映画『モリのいる場所』 - エンタメレストラン -

2018/05/02

エンタメレストラン

Vol.160
モリのいる場所
5月19日、シネスイッチ銀座、ユーロスペース、シネ・リーブル池袋、イオンシネマほか全国公開
http://mori-movie.com/
© 2017「モリのいる場所」製作委員会
【イントロ&ストーリー】
97歳で没するまで、30年間一歩も家の外に出ることなく、庭に住む小さな生命を描き続けた熊谷守一(通称モリ)。生きとし生けるものを愛し、自由気ままに生きた“伝説の画家”と妻・秀子の夏の1日を味わい深くユーモラスに描く。円熟のたたずまいで老夫婦を演じるのは、山崎努と樹木希林。監督は『南極料理人』(2009年)、『横道世之介』(2013年)などの沖田修一が務める。
★昭和49年。画家の守一(山崎努)は日々、草木が鬱蒼と茂り、猫やアリ、蝶々など様々な生き物が住み着く庭を飽かずに眺め、描いて暮らしていた。妻の秀子(樹木希林)と暮らす家には、写真家の藤田(加瀬亮)や看板を描いてもらおうとする温泉旅館の主人(光石研)など、なぜか来客がひっきりなし。そんな2人の生活に、マンション計画の危機が迫る。陽が差さなくなれば、生き物たちの居場所もなくなってしまう。慈しんできた庭を守るため、モリと秀子が取った行動は…。
【キャスト&スタッフ】
出演:山崎努、樹木希林、加瀬亮、吉村界人、光石研、青木崇高、吹越満、池谷のぶえ、きたろう、林与一、三上博史
監督・脚本:沖田修一
音楽:牛尾憲輔

小宇宙のように豊饒な「庭」を見つめ続けた“画壇の仙人”
沖田修一監督が描く、遊び心に富んだ食のシーンの数々

 現在、没後40年の大回顧展が開かれている伝説の画家・熊谷守一。『モリのいる場所』という作品は、この「画壇の仙人」と呼ばれている稀有な人物のことを追いかけつつ、“自伝映画”の枠にとらわれず、自由かつ伸びやかな筆致でまさしくモリ= モリカズさんの「いる場所」を描きだす。

 さて、「いる場所」を具体的に記せば、自宅と庭だ。 97歳まで生きたモリカズさんは晩年、ある時期からずーっとそこにいた。いや、ただ“いた”だけではなく毎日密かな冒険を試み、ステキな絵をいくつも生み出した。だから、映画の主要舞台も自宅と庭になる。時代は昭和49年(1974年)に設定されていて、しかもピンポイントの“ある夏の一日”。94歳の時の出来事だ。

 決して広大ではないが、まるで、小宇宙のように豊饒な「庭」。モリカズさんは草木や生き物を観察し、「蟻は左の二番目の足から歩きだす」なんて発見もする。果たして、本当かどうかはわからないが(笑)。そして、結婚52年目の夫人・秀子さんと2人だけで住む家には、ちょっと変わった個性的な人々も出入りする。映画はモリカズさんにならって“不思議な生き物”たちの生態を観察し、スケッチしていく。

 モリカズさんと秀子さんを演じたのは、日本映画界の至宝たちである。その山﨑努に「僕のアイドル」と言わしめ、樹木希林を「とても味わい深い生き方をした人」と感心させた傑物に関する映画。 オープニングはモリカズさんの作品を見て、「この絵は子供が描いた絵ですか?」と驚いた昭和天皇の実話エピソードで始まるが、それは“つたない”という意味ではないと思う。子供の絵みたいに自由かつ伸びやか。依って、モリカズさんをリスペクトする本作も、“自伝映画”の枠にはとらわれないのだ!

 監督は沖田修一。沖田監督の映画というと、『南極料理人』(2009年)、『横道世之介』(2013年)、『 モヒカン故郷に帰る』(2016年)など、食のシーンがとても印象的だが、今回もそう。モリカズさんは歯が一本もなく、しかし入れ歯はしていなかった。では、どうやって噛むのか? ペンチのような絵画用のキャンバス張り(キャンバス鋏とも言う)で食べ物をいったん挟んで砕き、ベビースプーンを使って器用に食べるのである。劇中には、ウインナーやキュウリの漬物を挟む朝食場面が出てくる。挟むと汁がピューと飛んでしまうが、向かいに座っている秀子さんも姪の恵美さん(池谷のぶえ)も無言で平然と、布巾をかざして避ける。もう“恒例行事”なのだろう、3人の醸しだす空気感が何とも可笑しい。

 映画の中で加瀬亮が演じているカメラマンのモデル、 藤森武氏の写真集『独楽─熊谷守一の世界』を見ると、実際にユーモラスな食卓の一コマが。その藤森さん、「モリカズさんと私」(文藝春秋)にこう書いている。「硬いものでも、手の平にそれを載せ、キャンバス張りを使って挟み、 納得ゆくまでつぶしてから口へ入れる。見えない口の中のことではあるが、先生にとっては、噛むよりも確実な咀嚼方法なのであろう。アイデアマン守一先生の生活の知恵の一面を垣間見たような気がする」。

 ほかにも、箸が滑ってうまく食べられないカレーうどんに苦戦しているさなか、文化勲章の電話がかかってきたり、工事現場の男たちを囲んでの大宴会=すき焼きパーティからのサプライズな展開と、食のシーンは遊び心に富んでいる。「画壇の仙人」のようで、 実はどこまでも人間としての煩悩を背負っていた熊谷守一。 この映画はそんなモリカズさんの「いる場所」が、かつて「いた場所」へと変わる決定的瞬間も捉えていて、見事だ。

 
Text by 轟夕起夫(映画評論家)
「キネマ旬報」「映画秘宝」「ケトル」などで執筆中。近年の編著に「好き勝手夏木陽介スタアの時代」(講談社)など。雑誌「DVD&ブルーレイでーた」で連載した名物コラム『三つ数えろ!映画監督が選ぶ名画3本立てプログラム』も単行本化。取材・構成を担当した『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』がスペースシャワーブックスより発売中。

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