北欧発 ニューノルディック・キュイジーヌ 後編

北欧諸国の食材を使い、新世代のシェフがユニークなアイデアで表現する新・北欧料理「ニューノルディック・キュイジーヌ」。デンマークで始まった流れはスウェーデンやフィンランドにも及ぶ。

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Vol.34

北欧諸国で採れる食材を使い、新世代のシェフたちがユニークなアイデアで表現する新・北欧料理「ニューノルディック・キュイジーヌ」はデンマークで始まり、今やその波はスウェーデンやフィンランドにも及んでいる。スウェーデンでは、辺境の地にありながら、地産地消で人気店となったレストランや、薪火だけで調理するレストランが誕生。フィンランドでは太陽光だけで料理をする可動式レストランを作るという試みも見られるなど、それぞれの取り組みで北欧全体が新しい料理ブームに沸いている。

レストラン「フェーヴィーケン マガジーネット」はスウェーデン北部の狩猟地区にあり、シェフは猟犬を連れて狩りに出る
かつて北欧にいたバイキングたちのように、薪火だけを使って料理するレストランが話題に
自然の力、太陽光だけで料理を作りたいという可動式レストランも登場

辺境の地で生まれる今この瞬間にしかない料理

スウェーデンでは、北欧全体に広がるニューノルディック・キュイジーヌの波に乗り、2008年から「新しい料理の国」というスローガンを掲げ、国を挙げて新しいレストランや伝統食材のアピールに力を入れている。その成果もあって、新鋭のレストランが続々と生まれている。

神秘的な雰囲気の「フェーヴィーケン マガジーネット」の2階のダイニングスペース。階下の部屋でアミューズを食べてからここに通される

レストラン「フェーヴィーケン マガジーネット」は、スウェーデンの首都・ストックホルムから北西600キロの北極圏に近い辺境の地に建ち、「地域性を生かす」というニューノルディック・キュイジーヌの考え方を徹底して追求している象徴的な店だ。

食材は地元のものを使うだけでなく、シェフ自ら朝には猟犬を連れて狩りに出て、ライチョウやヤマシギを仕留めたり、ハーブや葉野菜は、テーブルに出す直前に店に併設された畑で採る。豚は近所の農場から、昔ながらに乳だけで育てたものを仕入れて自ら捌くという徹底ぶりだ。

2008年に25歳でヘッドシェフに就任したマグナス・ニルソン氏は、「この地域は私が生まれ育った場所で愛着がある。ここにはもともと農場があり、狩猟地区でもあるので、地元の食材を集めれば最高の料理が生まれる」と語る。

そうして集めた食材を使った料理には、ニルソン氏のアイデアがちりばめられている。例えば、「茹でブロッコリー ビールビネガーで泡立てた山羊乳クリーム タラコのすりおろし」では、5分前に畑で採れたブロッコリーを茹でて、これにビネガー風味のクリームとスモーキーなタラコと合わせ、抜群なハーモニーを演出。また、「ポークチョップ サワーオニオン添え」では、ニルソン氏自らが朝に捌いたばかりの豚を使用し、提供時は客席で切り分ける。肉には脂身と赤味がバランスよく入っており、しっとりとしていて豚の旨みを堪能できるという。

このように今この瞬間、この場所でしか味わえない料理に客たちは感動する。それゆえ、レストランのわずか12席を巡って、世界中から予約が殺到しているのだ。
南北に長い国土を持つスウェーデンは北と南では気候や風土がまったく異なるため、特徴のある地域を選ぶことで、レストランの個性を表現することができている。ニューノルディック・キュイジーヌの「地域性を生かす」という考え方に立てば、辺境の地であることも魅力のひとつになるのだ。

同店で提供された「ヒノキの枝であぶったホタテ貝」。身は手で食べ、貝殻にたまったうまみたっぷりの汁をいただく
シェフのマグナス・ニルソン氏。トレードマークの長髪で一皿ごとに料理を説明するのも人気の秘密
フェーヴィーケン マガジーネット(Fäviken Magasinet)
http://favikenmagasinet.se/
1人2,250SEK(スウェーデン・クローナ/約29,025円)で、20品のコース料理と宿泊(ツインルーム)、朝食込み。飲み物代別。

火と太陽の力で料理を革新する

地元の食材を使うだけでなく、その地域の伝統的な調理法を使ったり、自然との関わりを表現したりするのもニューノルディック・キュイジーヌの特徴だ。

電気やガスを使わず薪火だけで料理することで革新を起こした「エクステッド」。まさに温故知新の料理だ

ストックホルムでは、電気やガスをまったく使わず、薪で火を起こして料理するレストラン「エクステッド」が話題になっている。スウェーデンで有名なシェフのニコラス・エクステッド氏がオープンした店で、同氏はニューノルディック・キュイジーヌを自分なりに表現するうえで「料理そのものでなく、調理法で表現したい」と考え、古い料理の文献を読み漁った。そして伝統的な薪火による調理法を知り、自店に導入。キッチンはバイキング時代のスウェーデンが再現され、鉄のストーブ、薪オーブン、大きな囲炉裏がある。

料理は魚介や豚肉、トナカイ肉などの薪火焼き3品と5品の2コース。人気があるのは「スモーク・ロブスター」で、リピーターからも「ガスの火では味わえない、ロブスター本来の味わいとスモークの香りがくせになる」と好評だ。

一方、薪の火ではなく太陽の火を使う試みもある。フィンランドのカリスマシェフで、ヘルシンキに自身のレストラン「アトリエ フィンネ」(Ateljé Finne)を営むアンット・メラスニエミ氏は、ソーラーパネルを使い、太陽光の熱だけで調理するバーベキューを、ビールとともに楽しむ可動式レストラン「ラピンクルタ ソーラーキッチン レストラン」をプロデュース。これはフィンランドのビールメーカー、ラピンクルタがスポンサードするプロジェクトで、2011年4月イタリア・ミラノのトリエンナーレ(約3年に1回開催される国際美術展)に合わせて実施されたのを皮切りに、コペンハーゲンやヘルシンキを巡回した。

バーベキューのようなグリル料理が中心だが、ジャガイモやニンジンなどの野菜とサケを煮込んだフィンランドのスープ「ロヒケイット」や、野菜とソーセージの炒め物「ピュッティパンヌ」など、北欧の伝統料理も提供。伝統料理を太陽光という自然の力を活かした新しい技術で作るということで、ニューノルディック・キュイジーヌのひとつの表現として注目を集めた。この“ソーラークッキング”は、太陽の光だけが頼りなので、少し空が曇ってくると、客全体が太陽に向かって「もっと光を!」と祈るような一体感が生まれるところも面白い。

北欧のレストランでは今、それぞれの国、それぞれの地域で、地元との関わりを意識しながら、新しい料理を生み出している。これからもアイデア溢れる新しい展開が期待される。

ソーラーキッチン レストランのソーラーパネルの前に立つアンット・メラスニエミ氏(左)
ソーラーキッチンで作るフィンランドの伝統的なサーモンのスープ「ロヒケイット」。これもニューノルディック・キュイジーヌのひとつの表現
エクステッド(Ekstedt)
http://www.ekstedt.nu
料理は3品コース650SEK(約8,385円)、5品コース850SEK(約10,965円)
ラピンクルタ ソーラーキッチン レストラン(Lapin Kulta Solar Kitchen Restaurant)
http://lapinkultasolarkitchenrestaurant.com/
写真はミラノ・トリエンナーレでのレストランの様子

取材・文/栗原伸介

ラピンクルタ ソーラーキッチン レストランの写真
photos by Imagekontainer/Knoelke
Copyright by IMAGEKONTAINER.
http://www.imagekontainer.com/

※通貨レート 1SEK(スウェーデンクローナ)=12.9円

※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。