アメリカ発 これからは映画館でディナーの時代 前編

今アメリカでは、本格的なディナーを提供する映画館がブームになっている。ステーキやアルコール類の種類も豊富に用意され、映画館が飲食の場として存在感を増しているのだ。

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Vol.35

映画館ではポップコーンにコーラ、というのはもう昔の話。今アメリカでは本格的なディナーを提供する映画館がブームになっている。ステーキやアルコール類の種類も豊富に用意され、映画館が飲食の場として存在感を増しているのだ。今回は「映画+ディナー」、この新しい組み合わせの可能性を2回にわたってリポートする。

映画にディナーの利用が加わったことで、家族や友人同士での夕食など、映画館に出かける動機が増えている
テーブル脇のボタンを押してスタッフを呼んで注文。少し早めに映画館に来て注文を済ませておけば、映画鑑賞もスムーズに
映画館で食事をすることが時間の節約になることも、映画館ディナー流行の要因だのひとつという

「映画+ディナー」という新しいビジネスモデル

今から5年ほど前まで、アメリカでは本格的なディナーを出す映画館は数えるほどしかなかった。それが今や全米で約5,800軒の映画館のうち、400軒以上がディナーを出す“場内ディナー”のサービスを提供している。

「スタジオ・ムービーグリル」の客席にはテーブルが備え付けられ、前後の空間を広くとり、配膳しやすく、また客にストレスがかからないようになっている
photo by alonzo jeter flickr

その場内ディナーのパイオニアといえるのが、アメリカ南部のテキサス州ダラスに本社があるスタジオ・ムービーグリルだ。1997年の創業以来「映画+ディナー」というビジネスに特化して地道に店舗を増やし、昨年11軒目をテキサス州スプリングバレーにオープンした。12スクリーン、総席数2,500席の大型店だ。

場内ディナーができる映画館は、普通の映画館よりもゆったりした座席で全席指定。座席の前にはテーブルがある。「席はあらかじめオンライン予約してもらいます。座席は広く、足も伸ばせ、ストレスなくディナーと映画が楽しめます」と同社のマネージャーは言う。

料理はすべて上映前にサーブ。客は映画上演開始20分前には着席し、オーダーはメニューを見てテーブル脇のボタンを押して店員を呼んで注文する。メニューは100以上と実に多様だ。例えば、前菜にクラブケーキ(カニの身がたっぷり入ったコロッケのような料理。15.95ドル、約1,397円)、サラダにはケールとアボカドのサラダ、そしてメインにクリスピー・チキンを選ぶ、といった具合だ。

ワインはカリフォルニアワインを中心に赤・白が各約10種、スパークリングが4種ある。カルフォルニアワインの中でも歴史のあるワイナリー「スタッグスリープ・ワイナリー」のカベルネなど、非常に質の高いワインも置かれている。こういったメニュー選びの楽しみは、これまでの映画館にはなかったものだ。

開館から15年間、スタジオ・ムービーグリルは順調に店舗を増やし、昨年の観客動員数は400万人を超えた。アメリカにはもともと「タイム・イズ・マネー」の文化があるが、同社はこのビジネスが成功した要因のひとつを、客が映画とディナーを同時に楽しむことで時間の節約にもなることだと考えている。

ハウスワインの「スタジオワイン」(写真)のほか、ワインはカルフォルニアで人気のワイナリーのものなど、赤・白各約10種用意
ピッツァには、ドライトマトや山羊乳のフェタチーズ、バルサミコを使うなど、料理は少し高級路線
スタジオ・ムービーグリル(STUDIO MOVIE GRILL)
http://www.studiomoviegrill.com
入館料は店舗により異なるが、約10ドル(約876円)とこの業界では安め。飲食の売上は1人当たり約10~20ドル

大手も追随し業界全体のブームに

スタジオ・ムービーグリルの成長を目の当たりにし、映画業界では場内ディナーを取り入れる動きが加速。そこには映画業界がこれまで制作現場に予算をつぎ込み、あまり劇場の改革に力を入れてこなかった反省もある。

大手AMCシアターは場内ディナーをフルディナーとカジュアルディナーに分けて展開。写真はカジュアルタイプ「フォーク&スクリーン」の劇場

今、映画市場はその立場をDVDにどんどん奪われており、映画王国アメリカでも映画の観客数は減っている。販売チケット数を見ると2000年の14.4億枚に比べ、2010年は13.5億枚と10年間で6%減少。何か新しい取り組みをと考えて生まれたのが、場内ディナーだった。

ミズーリ州のカンザスシティを本拠地とするAMCシアターは、350軒の劇場と5,000を超えるスクリーンを持つ業界大手だが、ここでも場内ディナーに注目している。AMCは「ダインイン・シアター」と呼ぶ、場内ディナーを提供する劇場への転換を現状の約5%から近いうちに10%に引き上げる計画だ。

AMCの場内ディナーには、フルメニューがオーダーできる「シネマスイート」(チケット代+10ドル、約876円)とカジュアルディナーの「フォーク&スクリーン」(チケット代+5ドル、約438円)の2通りがある(どちらも飲食代は別)。フルメニューでは、前菜のカニのディップソース(8.99ドル、約788円)、メインのテンダロイン・ステーキ・チップ(15.99ドル、約1,401円)やチキンのアルフレッドソース(12.49ドル、約1,094円)などが目を引く。その他、バーガーやピザ、サンドイッチ、タコスなどの軽食の種類も充実しているが、一般的なレストランよりも少し高級な料理を提供することで、「少し贅沢な気分が味わえる」と、若者からも好評を得ているという。

AMCのほかにも、最大手のリーガル・エンターテインメントなども場内ディナーに参入してきたことで、映画業界全体が場内ディナーによる観客の取り戻しに期待をかける。

次回の後編では、この場内ディナーブームから、映画に関連したオリジナルメニューを開発した事例や、より個性的な場内ディナーを提供する映画館の様子などをお伝えしたい。

AMCシアターのテンダロイン・ステーキ・チップ。「シネマスイート」での人気メニューのひとつ
「シネマスイート」のゆったりとしたシートは、2席ずつペアになっており、ほぼフルフラットまでリクライニングできる
AMCダインイン・シアター(AMC Dine-In Theatres)
http://dinein.amctheatres.com/
写真はバーラウンジ

取材・文/栗原伸介

※通貨レート 1ドル=87.6円

※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。