スペイン発 和食ブームがバレンシアまで到来! 前編

スペイン第3の都市バレンシアにも和食ブームが到来し、コストパフォーマンスが高いカジュアルな日本食レストランや居酒屋が人気だ。前編では日本の味・スタイルを浸透させた店をリポートする。

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Vol.75

マドリッド、バルセロナに次ぐスペイン第3の都市バレンシア。スペイン東部の地中海に面し、1年中温暖なこの地にも和食ブームが到来している。それも寿司などの高級な日本食ではなく、コストパフォーマンスが高いカジュアルな日本食レストランや居酒屋が人気だ。前編では、和食に馴染みがなかったバレンシアの人々に日本の味・スタイルを浸透させた話題の2店舗にスポットを当てる。日本とスペインの食の接点を踏まえながら生み出した、それぞれの店のアイデアや工夫を紹介しながら、和食ブームの現状をリポートする。

日本の醤油、とんこつラーメンや、和食とスペイン料理を融合した料理を提供する店が人気に。暑い日には熱いスープを飲まないスペイン人がラーメンに虜になったほど
スペインでもオーガニック食材への注目度は高く、自家菜園で育てた有機野菜など素材にこだわった日本式の居酒屋が繁盛している
一般的にスペイン人は魚の皮を食さないが、鮭の皮をアレンジして、オーブンでカリカリにしたものを混ぜたサラダは、日本食レストランの人気メニュー

コストパフォーマンスの高い居酒屋が地元客に人気!

バレンシアでカジュアルな日本食レストランや居酒屋が出店し始めたのは、2010年ごろからだ。それまでは高級な寿司屋や日本料理店はあったものの、手軽に入れる日本食レストランはなかったが、この4~5年で出店が進み、和食はすっかりバレンシアの人々の日常食として定着した。2010年12月にマドリッド・バレンシア間を高速鉄道・AVE(アヴェ)が開通し、多方面からの観光客が増加したことも要因の1つと言える。

天然の鯵を使用した季節限定の「TORA」の「なめろう」(4.50ユーロ=約630円)は人気の一品。スペイン人は魚を好むが、少しの小骨も嫌うため、小骨を残さないようていねいな下処理を心がける

なかでもバレンシア初の居酒屋として人気を博しているのが2013年にオープンした「TORA(虎)」だ。場所は、下町エリアのルサファ地区。大衆的な店として地元客を中心に集客し、開店当初から人気店となっている。

オーナーである田中浩二氏は「自分が行きたい店を作った」と語り、毎朝市場で新鮮な食材を仕入れることを欠かさない。そんな旬なものを提供する姿勢が、食にこだわりが強いスペイン人の心をとらえた。また、スペインでは、アンチョビのオリーブオイル漬けやミートボール、イカフライといった小皿料理であるタパスをつまみながらお酒とおしゃべりを楽しむ食堂「タベルナ」が大衆文化として根付いており、日本の居酒屋とスタイルの共通点が多いことも人気が定着した理由だ。

「TORA」では、その「タベルナ」の文化を踏襲し、“リーズナブルなメニューをちょこちょこつまめるスタイル”で提供。鶏の唐揚げ、焼きそば、たこ焼、焼鳥、揚げ出し豆腐、豚の角煮、餃子など25種類を用意し、どれもスペイン人が好むメニューに絞った。また、チューハイなど日本の居酒屋でおなじみの酒のラインナップも好評。メニューの数を厳選することでムダをなくし、素材や仕込みにこだわってクオリティの高い料理とリーズナブルな価格を実現した。

また、夕食の時間が21:30前後からと言われるスペインの一般的なスタイルを踏まえ、予約時間を「20:30~22:30」と「22:30~閉店」の2回転制を採用。素材、料理、接客、価格、さらにはサービスにおいて努力を惜しまないことや、コストパフォーマンスの高さが評価され、地元客を中心に多くの常連客の支持を得ている。

「リーズナブルな価格でおいしい」と評判の「TORA」は、“タベルナ・ハポネサ”(日本式タベルナ)と称され、オープン以来、大繁盛店となっている。

自家菜園で育てた有機野菜も積極的に使用。「生産量は不安定だが、新鮮で旬なものにこだわりたい」とオーナーの田中氏は語る
「地元の人が楽しく集まれる店にしたい」と語る田中氏(一番左)。「本格的な和食を低価格で提供すること」を実現するために、日々の努力を欠かさない
SHOP DATA
TORA(虎)
Calle Pedro III el Grande, 13, Valencia, 46005
http://www.toravalencia.com/

スペイン風にアレンジした個性豊かな創作和食が話題

同じくバレンシアで、和食にスペイン(地中海)料理を融合させたメニューが話題になっているのが、2014年3月にオープンした日本食レストラン「Kamon(カモン)」だ。場所は、レストランやバルが多く集まるバレンシアの食の激戦区カノバス地区内。バレンシア市内の日本料理店で料理長をしていた鈴木宏史氏とアルベルト・ゴンサレス氏が独立し、共同経営者兼シェフとしてオープンさせた。

サバイヨンソース(卵黄をベースとしたソース)とエキストラバージンオリーブオイルを添えた「マグロの押寿司」。地元客に馴染みのあるソースを組み合わせることで人気メニューに

同店のこだわりは、「滋味豊かな地中海の食材を使って、日本人もスペイン人も楽しめる和食を確立したい」というシェフの想いから生まれた新感覚の料理。和食と地中海料理の融合をテーマとし、「メディタレーニアン・ジャパニーズ」(Mediterranean=地中海のという意味)と呼ばれる。

日本の味そのままのラーメンも提供しているが、それ以外は斬新な味付けで独自のメニューをラインナップ。スペイン料理でよく使われるオリーブオイルやラズベリー、アボカド、フォアグラなどの食材や調味料を、和食をベースとした料理に加えている。例えば、焼鳥のタレはベリーソースで、マグロの握りはトマトのコンフィ(低温のオイルで煮る調理法)を添えて、味噌汁の具にチーズのゴルゴンゾーラを使用するなど、「Kamon」ならではの創作料理を提供している。

また、生魚をほとんど食さないバレンシアの人々のために、寿司に使用する魚はサーモンやマグロ、ツナ、バターフィッシュ(マナガツオの一種)といった馴染みがある魚だけに限定。さらに、エキストラバージンオリーブオイルや生ハムなどと組み合わせたオリジナルの握り寿司も供することで地元客に好評だ。

さらに、同店の人気の火付け役となったのは、11.80ユーロ(約1,640円)のランチメニューだ。スペインの多くのレストランでは、“メニュー・デル・ディア”(セットメニュー)と称し、前菜を3~4品から選択し、そのほかメイン、パン、ドリンク、デザートをセットメニューとして提供しているが、「Kamon」では、同じ形態をとりながら前菜は4品すべて供するというお得感で話題を呼んだ。例えば、前菜は魚のマリネ、海藻サラダ、タルタルソース添えイベリコ豚のハンバーグ、トリュフクリームとフォアグラをのせたバターフィッシュの炙り握りの4種類。メインには、巻き寿司か焼きそばを提供し、それにドリンクとデザートといったボリューム。スペインの男性がイメージしている「日本料理はお腹がいっぱいにならない」というイメージをいい意味でくつがえした。

価格はスペイン料理の“メニュー・デル・ディア”の平均価格である8.50ユーロ(約1,180円)を参考に、11.80ユーロ(約1,640円)に設定。「洗練された和食が手頃な価格で味わえる」と、流行に敏感な女性グループを中心に口コミで広がった。ランチの集客に成功したことが夜の集客を後押しし、人気を不動のものにしている。

サーモンの薄造りには、バレンシア産のエキストラバージンオリーブオイルを使った柚子のソースとアボカドムースを添えた。見た目にも美しいと好評
共同経営者兼シェフの鈴木宏史氏(右)とアルベルト氏。「メディタレーニアン・ジャパニーズ」の確立を目指しオープンさせた
SHOP DATA
KAMON(カモン)
Calle Conde Altea 32, Valencia,46005
http://ja.kamon.es/

取材・文/ボッティング大田朋子

※通貨レート 1ユーロ=約139円

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