Vol.43
フランスでは1990年代に入り、レストラン(ガストロノミー)よりカジュアルで、ビストロより現代人のニーズに合った、飲食店の新しい業態“ビストロノミー”が出現。近年、フランス料理界で、揺るぎない立場を築いている。今回はフランスにおけるビストロノミー隆盛の背景を伝え、その人気の理由を探る。
一流シェフが本当に作りたかった店、“ビストロノミー”とは
フランスの飲食店の業態はこれまで、主に4つに分けられていた。シックな内装とサービスのもと、洗練された高級料理を提供する“レストラン”(ガストロノミー)。伝統料理や地方料理、家庭料理を、気の置けない食堂的な空間でカジュアルに出す“ビストロ”。“ブラッスリー”はビール醸造場の意味もあり、日本で言えばビアホール的な存在。ビストロは小さな店が主だが、ブラッスリーは優美な装飾を施した大箱店であることが多く、ワイワイガヤガヤした大衆的な雰囲気の中で料理やワイン、ビールを楽しめる。そして4つ目は、サンドイッチやオムレツなどの簡単な料理を食べられる“カフェ”。
しかし今では、フランスの食業界を語るのに欠かせない、新たな業態が隆盛を誇っている。それが“ビストロノミー”だ。誕生は、1992年にパリにオープンした「ラ・レガラード」(La Régalade)とされている。仕掛け人は、イヴ・カンドボルド氏。「オテル・デュ・クリヨン」「リッツ・パリ」「ラ・トゥール・ダルジャン」といった、パリを代表する豪華ホテルやレストランで学んだ料理人だ。
従来、このような高級店で修業を積んだ料理人は、そのまま高級料理の道を進むことが常だった。だが、カンドボルド氏は、「自分がやりたいのは高級店ではない。高級店並みの上質な食材を使いつつ、カジュアルな料理で多くの人に気軽に来てもらえる店を作りたい」と、14区(パリ市南部)の町外れに「ラ・レガラード」をオープンしたのだ(現在は、カンドボルド氏の弟子が経営している)。
テーブルクロスはなし。テーブルは小さく、間隔も狭い。接客もいたって庶民的。ここまでは、従来のビストロに当てはまる。しかし料理は、“おふくろの味”的なビストロ料理の域を超えていた。上質な食材と高度な技術をベースにしつつもカジュアルに仕上げた料理は、高級店のものともビストロのものとも違う。そして、値段はビストロ並みの安さだ。例えば、「田舎風パテ」なら、見た目はごく普通のパテだが、味わい深いブランド豚の肉を使い、精度の高い火入れ技術でジューシーに仕上げ、普通のビストロのものに比べて味も食感も一段上。大きなテリーヌ型ごとサービスして、「お好きなだけどうぞ」という演出も、食いしん坊なパリジャンに受けて、「ラ・レガラード」は、話題を呼ぶこととなった。
49 avenue Jean Moulin 75014 Paris FRANCE
町外れでも連日満席。ビストロノミーに客が向かう理由
「ラ・レガラード」のような店は、当初、新タイプのビストロということで、“ネオ・ビストロ”と呼ばれていたが、ガストロノミーとビストロの中間という意味でだんだんと“ビストロノミー”と呼ばれるようになり、フランス各地に広まっていった。
カンドボルド氏と同じく高級店で修業を重ねた料理人、エリック・フレション氏やティエリ・ブランキ氏も、ビストロノミーで独立した。フレション氏は1995年、パリ19区(パリ市北東部)に「ラ・ヴェリエール・デリック・フレション」(La Verrière d'Eric Frechon)をオープン。ブランキ氏は2001年、15区(パリ市南西部)に「ル・ブール・ノワゼット」(Le Beurre Noisette)を開店した。どちらも「ラ・レガラード」同様、町外れにあり、メトロからも遠くアクセスが非常に悪い。にもかかわらず連日連夜満席で、2回転、時には3回転もするような人気ぶりを博した。
これらの店は、質のよい食材を使った、カジュアルながら上質な料理とコストパフォーマンスのよさが両立すれば、立地の不利があっても集客できるということを証明した(ちなみに、フレション氏はその後、パリの超高級ホテル「ル・ブリストル」の総シェフに請われて就任し、それに伴い「ラ・ヴェリエール」は閉店。ブランキ氏は2010年、東京・銀座に姉妹店「ル・ブール・ノワゼット トキョウ」をオープンしている)。
以後、確実な集客をはじめから見込める高級エリアや中心地ではなく、物件が安く手に入る町外れや、町中でも比較的カジュアルな区域に、高級店出身の若い料理人たちがビストロノミーを続々とオープンさせるようになり、いずれも大繁盛している。こうしてビストロノミーは今や、パリの飲食業態における重要な一角を占めるようになったのだ。
68 rue Vasco de Gama 75015 Paris FRANCE
http://www.lebeurrenoisette.com/html/jp_presentation.html
取材・文・写真/加納雪乃
企画・編集/料理通信社
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