映画『パターソン』 - エンタメレストラン -

2017/08/18

エンタメレストラン

Vol.143
パターソン
8月26日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町/ヒューマントラストシネマ渋谷/新宿武蔵野館ほか全国順次公開
http://paterson-movie.com/
Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
【イントロ&ストーリー】
昨年の第69回カンヌ国際映画祭で話題を呼んだ、巨匠ジム・ジャームッシュ監督の4年ぶりの最新作。主人公のバス運転手・パターソンを演じるのは、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)や『沈黙 -サイレンス-』(2016年)で注目のアダム・ドライバー。規則正しい生活を送り、妻と犬と詩をこよなく愛する彼の7日間を、独特のオフビートなユーモアと詩情たっぷりに描く。1989年の『ミステリー・トレイン』以来27年ぶりとなる、同監督作への永瀬正敏の出演も話題に。
★ニュージャージー州パターソンで暮らす、バス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)。街と同じ名前を持つ彼は、妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)、愛犬マーヴィンとともに規則正しい生活を送っている。朝、目覚めると妻にキス。バスの乗務をこなすなかで、心に浮かんだ詩を秘密のノートに書きとめる。帰宅後は妻と夕食をとって、愛犬と夜の散歩へ。バーに立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅し、ローラの隣で眠りにつく──。そんな、一見変わりのない日々。でもそこには、ユニークな人々との交流と思いがけない出会いがあった。
【キャスト&スタッフ】
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、永瀬正敏ほか
配給:ロングライド

モノトーンのカップケーキをめぐる、とぼけたやりとり
ルーティンの日常に宿る心揺さぶられる変化を浮き彫りに

 ジム・ジャームッシュが『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)で長編映画デビューをしてから、もう30年以上も経った。キャリアを重ね、権威と名声を得ることで落ち着いてしまう映画監督も少ないなか、彼は未だ年齢を感じさせない、瑞々しい映像作家であり続けている。その証が最新作『パターソン』だ。

 物語はシンプルな作りになっている。アメリカ、ニュージャージー州のパターソンという街で暮らすバス運転手の、ある月曜日の朝から翌週の月曜朝までを追ったものだ。その暮らしぶりもシンプルで、始発に間に合うように早起きし、朝食は淹れたてのコーヒーとドーナツ型のシリアルをミルクとともに。1日中街をバスで走り、昼はかつてパターソンを工業都市として発展させた水力発電所跡の公園から“グレートフォールズ”という滝を見ながら食べる。夕方に家路につき、妻と夕食をとり、犬の散歩でバーに立ち寄って、1杯だけ飲んで戻る。

 主人公の日常は何も知らない人が見ると、定年まで大きな変化もない、つまらないものに見えるかもしれない。だが、どんな人生もそうであるように、ルーティンの中に心揺さぶられる変化が起きている。その出来事に対して、主人公は常にビビッドに反応しているのだが、その根底には彼が詩作をしていて、詩人の目をもって風景を眺めていることもあるのだろう。主人公の名は、彼が住む街と同じパターソンという。ジャームッシュは彼を、街が歩んできた歴史や時間の流れを日々、感じ取れる人として描いている。そう、かつて『ミステリー・トレイン』(1989年)で、永瀬正敏と工藤夕貴の若いカップルが、プレスリー伝説に触れるためメンフィスの街を訪ねたように。

 アダム・ドライバー演じるパターソンは、その名もずばり「パターソン」という詩を書いたウィリアム・カーロス・ウィリアムズの作品を愛している。散文詩で知られるアメリカを代表する詩人だが、小説も書いたし、アメリカの歴史についての研究書も書いた。そもそも彼は、パターソン近郊の病院に勤務する産科・小児科の医師であった。自分の職業をきちんとこなしながら、その合間にコツコツと詩作をする主人公パターソンのスタンスは、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ譲りなのだ。

 だがパターソンの妻は、夫がその素晴らしい詩をどこにも発表しないことに、不満を抱いている。イラン出身のゴルシテフ・ファラハニが演じる妻ローラは、夫と同様に創作意欲あふれる人だが、それを世の中に向け発表したいと考えている。日々、家の改良に余念がなく、パターソンが家に帰ってくるたびに無地のカーテン一面に〇の模様があふれていたり、壁の色が変わっていたりする。夫のために作るランチもユニークで、アルミのツールボックスを開けると、何の変哲もないタッパーのフタにびっしり渦模様が描かれていたり、オレンジの皮に眼のマークが隙間なく描き込まれていたりする。

 そのチャレンジ精神はディナーにも及び、いきなりパターソンが食べたことのないキヌア(スーパーフードとして注目されている南米原産の雑穀)料理を予告してドギマギさせたりする。例えば、ある夜のメインデイッシュは、パイ。「夕食なのにパイ?」と驚く夫に、「中身は何が入っていると思う?」と妻。「魚かな?」「ばかね、そんなはずないでしょ」。予期せぬ“シークレット・パイ”をめぐるとぼけたやりとりは、いかにもジャームッシュ監督らしい。

 その中身は、劇場でのお楽しみ、にしたいのだが、パターソンの口には合わなかったようで、美しいパイは半分以上がテーブルの上に残される。残りは誰が食べたのだろう、翌日のパターソンのランチになっただろうか?

 ローラはカップケーキ作りにも燃えていて、地域のサタデー・マーケットで試しに売ることになる。そのカップケーキもとても独創的だ。真っ黒な生地に白いクリームがかかり、そこには渦巻や丸模様や水玉など、草間彌生やティム・バートンの世界観に共通するような前衛的な模様がびっしりと連なる。ジャームッシュは、ローラの外へ、外へと向かう創作意識と、内向的で繊細なパターソンの詩の世界を並列に描いて見せる。売るための芸術と、自分の生きがいとしての芸術。これはジャームッシュの作家としてのジレンマであったと思うが、その対比がローラとパターソンの違いによって浮き彫りになるのだ。

 映画自体は、パターソンの詩づくりの正解を描かない。だが、ある事件をきっかけに、詩を作るモチベーションを失った時、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズを敬愛し、詩の舞台を見に来た日本の詩人とのやり取りで、彼は持ち直す。演じているのは永瀬正敏。『ミステリー・トレイン』から約30年の時を経て、相変わらず、軽やかに、アメリカのカルチャーを愛する男を好演している。

Text by 金原由佳(映画ジャーナリスト)
「キネマ旬報」「装苑」「ケトル」「母の友」「朝日新聞」など多くの媒体で執筆中。著書に映画における少女性と暴力性について考察した『ブロークン・ガール』(フィルムアート社)がある。取材・構成を担当した『アクターズ・ファイル 妻夫木聡』『アクターズ・ファイル 永瀬正敏』『鈴木亮平 FIRST PHOTO BOOK 鼓動』(すべてキネマ旬報社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワーブックス)が発売中。
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