ブラジルが誇る世界のトップシェフが、日本のシェフや飲食店関係者と交流!
ブラジル大使館、ぐるなび総研、ぐるなびによる、「アレックス・アタラ氏来日特別セミナー」開催
ブラジル料理の伝統と革新、日本料理からの着想を語る
早春の3月16日、東京・外苑前のブラジル大使館で、世界のトップシェフの1人、ブラジルの料理人アレックス・アタラ氏による特別セミナーが開催された。
このセミナーは、ブラジル大使館、株式会社ぐるなび総研、株式会社ぐるなびが主催。ぐるなび総研は2014年から毎年、その年の世相を反映する日本の食文化を「今年の一皿」として発表しており、2016年にはブラジル料理の「シュラスコ」を特別国際賞に選出している。これがきっかけとなり、この日のセミナー開催が実現した。
当日は、日本の料理界を彩るトップシェフをはじめとした飲食店関係者、クラブミシュランゴールド会員など約80名が来場。冒頭、主催者を代表して挨拶に立った駐日ブラジル連邦共和国大使館 アンドレ・コヘーア・ド・ラーゴ特命全権大使閣下は、多くの日本人シェフらがブラジル大使館を訪れたことを歓迎して、「今日は特別な日」と述べるとともに、ブラジルの食文化の多様性とアレックス・アタラ氏の実績を紹介した。続いて、株式会社ぐるなび代表取締役会長 CEO・創業者、株式会社ぐるなび総研 代表取締役社長の滝久雄がセミナー開催の経緯を説明するとともに、「今後は日本の食文化を世界へ発信するだけでなく、世界の食文化・食材などを日本に紹介するお手伝いもしていきたい」と語った。
引き続いて、アレックス・アタラ氏が大きな拍手に包まれて登場。動画での解説を交えながら約1時間30分、「世界のトップシェフ アレックス・アタラ氏に学ぶ~ブラジルの多彩な食文化、サスティナビリティ~」をテーマに講演した。かつて、日本料理の老舗「菊乃井」で研修した経験を持ち、「世界のシェフは一度日本を訪れるべき」と日本をリスペクト。ブラジルの食材、自身がオーナーシェフを務める「D.O.M.」のこだわり、料理のコンセプト、そして「日本料理にインスパイアされたブラジル料理」として、「鯛の塩締め アサイーポン酢和え」「ヤノマミ族のきのこの茶碗蒸し」の2品を参加者に振る舞った。
講演終了後も、日本のシェフと交流。食材や今後のシェフのあり方などについて意見交換を行うなど、実り多いイベントとなった。
特別寄稿
アレックス・アタラ氏の「ブラジル料理」と「食のサスティナビリティ」
来場者の90%がアンケートに「参考になった」と回答し、大好評のうちに幕を閉じた今回のアレックス・アタラ氏による特別セミナーには、“タベアルキスト”として活躍するマッキー牧元氏も参加。様々なレストラン、シェフを見続けてきた氏ならではの視線で、セミナーをリポートしていただいた。
3月16日、ブラジル人著名シェフであるアレックス・アタラ氏のセミナーが、ブラジル大使館で行われた。
と言っても事情通でなければ、日本で彼の名前を知る人は少ないだろう。しかし欧米では、有名人の域を超えて、もはやカリスマシェフとして名前が通っている。サンパウロにある彼のレストラン「D.O.M.」には、世界中から「D.O.M.」に行くためだけに客が訪れる。自国では決して味わえない刺激と食文化を味わうために、予約が殺到している。日本では、世界中からその店で食事をするためだけに来日するという店は「すきやばし次郎」(東京・銀座)に当たると思われるが、世界中の裕福な食通たちにとって「D.O.M.」は、同じような価値観を持たれているのである。
1999年に店をオープンさせた彼は、ブラジルの食材や伝統料理を、フレンチやイタリアン、時には日本料理の技法を使って、再構築した料理を出し始める。今までどこにも存在しなかったその料理は、評判を呼び、英国の雑誌「レストラン」で600人のシェフや料理評論家が選ぶ「世界のレストランベスト50」に選ばれ、近年では毎年ベスト10に選出されている。彼が料理に求めるのは、「ブラジルならではの味」。すなわち「ブラジル料理」である。いや、ブラジル料理とは何かということを、常に追い求めているのかもしれない。
ブラジル料理といえば、焼肉のシュラスコか、豆と豚の内臓を煮込んだフェイジョアーダくらいしか、日本では知られていない。しかし日本の約23倍という広大な国土と、多彩な自然環境、多様な民族が入り混じったブラジルには、ブラジル人でさえ知らない食材や料理が数多く存在するという。彼は“ブラジルらしさ”を求めて、海や川、アマゾンの熱帯雨林などあらゆる地を踏査し、原住民の生活に入り込みながら、自然との対話を試みてきた。そうして採集してきた膨大な食材や料理を、近代的な調理法でモダンに表現するのである。ブラジル人でさえ珍しい食材や料理が、洗練されたテクニックで昇華されて次々と出されるのだから、海外の人々にとってはなおさら魅力的で、知的好奇心をくすぐられ、一層虜となる。そんな店なのである。
こう書くと、アタラ氏は学者肌の気難しい人物にも思われそうだが、実際にお会いしてみるとチャーミングで、ユーモアを交えながら話す姿は、やんちゃな男の子のような魅力がある。実は昔、パンクスで、かなりのやんちゃであったらしい。アタラ氏は言う。「クリエイティブとは、人がやらないものを作ることではなく、誰でもやっていることを、誰もがやらない方法でやることだと思います」。
セミナーでは、その実例がいくつか公開された。例えば「空中に浮いたサラダ」は、薄いガラスのコップに客から見えないように工夫して、極薄のビニールを張り、その上に蜂蜜とマスタードのヴィネグレットで和えたクレソンの葉を、浮いているように見えるように置く。また、新しいポップコーンを作りたいと思った彼は、ポップコーンの中に弾けないコーンが混じっていることに気づき、それだけを取り出して砕いてフライにしてみる。これは失敗したので、粉化させてフライにし、砕き、濃密な味のポップコーンを作り出すことに成功する。デザートでは、世界中で好まれるイチゴ、バニラ、チョコレートという3つの食材を使った、真っ白なデザートを開発した。
セミナーでは、日本料理に触発された料理も紹介された。見た目は甘いお菓子だが、しょっぱい料理を作ろうと、塩味のクレームキャラメル(プリン)を考え、そこで開発のヒントになったのが日本で食べた茶碗蒸しであったという。先住民だけが識別、採集できるキノコをタマネギやにんにくと炒めて卵汁と合わせ、茶碗蒸しを作る。上にかけるこげ茶のカラメルは、玉ねぎをよく炒めて作ったエキスを使う。食べて味が足りないと思った彼は、日本の“ふりかけ”を思い出し、アロエーラというピンクの胡椒とタマネギフライ、キャッサバのフライ、特別に開発したミニライス、海苔を使ってふりかけを作り、茶碗蒸しにふりかけ、椎茸に風味が似たブラジル産キノコを干して添えた。
「私は決して日本料理を作ろうとは思っていません。日本料理の技術や感性を導入しながら、ブラジルの料理を作りたいのです」。アタラ氏は何度も繰り返し話していた。この精力的な創造者の挑戦は、留まるところを知らない。食材探しの旅の中で、自然を守るということは、川や海を守るだけではなく、そこに生活する人を守ることであり、ひいては「食の連鎖を守る」ということに気づいた彼は、2013年に「アター研究所」を作る。広大な国ゆえの輸送費高や、地方の小規模農家が苦労していることの解消など、ブラジルの食文化の新たなパラダイムを作ることを模索し始めている。
何より彼は、こよなく自国を愛しているのである。「レストラン経営を通じて、ブラジルの食文化を豊かなものにしたい」。料理の斬新性だけでなく、その強い想いがすべての料理に貫かれているからこそ、他国から人を呼び寄せられるのである。