映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』 - エンタメレストラン -

2017/03/17

エンタメレストラン

Vol.134
わたしは、ダニエル・ブレイク
3月18日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
http://danielblake.jp
© ENBUゼミナール
【イントロ&ストーリー】
前作『ジミー、野を駆ける伝説』(2014年)で監督引退を表明していたイギリスの名匠ケン・ローチ。長編デビューから50年、つねに社会的弱者に寄り添った物語を撮り続けてきた彼が、引退宣言を撤回してまで世に問うたヒューマン・ドラマ。多くのメディアから「最高傑作」と絶賛され、2016年の第69回カンヌ国際映画祭で自身2度目となるパルムドール(最高賞)を獲得した。
★最愛の妻を亡くした後も、大工として実直に生きてきた59歳のダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)。ある日、心臓発作に襲われた彼は国の援助を受けようとするが、複雑な制度に押し潰されそうになる。そんななか、2人の子供を抱えて仕事もないシングルマザーのケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)と出会ったダニエルは、なんとか彼女を助けようとする。やがて家族のような絆が生まれていくが、容赦ない現実が彼らを待ち受けていた。
【キャスト&スタッフ】
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァティ
音楽:ジョージ・フェントン
出演:デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ ほか
配給:ロングライド

人としての尊厳をまっすぐ見つめるシビアな食の描写
英国映画界の“良心”が放つ、ズシリと重いメッセージ

 今もまだズシリと、映画の感触を受け止めている。おそらくこれから先もきっと、心の奥に降り積もったこの“重み”とともに生きてゆくのだろう。なぜならば目の前に広がる現実が、あまりに本作と重なっているからだ。

 原題『I, Daniel Blake』。邦題のほうは、幾分やさしい調子で『わたしは、ダニエル・ブレイク』と訳されているが、ある場面ではそれは、「俺はダニエル・ブレイクだ!」と怒りの叫びに変わる。ほとんどパンキッシュな雄叫びである。でもラストには、「わたしは、ダニエル・ブレイク」に戻る。我々ひとりひとりに、静かに語りかけるように。そうしてその名前は、二度と忘れられないものとなる。

 舞台はイギリス北東部ニューカッスル。最愛の妻を亡くし、ひとり身でまもなく還暦を迎える大工のダニエル・ブレイク。典型的なジョーディ(ニューカッスルっ子。気性の荒っぽさと人なつっこさ、激しく訛った英語が特徴)で、長年、気のいい腕の立つ職人として働いてきたものの、心臓を患い、医者から仕事を止められてしまう。そこで国からの援助を受けようとしたのだが、彼の前には理不尽な対応と、複雑に入り組んだ制度が立ちはだかるのであった。

 しかし、ダニエル・ブレイクは負けない。逆に闘志を燃やし、同じように社会のシステムから無慈悲にも弾き飛ばされた若きシングルマザー、2人の子どもを抱えるケイティにも救いの手を差し伸べる。ダニエル・ブレイク役のデイヴ・ジョーンズは映画初出演。本業はスタンダップコメディアンで、どこにでもいそうな庶民だけれども魅力的なキャラクターを造形することに成功している。

 さて、だんだんと、擬似家族的な関係になっていくダニエル・ブレイクとケイティではあるが、厳しい現実がひたひたと押し寄せてくる。とりわけ、ケイティの食卓の貧しさにそれはシビアに表れてくる。こんなシーンが中盤に――ある日、彼女は子どもたちやダニエル・ブレイクと一緒に、配給票を手にフードバンクへ行く。フードバンクとは一種の“ライフライン”であり、「包装の傷みなど、品質に問題がないにもかかわらず市場で流通できなくなった食品を、企業から寄附を受け、生活困窮者などに配給する活動、およびその活動を行う団体」を指す。そこには、米や野菜、果物、缶詰、それから衣料品、トイレットペーパーなどの日用品が用意してある。

 親切な係員に誘導され、いろんな品々を受け取るケイティ。ところが途中で彼女は、衆人環視の中、衝動的に缶詰を開けて手づかみで食してしまうのである。日頃の食事は、ほとんど子どもたちに回している。空腹に耐えきれなくなったのと、ふと魔が差したのだろう、意思とは関係なくつい手が動いていた。我に返って彼女は嗚咽をもらす。人間としての尊厳を、自ら踏みにじってしまったことに気がついて。係員は咎めやしない。ダニエル・ブレイクも「君は悪くない」とやさしく声をかける。監督のケン・ローチは「実人生では先のことはわからない」という理由からいつも、シーンごとに「脚本を俳優に渡す」主義なのだそうだが、この場面では全体のシチュエーションをケイティ役の女優にしか伝えていなかったという。従って、周囲のリアクションは完全に“生(ナマ)”のものであったのだ!

 一事が万事、監督ケン・ローチ(と脚本家ポール・ラヴァーティ)は、現実に起きている出来事をリサーチして本作をつくりあげ、怒りと、決して希望を捨てない気持ちを“ダニエル・ブレイク”というキャラクターに込めた。昨年の第69回カンヌ国際映画祭に出品され、見事、最高賞パルムドールに選ばれたのだが、審査員長を務めていたのは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)の監督ジョージ・ミラー! あの映画の“虐げられた者たちの怒り”が身に沁みた人には必ずや、共感してもらえることだろう。

Text by 轟夕起夫(映画評論家)
「キネマ旬報」「映画秘宝」「ケトル」などで執筆中。近年の編著に「好き勝手夏木陽介スタアの時代」(講談社)など。雑誌「DVD&ブルーレイでーた」で連載した名物コラム『三つ数えろ!映画監督が選ぶ名画3本立てプログラム』も単行本化。取材・構成を担当した『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』がスペースシャワーブックスより発売中。

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