映画『はじまりへの旅』 - エンタメレストラン -

2017/04/07

エンタメレストラン

Vol.135
はじまりへの旅
全国公開中
http://hajimari-tabi.jp/
© 2016 CAPTAIN FANTASTIC PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
【イントロ&ストーリー】
公開当初は全米でたった4館からスタートするも、口コミで評判が広がって600館にまで拡大。カンヌ国際映画祭「ある視点」監督賞など数々の賞を獲得したロード・ムービー。世間から隔絶された森で暮らすある家族が旅に出て、ギャップに戸惑いながらも自分たちの生き方を貫こうとする姿をコミカル、かつ温かく描く。父親を演じるのは『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで知られる名優ヴィコ・モーテンセン。
★アメリカ北西部の森深くに暮らしていたベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)と6人の子供たち。厳格きわまりない教育の成果で、体力は全員アスリート級。しかも6カ国語を操る秀才ぞろいだ。しかしある日、入院していた母・レスリーが亡くなり、一家は葬儀のため、そして母の最後の“願い”を叶えるために旅に出る。葬儀の行われるニューメキシコまでは2,400キロ。コーラもホットドッグも知らない一家は果たして、母の願いを叶えることができるのか…。
【キャスト&スタッフ】
監督・脚本: マット・ロス
出演:ヴィゴ・モーテンセン、ジョージ・マッケイ、フランク・ランジェラほか
配給:松竹(PG-12)

ハンバーガーとパンケーキは、カルチャーギャップの味!?
ユーモアたっぷりに描かれるロハスな食生活のウラオモテ

 文明を離れ、森の中で、独力で暮らす──。世の中にはときに、このような“原点回帰”を目指す勇気ある者が現れる。

 150年前のアメリカ。マサチューセッツ州コンコードの郊外にある森の中にて、ウォールデンという池のほとりに自分で小屋を建てて過ごしたヘンリー・デイヴィッド・ソローはその代表格。今ではすっかり有名になったロハスという言葉も、そもそもは彼が提唱する「Lifestyle of Health and Sustainability:健康で持続可能な生活スタイル」の頭文字をとった造語なのである(ご存知でした?)。

 自給自足しながら哲学書や科学書を読み、何週間もかけて周囲の生態系リサーチの旅にも出る。そんな生き方は有名な「ウォールデン 森の生活」という本になり、影響を受けた者は後を絶たない。アメリカ映画には、このような孤高の隠遁(いんとん)者を描くジャンルもある。たとえばショーン・ペンが実話をもとに監督した『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007年)などは、ソロー的生活を目指しつつ、残念ながら自然に敗北した代表例と言える。

 今年度アカデミー賞で、ヴィゴ・モーテンセンが主演男優賞候補にノミネートされていた本作『はじまりへの旅』も、徹底的なサバイバリストを目指す一家の物語だ。ヴィゴ演じる父親のベンは、「ワイルドな自然の中で子育てすべし」という強い信念を持っていて、アメリカ北西部にあるワシントン州カスケード山脈の中で、18歳の長男を筆頭に15歳の双子の女の子、12歳の二男、9歳の三女、7歳の三男を厳しく育てている。

 冒頭場面のインパクトがまずすごい。18歳となり少年期を終えた長男を祝う、鹿狩りの儀式が鮮やかに描かれる。兄弟で仕留めた鹿はその場で即座に解体。子供たちは骨切り包丁と肉切り包丁を見事に使いこなして、仕事をこなしていく。このように肉類は狩りで手に入れ、野菜も自分たちで育てる。昼間は森の中で体を鍛え、万が一に備えての武器習熟にも余念がない。夕食後はそれぞれが本を読み、ときには議論を戦わせ、あとは焚火を囲んでアコースティック・ギターを奏で、家族で音楽を楽しむ。

 だが、そんな理想的な暮らしが、ベンの妻で一家の大切な母であるレスリーが、療養先の実家近くの病院でなくなったという知らせにより一変してしまう。残された一家は、母の実家があるニューメキシコまでの2400キロを長距離バスで5日間かけて南下するのだが、おもしろいのはその道中の描写だ。ダイナーに立ち寄った子供たちは、本でしか知らなかったホットドッグ、パンケーキ、ハンバーガーを見て大騒ぎ。ところがベンはそのような体に悪いものはダメだと、メニューを見るなり店を出てしまう。

 それまで一家の生活を徹底的にコントロールしてきたベンだが、子供たちの知的好奇心を抑えることはできない。子供たちは、彼が忌み嫌う文明にアッという間になじんでいき、父の理想論が都会では多くの齟齬(そご)をきたすこともわかっていく。とりわけ印象的なのは、父に反抗する12歳のレリアン少年だろう。演じているニコラス・ハミルトンがどこか、亡きリバー・フェニックスの面影を宿していることもあって、映画ファンの中には『モスキート・コースト』(1986年)で描かれたハリソン・フォードとリバーとの確執を思い出す人もいるかもしれない。

 ベンが率いるキャッシュ家は、独自の英才教育を施された家族として描かれている。だが程度の差はあれど、どんな家庭においても子育てとは、どこか親の理想や思想などエゴが入り込む場とも言える。例えば、ベジタリアンやヴィーガンなどの食事を採り入れている家庭ではしばしば、思春期に達した子供が「自分もほかの家の子と同じものを食べたい」と言いだして、意見や価値観が衝突する時期が来るという。先ほど述べたダイナーでの場面も(おもしろおかしく描かれてはいるものの)このような事例と重なり合う。

 子供の未来や健康を考えて実践してきた健康的な生活スタイルが、当の子供たちから拒絶されたときに、親は一体どうすればいいのか? そんな親と子の葛藤を、この映画は決して深刻にならず、たくましくもユーモアたっぷりに教えてくれるのである。

Text by 金原由佳(映画ジャーナリスト)
「キネマ旬報」「装苑」「ケトル」「母の友」「朝日新聞」など多くの媒体で執筆中。著書に映画における少女性と暴力性について考察した『ブロークン・ガール』(フィルムアート社)がある。取材・構成を担当した『アクターズ・ファイル 妻夫木聡』『アクターズ・ファイル 永瀬正敏』『鈴木亮平 FIRST PHOTO BOOK 鼓動』(すべてキネマ旬報社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワーブックス)が発売中。

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