.222

 タイでは近年の経済成長に伴って富裕層が増えたことで、屋台や庶民的な食堂で提供されているイメージの強かったタイ料理の高級化が進んでいる。2018年から発行されている「ミシュランガイド」バンコク版にも多くのタイ料理店が掲載されている。

 後編では、タイ以外の国の料理人が自由な発想で生み出した新感覚の高級タイ料理を紹介する。

独自の発想で作るタイ料理のコース

 バンコクの高級住宅街・スクンビット地区に2009年1月オープンしたのが「ボラン」だ。オーストラリア人のディラン・ジョーンズ氏と海外で暮らしていたこともあるタイ人のデュアンポン氏夫妻が共同でオーナーシェフを務めており、メニューは、アミューズやデザートを含む全8品のコース(2,480バーツ=約8,531円)のみ。客単価はタイの中流レストランのおよそ10倍だが、連日予約で満席になっている。

 人気の理由は、従来のタイ料理とは一線を画す料理の数々。その一つが、タイでポピュラーな調味料であるチリペーストを料理の主役にした「チリタマリンドペーストと魚のフライ」。チリペーストに、甘酸っぱいマメ科のフルーツタマリンドを加え、干しエビやエシャロット、トウガラシなどを臼で砕いて混ぜる。皿に一緒に盛り付けられたキスのフライや野菜にこれを付けて食べると、辛さの中に奥深い旨みと甘みを感じられる。

チリペーストを主役として皿の中央に配置した「チリタマリンドペーストと魚のフライ」。カボチャの花や菜の花などが皿を彩る

 また、スズキを使った「フィッシュタイカレー」もタイ南部の名物料理を独自にアレンジした一品。一般的にはスズキを骨付きのままぶつ切りにして、そのまま煮込むことが多いが、同店では切り身にして、細かい骨も取ってから揚げる。そして、千切りにしたジュウロクササゲ(マメ科の植物)などとともに煮込み、トウガラシとショウガをトッピングして完成。スープにレモングラスを加えることで味わいも上品に仕上がっている。

「フィッシュタイカレー」。千切りにしたトウガラシとショウガを添えて見た目にも美しく仕上げている

 コースの締めくくり(デザートの前)に供されるのが「ボートヌードルのヌードル抜き」。ボートヌードルとはスープに豚の血を加えるタイの麺料理の一つ。新鮮な豚の血を使っており、鶏ガラを一度あく抜きしてから作ったスープと合わせている。麺抜きにして、具だくさんの濃厚スープを堪能してもらうという趣向だ。

「ボートヌードルのヌードル抜き」。シャキシャキのもやしとさわやかなパクチーが濃厚なスープによく合う

 これらの料理は、オーナーシェフ夫妻が従来のタイ料理に自分たち独自のアイデアを盛り込んで洗練させた進化版とも言うべきもの。それがタイの人には新鮮に映り、現地の富裕層を中心に多くのファンを生み出している。

ボラン(Bolan)
24 Soi Sukhumvit 53, Klong Toey Nua Wattana, Bangkok
https://www.bolan.co.th/2019/

アメリカ人シェフによる、タイの素材を使った創作料理

 同じくスクンビット地区のトンロー通り沿いは、富裕層や外国人居住者が多く、おしゃれな飲食店やカフェが建ち並ぶ場所。ここに2017年4月オープンして話題となっているのが、タイの素材を使った創作料理店「キャンバス」だ。料理は、エグゼクティブシェフを務めるアメリカ人のライリー・サンダース氏が料理を手掛け、提供するのは全10品のコース(4,500バーツ=約1万5480円)のみだが、予約がなかなか取れない人気店になっている。

 コースの中でも、人気の高い料理の一つが「ザリガニ」というメニュー。タイでは普通は茹でたりスープに入れて食べるサリガニを、ゆでてから身をこま切れにしてディル(ハーブの一種)を刻んだものと、ふかしたカボチャを合わせた一品。味付けはあえてコショウのみで、それぞれの素材の味を楽しめる。

「サリガニ」。オレンジ色のグラスに盛り付けており、見た目も特徴的な一品

 また、タイ料理で「トムヤムクン」や「タイカレー」などに用いる身近な存在のキノコを5種使った「野生のキノコ」も人気だ。フクロウダケやシイタケ、エノキなどをそれぞれゆでたり炒めたりした後、マオベリー(タイブルーベリー)やパクチーのペースト、クズイモ科のヒカマや乾燥豚肉を粉末にしたものをかけている。キノコにさまざまな味が加わることで、奥深い味わいになっている。

「野生のキノコ」。素材の活かし方はもちろん、アート作品のような料理のビジュアルもこだわりの一つ

 また、デザートの「バナナ」も特徴的。タイではバナナを葉に包んで焼いたり、揚げたりして食べることもあるが、ここでは4種のバナナ(ホーム、ナームワー、カイ、ハクムック)を、ペーストやアイス、フライ、乾燥と、異なる方法で調理。食感や温度の違いなど、バナナのさまざまな楽しみ方が一皿の中に凝縮されている。

デザートの「バナナ」。種類の異なるバナナを、それぞれアイス、乾燥、フライ、ペーストにして一皿にまとめている

 タイ料理の伝統的な素材を使って生み出す新たな料理は、高級住宅街に住む食にこだわる人々を驚かせた。オープン翌年の2018年にはミシュランで1ツ星を獲得しており、ますます注目度は高まっている。

キャンバス(Canvas)
113, 9-10 Thonglor Road, Klongton Nua, Watthana, Bangkok
https://www.canvasbangkok.com/

取材・文/梅本昌男(海外書き人クラブ)
※通貨レート 1バーツ=約3.44円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。