映画『ふたりの桃源郷』 - エンタメレストラン -

2016/05/06

エンタメレストラン

Vol.113
ふたりの桃源郷
5月14日(土)よりポレポレ東中野、山口県内ほか全国順次公開
http://kry.co.jp/movie/tougenkyou/
© 山口放送
【イントロ&ストーリー】
山口県のローカル放送局、山口放送が電気も水道もない山で静かに暮らすある夫婦と、離れて暮らす家族の姿を足かけ25年・2世代にわたって追いかけたドキュメンタリー「ふたりの桃源郷」シリーズ。山口県内や日本テレビ系列NNNドキュメントで長きにわたって放送され、「第4回日本放送文化大賞 テレビ・グランプリ」ほか、数々の賞を受賞した。本作はそのTV番組を再編集し、一本の映画にまとめたもの。「幸せ」「豊かさ」「家族」について静かに問いかける。
★山口県岩国市美和町の山奥で暮らす田中寅夫さん・フサコさん夫妻。電気も電話も水道も通っていないこの地は、戦後間もない頃、一からやり直そうと自分たちの手で切り開いた大切な場所だった。その後、高度経済成長期に大阪へ移住し、3人の子供たちを育て上げた2人は、還暦を過ぎ「残りの人生は夫婦で、あの山で過ごそう」と、思い出の山に戻る。畑で採れる季節の野菜、湧き水で沸かした風呂、窯で炊くご飯…かけがえのない2人の時間に、やがて「老い」が静かに訪れる。
【キャスト&スタッフ】
ナレーション:吉岡秀隆
監督:佐々木聰
製作著作:山口放送
配給宣伝協力:ウッキー・プロダクション

人生を豊かにするのは愛する存在と、ともに分かち合う食事
25年間の映像で静かに問いかける珠玉のドキュメンタリー

 映画の始まりと終わりに、空撮による山の風景が登場する。鉄塔も送電線もなく、ぎっしりと緑の木々が茂った山、山、山。そこに突然ナスカの地上絵のように、ビンのような形に美しく開墾された畑が現れる。

 誰もいない山の中で人知れずひっそりと暮らしたい。そんな願望を持ったことがある人はいくらでもいるだろう。『ふたりの桃源郷』はそれを実現したある老夫婦の山暮らしを、25年にわたって定点観測したドキュメンタリーだ。制作は山口放送。ローカル局だからこそ可能となった企画なのだろうか、山で暮らす老夫妻の姿を控えめな目線で静かに記録し続けている。もしかすると撮影隊の存在が刺激となって、被写体である田中寅夫さん、フサコさん夫婦は90代まで長生きをしたのではないか──。そんなことさえ考えさせられる一作である。

 映画は還暦を過ぎ、定年退職を経た2人が、若い頃に開墾した山口県岩国の山奥で老後を過ごそうと、故郷に戻ってくるところから始まる。そこには電気も水道も、ガスも通っていない。だが2人は山から湧き出る水を引き、周囲の木々を切って薪を作り、お湯を沸かして風呂に入る。畑で育てた芋からコンニャクを作り、ほかの野菜と炊き合わせにして食べる。楽しみはビールで、お酒の方もなかなか強いようだ。天気のいい日は野外で食事をとり、太陽の下でアルコールを満喫する。周囲の目がないので、お婆さんは思う存分に甘え、お爺さんも嬉しそうだ。

 森の暮らしといえば、アメリカの作家ヘンリー・デイヴィッド・ソローが書いた『ウォールデン 森の生活』(1854年)が有名だ。マサチューセッツ州のウォールデン池畔に丸太小屋を建てて、2年にわたり自給自足の生活を送ったソローは、森の植物や動物の知識を得ようと、常に求道師のごとく五感をフル回転させていた。一方、寅夫さんとフサコさんはもっと肩の力が抜けていて、2人きりの空間を楽しんでいる。それがこの映画を楽しくしている。年金で米など基本的な物資を買い、ほかの食材はなるべく自分たちの畑で作る。あるいは森の中で見つけてくる。そこには、独立した娘たちに迷惑をかけたくないという思いもあるが、やはり、山の中では日々やることが多く、老いを感じる暇さえなかったことが大きかったのではないか。

 だが年月が経ち、80代に入ると、畑の仕事も重くなってくる。ここから映画は、介護の問題も含めて老夫婦のままならぬ肉体を見つめながら、「人生の終焉をどう過ごすか」と観ている我々に問いかけてくる。3人の娘たちは、それぞれが住む場所へ両親を引き取ることも考えるが、山の中の掘っ立て小屋と畑はもはや両親の魂のような存在となっているのだ。

 結局、様々な迷いと逡巡を経て、娘たち家族の方が、それぞれの家族を連れて山に通うようになり、都会育ちの孫やひ孫はそこで、多くの見知らぬものと出会うことになる。中年となった三姉妹が母とともにマツタケを探しにいく場面もあるが、昔と違ってどこを探しても見つからない。山が変わったのか。それとも、自然に変調が来ているのか。そんなことも長い時間軸が浮かび上がらせていく。

 さらに月日は流れる。フサコさんの記憶は曖昧になり、お爺さんが亡くなったこともわからない。そんな母に寄り添うように、三女夫婦が大阪での生活を切り上げ、畑を引き継ぐことになる。荒れ果てた畑は再び美しく開墾される。娘はそこで採れた野菜をおいしく調理して、食が細くなってしまった母親に食べさせる。この食の循環に、素直に感動させられる。本能が求めるのだろうか。あちこち衰えても、いまわの際まで娘夫婦の作った野菜を口に入れるフサコさんの反応にも、心を揺さぶられた。

 人間にとって食がいかに大切なのか。そして、愛する人の存在とその人が作る料理が、どれだけ食べる人の人生を豊かにするのか──。映像を通して静かに問いかける、素晴らしい大河ドラマとなっている。

Text by 金原由佳(映画ジャーナリスト)
「キネマ旬報」「装苑」「ケトル」「母の友」など多くの媒体で執筆中。著書に映画における少女性と暴力性について考察した『ブロークン・ガール』(フィルムアート社)がある。『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)、『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)などにも寄稿。「装苑ONLINE」にて映画ブログも連載中。取材・構成を担当した『アクターズ・ファイル 永瀬正敏』(キネマ旬報社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワーブックス)が発売中。

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