映画『スリー・ビルボード』 - エンタメレストラン -

2018/02/02

エンタメレストラン

Vol.154
スリー・ビルボード
公開中
http://www.foxmovies-jp.com/threebillboards/
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation
【イントロ&ストーリー】
第75回ゴールデングローブ賞で最多4冠(作品賞、主演女優賞、助演男優賞、脚本賞)を受賞。3月4日に発表される第90回アカデミー賞では、作品賞・主演女優賞・脚本賞など6部門でノミネートされている話題作。アメリカ・ミズーリ州の寂れた田舎町を舞台に、ある中年女性の深い怒りが引き起こす思わぬ波乱を描きだす。主演は、ジョエル・コーエン監督の『ファーゴ』(1996)でアカデミー賞主演女優賞を受賞しているフランシス・マクドーマンド。監督・脚本は、劇作家としても高い評価を得ているマーティン・マクドナーが務めた。
★ミズーリ州の田舎町、エビング。寂れた道路脇に立つ3枚の広告看板に、ある日突然、地元警察を糾弾するメッセージが現れる。広告を出したのは、7カ月前に娘を惨殺されたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)。一向に進展しない捜査に腹を立て、署長ウィロビー(ウディ・ハレルソン)にケンカを売ったのだった。署長を敬愛する部下や街の人々に脅されても、一歩も引かないミルドレッド。その日を境に、彼女の周囲では次々と不穏な事件が起こり始める。
【キャスト&スタッフ】
キャスト:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、ジョン・ホークス、ピーター・ディンクレイジほか
監督・脚本:マーティン・マクドナー
配給:20世紀フォックス映画

イースター(復活祭)ディナーから始まる重厚な人間ドラマ
アメリカの片田舎を舞台に浮かび上がる、「正義」の多様性

 アメリカにおけるイースターディナーは、キリストの復活を祝って親戚・家族が集まり、料理を食べて祈る敬虔な行事である。春分の日から最初の満月の次の日曜日に定められていて、春を告げるイベントとして知られている。映画『スリー・ビルボード』は、このイースターディナーをぶち壊すところから、話が展開していく。

 舞台はアメリカ中西部、ミズーリ州のある田舎町。美しい妻とかわいらしい2人の娘とともにイースターディナーを楽しんでいるウィルビー警察署長(ウディ・ハレルソン)のもとに、部下から電話が入る。鄙(ひな)びた道路沿いの3枚の広告板に、ミルドレッド・ヘイズという中年女性(フランシス・マクドーマンド)が警察署長を批判する文面を掲げたというのだ。緑豊かな田園風景のなかで否応なしに浮かび上がる、巨大で真っ赤なビルボード。そこには遠目からもわかるように、はっきりとした黒のゴシック体で、「HOW COME CHIEF WILLOUGHBY?」(どうして? ウィロビー署長)、「AND STILL NO ARRESTS?」(逮捕はまだ?)とある。

 ミルドレッドは7カ月前、この道路沿いで何者かに娘を襲われ、焼き殺された。犯人の手がかりはなく、警察の捜査は進んでいない。彼女はその状況に憤り、ついには広告を出すことにしたのだ。しかし、小さな町にはウィロビー警察署長を慕う人は多く、痛ましい事件の被害者家族であるミルドレッドより、広告を出された署長に同情的である。なかでも部下のディクソン巡査(サム・ロックウェル)のミルドレッドへの敵視は激しく、その憎しみは彼女の依頼を引き受けた若き広告代理店経営者へと向かっていくのだが……。

 ミズーリ州は住民の77%がキリスト教という土地として知られる。18世紀はミシシッピ川を利用した毛皮交易の中心地であり、先住民(インディアン)とヨーロッパからの移住者たちがしばしば衝突。19世紀にはゴールドラッシュで西へと向かう開拓者たちの中継地点となった。また、南北戦争中(1861~1865年)にはミズーリの内部で、北軍につくか南軍につくかで激しい戦闘が起きている。

 マーティン・マクドナー監督は本作『スリー・ビルボード』について、現代のアメリカを舞台にしているが、ある意味、西部劇として作ったと語っている。この「西部劇」をどう解釈するかは観客に委ねられているが、たしかに登場人物たちはそれぞれ独自の「正義」を持っていて、ときには法律や合理的な考え方から大きく逸脱することもいとわない。警察官のディクソンは署長の名誉を守るため法的には何の違反もしていない広告代理店主に激しい暴力を振るうし、署長もそんな部下を見捨てず守ろうとする。

 この「守る」という行為も、ときに暴力的で野蛮で直情的に発露されるため、都会住民の理性的な考えではとても受容できない人間模様が展開する。だが、それが不快の範囲を突き抜け、そうならざるをえない人間の哀しみや可笑しみまで描いているので、悲惨なのに思わず笑ってしまう場面も多い。登場人物の造形も一筋縄ではいかない。例えばディクソンは見ていて吐きたくなるほど人種差別的な言動をするが、実はそれは他者を罵らずにはいられない母親からの影響が大きい。さらにこの母親の人物像も、映画を観ているうちにどんどんと変わっていく。悪い奴に思えていた人間の、隠されていた裏の顔が徐々に露わになり、その層を成す表情の多様性に思わず唸ってしまう。

 そもそもフランシス・マクドーマンドが演じる主役のミルドレッド自身、理知的な女性とは言い難い。彼女もやはり暴力的な手段で、娘を殺した犯人を捜そうとするのだ。ただ彼らを、トランプ大統領をむやみに支持する、いわゆるホワイト・トラッシュ(白人の低所得者層)とひとくくりにもしたくない。劇中、彼らが自分の犯した暴力の大きさに気付き、贖罪する場面も用意されているからだ。

 人の犠牲となったキリストの復活を祝うイースターディナーから始まった物語ゆえ、その後も、登場人物の“素の姿”は食事を通して現れ出る。独りよがりな母ミルドレッドの行動に爆発して、朝食のシリアルをぶちまける息子のいら立ち。そんな朝食の場に若い愛人を連れて無遠慮にやってくるミルドレッドの元夫の、世間の目や体裁ばかり気にする雰囲気。ミルドレッドを助ける条件としてディナーデートを申し込む小人症のデイビッドの純情。自分を痛めつけたディクソンが同じ病院に入院してきたとき、何も言わずにオレンジジュースを差し出す広告店主…。そして後半、物語が急展開するきっかけもまた、ダイナー(食堂)なのだ。

 私たちはよく「アメリカの正義」などと簡単に口にする。だが、ミズーリ州の小さな町の正義さえも人それぞれで、なおかつ、そんな個々人の正義も、人との出会いと衝突で案外簡単に変わっていく。冒頭のミルドレッドの凍てついた表情がラストでどう変わっているのか、目を凝らして確認してほしい。

Text by 金原由佳(映画ジャーナリスト)
「キネマ旬報」「装苑」「ケトル」「母の友」「朝日新聞」など多くの媒体で執筆中。著書に映画における少女性と暴力性について考察した『ブロークン・ガール』(フィルムアート社)がある。取材・構成を担当した『アクターズ・ファイル 妻夫木聡』『アクターズ・ファイル 永瀬正敏』『鈴木亮平 FIRST PHOTO BOOK 鼓動』(すべてキネマ旬報社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワーブックス)が発売中。

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